第 118 話
アンフィラック村はパライク市の管轄下にある小さな村で、本来このような山に囲われた土地には魔獣が蔓延って村などできるはずがなかったが土地である。
しかし、幸か不幸か、百年前に周辺の山に法乱現象が発生し、それで出来上がった法乱の地によってこの土地は山を生息地とする魔獣たちの脅威から隔絶された。
もちろんそれだけで絶対的な安全を手に入れたわけではない、法乱の地自身がいつ噴火するかわからない活火山のようなものだし、魔獣だって完全になくなったわけではない。それでも、この世界においで魔獣の脅威が少ない土地は貴重で、こんな辺鄙な地でも流民がぞろぞろと集まり、やがて村が出来上がった。
そして村が出来上がった以上、名義上この土地を管轄する王国が動かないわけにはいかない、結果、王国は軍と行政官を派遣し、アンフィラック村を近くのパライク市の管轄下に置いた。
それについで村人は反発、なんてこともなく、税金という出費が増えたものの、ある程度王国からの保障や支援を得られて、そして何より軍の駐屯によって村人たちは毎日魔獣に怯えずに済んだわけだから、流民だった村人たちはむしろそれを喜んで受け入れた。
しかし平和時に安全を提供してくれる軍は戦争時には災いをもたらす種になることもある。
「敵襲!敵襲だ!」
アンフィラック村が外界と繋ぐ唯一の出入口を守る王国守備隊の駐屯地の通信室にて、見張りの偵察兵の叫び声が鳴り響いた。
警報を受けた通信官が返答する暇もなく、次の瞬間に魔導砲の轟音と屍獣の思い足音がアンフィラック村の夜の静寂を引き裂いた。
「何があった?!おい!聞こえるか?」
通信官が急いで聞き返すも向こうからの返答は一切なく、受信機から聞こえるのは強い魔力反応による雑音のみ。
「クソ、どういうことだ?各部状況報告せよ、状況報告せよ!」
「状況は?」
突発的な状況に通信官たちが大慌てで状況確認に勤しんでいる時、村の守備隊の指揮官が通信室に到着した。
「念のために準備した防御工事のおかげでなんとかある程度の抵抗はできていますが、先行砲火によって装甲の大半は大破、今動かせるのは二台のみです。」
アンフィラックのような辺鄙な村の守備隊に連邦軍の魔力遮蔽を見抜けるような能力が当然なく、襲撃を発見した時屍獣どもはもう目と鼻の先まで来ていた。
前のタスカトラの砦の戦いみたいに結界をすり抜けてくることはなかったものの、奇襲によって平時のフル回転ではない結界は一瞬で破かれ、格納庫に保管している重魔導装甲もほとんど破壊された。
「クソが、パライクのアホどもはなにをやっているんだ、魔導石を申請する時はあんなり大口をたたいたくせに。」
実は戦争の口火が切られたあと、守備隊は一回パライクに結界を常時フル回転できるように魔導石を申請したことがある。
ただ向こうから返ってきた返事は却下、連邦軍の動向は常に把握していて、常時フル運転させる必要性はないとのことだ。
「あの、隊長、戦闘指示はどうしますか?」
「はあ?戦闘指示だ?」
通信官の胸倉を掴み、自分の目の前まで引っ張る指揮官。
「戦えってのか?どうやって?ああ?小型魔獣対応用のラット式二台で大型屍獣と殺り合えってのか?それともこの紙クズと変わらん簡易魔導装甲で?うあん?いってみろ!」
「いや、あの、その、ええと。」
指揮官の気迫に押され、通信官は言葉に詰まった
「はあ、クソ、逃げるぞ。」
通信官を離し、彼を再び椅子に押し戻したあと、指揮官はため息を吐いてそう言った。
「に、逃げるんですか?でもどこへ?このの唯一の出口は今連邦軍に抑えられて...」
「法乱の地に逃げるんだよ。」
「しょ、正気ですか?指揮官!」
「俺が今正気に見えてんのか?」
そう言って指揮官は腰曲げ、顔を通信官に近づけ、彼の目をまっすぐ見つめた。
その気迫に押され、通信官は思わず唾をのんだ。
「わかりました、では村に連絡します。」
通信官はそう言いながら軍用通信機に手を伸ばそうとしたが、その手はすぐ掴まれた。
「バカかお前、村に連絡してどうする、残った機動装甲を自動戦闘モードにして殿を任せ、残りの隊員は即北西方面に集結してそのまま法乱の地に逃げ込むぞ。」
「それじゃ村の人は...」
「あのなー、法乱の地、しかもその中でも危険度の高い拒絶の地だぞ、そんな足手纏いどもを連れていく余裕、お前にはあるのか?」
「それは...でも軍人は犠牲になっても国民を守るべきでは...」
一理ある指揮官の言葉に通信官は迷った。
「この状況で犠牲になっても村は守れねえだろう、安心しろ、非戦闘員の命は保障されるはずだから、むしろ俺たちが撤退したことによって村人はより安全になったわけだ。」
「そう、ですか?」
「ああ、そうだ、さあ、ぐちぐち言ってないで、ささっと部隊に連絡しろ。」
「あ、はい、こちら指揮通信室、こちら指揮通信室、これより各部隊に...」
「流民上がりどものために俺様が犠牲だと?冗談じゃねえ。うーん、この国もそろそろヤバイだし、次を考えた方がいいかもな。」
連絡し始める通信官を傍らに、隊長は通信官が聞こえないようにそうつぶやいた。