第 11 話
双蓮宮。
宝物庫から出てあとすぐ双蓮宮の部屋に戻り、昼寝だと理由をつけてリリアたちを退室させたあと、ドアと窓をロックし、ついでにカーテンも閉めた。
それでもすこし心もとないので遮蔽結界も追加してから宝物庫でこっそり持ち出した例のものを取り出す。
「よし、使用された痕跡はない、まあ、使った人がいたらわたしの手に戻ることはないだろうし、当たり前だけど。」
手の中にあるものをもて遊びながら観察する。
それは極めて質素な指輪だった、宝石などの余計な飾りつけるはいっさいなく、特別と言えるはその正体不明な材質と指輪の上に刻まれた剣と杖と花が交差する模様だけ、一般の人が見たらはした金すらならないガラクタだと判断するだろう。
「しかし、何度見てもぱっとしない指輪だな、この指輪が伝説の大聖女カルシア・ナッソスを作り上げたと言っても誰も信じはしないだろう?」
だけどたとえ誰も信じなくても、それが真実だ、聖女カルシアの伝説になりえたゆえのはもちろん彼女自身の強さでもあるが、根本的な原因はこの指輪である。
命神教聖遺物、聖女の試練、カルシアは十歳の時命神の神拓界に迷い込み、その中にある命神教の遺跡でこの指輪を手に入れた。
遺跡の中の文献によると聖女の試練はまさにその名の通り、命神教が聖女を選抜する時使用された神具である。聖女の試練を装着した者は常に不幸と隣合わせることになる。
最初は財布を落としたり、何もないどころに転んだりするぐらいの不幸だが、そのうちは魔獣に襲われたり、疫病にかかったりと命に関わる危険に晒されることになる。その不幸を乗り越えて三年間生き延びたものこそ、聖女の名にふさわしい強靭な精神を持つ人として認められる。
こう聞いてみると、聖女の試練はただの危険なテストであり、聖女を作り上げたというのはいささか大袈裟ですが、それにもちゃんと理由がある。
聖女の試練は不幸を与えるだけではなく、不幸を乗り越えることで聖女をより聖女らしくする機能も備わっているからだ。つまり不幸になるという大きなデメリットを背負う代わりに大きいメリットも得られる。
その効果は主に四つだ、一つ目は装着者自身や周りに災厄が降りかかる時に指輪は災厄の力という力をため込むことができる。
二つ目は先の災厄の力の大きさに応じて装着者の魔力と回復力を上昇する効果だ。ちなみにこの効果を発動すると、指輪は黒い修道着になる。
四つ目はためこんだ力を消費することで更に装着者のあらゆる能力を大幅に上昇させる、そしてこの能力を発動すると聖女の試練は銀色の鎧になる。この二つの効果が黒聖女と白騎士の正体でもある。
最後、装着されたものはより聖女らしい姿になる、端的にいうと、美しくなるのだ。聖女とは神に仕えし、神に代わって人間を導くもの、常に美しく人を惹きつける存在でなければならないんだが、人の子から絶世の美貌、希有な才能と強靭な精神を同時に持ち合わせる者を探すのは極めて困難であるため、このように人工的美貌を作ることで聖女の座は空席ならずに済んだ。
つまりこの指輪があってこそ今のカルシアのこの姿、実際十歳までのカルシアはちょっと可愛げのある普通の少女だったが、この指輪を手に入れたあとはどんどん美しくなり、十六歳の時はもう既にかなりの美人になった、まあ、周りはただ成長したと勘違いしてるが。
この通り、本来なら聖女の試練は素晴らしい聖遺物だった、多少な危険はあっても、指輪自身が付与してくれる力で大体なんとかなるし、実際命の危険というよりいつ降り注ぐかもわからない不幸にずっと警戒し続けなければならないという精神的なプレッシャーのほうがきつかった。
幸いもともとこの試練を受けられる人は命神教の選抜を通過した強靭な精神並びずば抜けた才能両方を持ち合わせている人のみだから特段に問題ないでしょう。
だが、カルシアはそんな選抜、訓練された人間ではなかった。
さらに命神教の伝承はすでに二千年前の大崩壊とともに失い、カルシアが遺跡の中で得た使用方法も、試練に関する知識も不完全なものだった。
その不完全な知識で試練開始の儀式を行って力を得た最初の三年間は良かった、美人になってちやほやされるし、治癒術者としても町の人に頼られてた。
けど、三年の試練期間を終えたあとこそが地獄の始まりだった。
正常の聖女試練の期間を超え、指輪の不幸をもたらすの力がとどまるところを知らず、どんどん強くなる一方だ、やがてその力がカルシア自身にとどまらず、周りの人を巻き込むようになった。疫病や魔獣災害、様々な災難がカルシアの周りを襲った、見知った人が死にゆく姿を目の当たりにして、まだ子供だったカルシアはパニックになった。
彼女はいろんな文献を漁って必死に解決方法を探しまわったが、わかったことは聖女の試練を終えるには転聖の儀を行うかカルシア自身が死ぬかのどっちしかなかったということだけだ。
つまり転聖の儀についての知識が一切ないカルシアは死しか道はなかった。
もちろんまだ十三歳のカルシアに自ら死ぬ勇気などあるはずもなく、自分を町から遠ざけるためなのか、死に場所を求めたのか、カルシアが最終的選んだのは戦場だった。
人間の欲望が故なのか、指輪の力が故なのかもわからない戦争がこの指輪の力をさらに押し上げた、戦場で無数の苦しみと痛みが災厄の力と化してカルシアを戦場の聖女の道へと押し進んだ。
その戦争のさらにあとのことは記憶になかったから詳しくは知らなかったが、今の歴史的記述から見るとそのあともずっと戦いを求め続けたのだろう。
「災厄の闇より出でし救世の光よ、我が身を纏え。」
反応なし、か、四つ目白騎士モードの変身呪文みたいなやつを詠んでみたが何も起こらない、まあ、それはそうだ、少なくとも一回死んでるんだ、試練がまだ続いてるはずがない。
ただ今この体のステータスがすこぶる高いことから、ただ一回死んだことよりそのあとカルシア自身が転聖の儀を行って試練を終わらせたほうほうが可能性が高いと思われる。
指輪の力自体は試練の途中でしか発揮しない、つまり今のこの体のステータスはカルシア自身の才能と努力の結果か、あるいは転聖の儀によってため込まれた災厄の力が変換され、この体に固定化した結果かのどっちかだ。
カルシア自身の才能も決して低くはないけど、二十代半ばでここまで圧倒的なステータスになれるとは思えないので後者だと思う、いや、思いたい、もしそうとしたら彼女は少なくとも人生の最後で呪いから解放された安寧な一時を過ごせたし、この指輪も呪いの指輪として役目を終えることは避けられただろう。
聖女の人生を嘆きながら、化粧台からネックレスを一つ取ってそのペンダントを外し、かわりに指輪を入れて首にかける。
「これでよしっと、あ、リリアたちに聞かれたらなんて言おう、母親の形見とか?いや、様式的に無理があるか、うーん、めんどいな、秘密でいいか。」
さあて、つぎは。
「もしもし、リリア?」
「はい、リリアです、お目覚めになられたですか?ただいま参ります。」
「待て待て、急ぐでない、昨日言ってた魔導器の魔法補助機能を試してみたい、どこか魔法を存分に使える場所はあるのか?」
「ええと、存分に使えるとはどのレベルまででしょうか、奇跡級とかは...」
奇跡級なんて使えないし、奇跡級だからって威力がデカいというわけでもない。
「軽く中級ぐらい使えればいい。」
「そうですか、それでしたら王宮内の訓練場で十分かと思います。」
「そう、ならそれでいい、あと、刻印とかが必要でしたっけ、とにかく必要なものは全部用意しといて、部屋にいるから終わったら呼んで。」
「はい、かしこまりました。」