第 117 話
アンフィラック魔術学院、下部生クラス教室。
「ふっふふーん~♪」
授業が終わって、ナナが荷物を片付けながら鼻歌を歌っている。
「相変わらず授業終わった途端機嫌がいいわね、授業中はむっとしてるのに。」
ナナの鼻歌を聞いて前の席の女子が振り返って言った。
「そりゃやっと大好きなお兄ちゃんに会えるからね~」
女子の言葉に呼応するように周りの女子も囃し立て始める。
一般の女の子だったらここで慌てて否定したり、恥ずかしがったりするんでしょうが、ナナは一般な女の子ではなかった。
「ふふーん、当たり前です。」
「ひゅーひゅー、さすが学院一のブラコン。」
堂々と肯定するナナに女子たちはさらに盛り上がった。
「じゃ、もう行きます。」
そんな盛り上がる女子たちに気を遣うこともなく、ナナはバックを肩にかけて席を立った。
「あい~いってら~」
「お兄ちゃんによろしくね。」
ナナのそういうところも慣れてるのか、女子たちは気にすることもなく、逆に軽口を叩いた。
「おにいとよろしくはさせませんわ。」
「こわい~」
怖がるふりをするクラスメイトの言葉を最後まで聞くこともなく、ナナは教室を出てまるでレースウォーキングでもしているかのように足早に校門へと向かった。
そして彼女が向かった先に、彼女が会いたい人がすでにそこで待っていた。
「今日は早かったね、おにぃ。」
兄の姿が目に入った途端目を輝かせ、軽いスキップをしながら近づいて声をかける。
「ああ、今日は研究室の説明会だけだから。」
「そっか。」
わざわざ聞いたけど、兄のことは何でも知っているナナだから、本当はとっくに知っている。
この魔術学院には十歳から二十二歳の生徒をい四年ごとに下部、中部、上部と学部が分けている、下部は魔術理論や基礎訓練、中部は術式や実技、上部は各分野の研究室に入って各々のやりたい研究をするというカリキュラムだ。
そして彼女は今下部生の四年目で、兄が中部の四年目、研究室を決める時期である。
「おにぃはどの研究室に入るの?」
「まだ決まっていない、そもそも今の情勢的に学校自体がどうなるかもわからないしな。」
兄は首を横に振った。
「たしかに...」
「もしかしたら徴兵されるかもしれないと、みんな不安がっているから今日の研究室の説明会もグダグダよ。」
「え?徴兵されるの?いやだ...」
「大丈夫、あくまでも噂にすぎないから。」
自分の言葉に連れられて不安になってしまった妹の頭を優しく撫でたあと、彼女の手を引いて歩き出した。
「心配しても仕方ないし、とにかく帰ろう。」
「うん!」
兄に引っ張られて無理やり話題を終わらせたが、ナナは嫌がることも一切なく、むしろそのまま兄の手に絡め、腕を組んだ。
「お前ね、いつまでもこんなことしてたら、彼氏作れないぞ。」
「彼氏なんていらない、おにぃがいれば十分だもん。」
「あんたはいいかもしれないけど、俺まで彼女作れないだろう?」
「おにぃは彼女作りたいの?」
彼女をつくるという言葉を聞いた瞬間、ナナの顔から笑顔が消えたが、口調は変わらないままでそう聞いた。
「まあ、そりゃ彼女の一人や二人は作りたいだろう。」
しかし、前を向いて歩いている兄は横の妹の表情の変化を気付くことなく、吞気に答えた。
「へえ、そうなんだ、でもおにぃはそういう相手とかいるのか?」
「どういう意味?それ、俺だってそういう相手の一人や二人は...」
もはや不機嫌を通り越して殺気を溢れ始めるナナは思わず兄の腕を掴んでる手にわずか力を入れた。
「本当かな、どういう人なの?なんて名前?」
「どういう人って、そりゃ美人で優しくて、お前とは真逆な人だよ。」
さらに指に力が入るもギリギリ兄を痛くしない程度にコントロールするナナ。
「ふーん、そう、でなんて名前なの?」
「名前は...ええと、ミスティナだ、そう、ミスティナ。」
その名前を聞いた瞬間、ナナ指に入れた力が抜け、笑顔も取り戻した。
「なるほど、ミスティナね、ところでおにぃは《放浪術師は荒野をゆく》という本を知っている?」
今度は兄の方の体がこわばった。
「へ、へえ、知らないなー、そんな本。」
「あれ?おにぃの本棚の裏に隠してあった本なんだけどな、そのヒロインの名前もたしか、ミスティナだったような~」
「な、なんてそれを...」
突然の恐ろしい暴露に兄は思わず足を止めた。
「中身、見た、のか?」
「もちろん見たよ、おにぃそういうのがすきなんだね、たしか精神魔術で...」
「ああああ、わかった、わかったから、嘘ついてすみませんでした、本当は相手なんていません、頼むから勘弁してくれ。」
道端で性癖を暴露されそうになって兄は慌てて妹の言葉を遮った。
「えー、勘弁するって何を?」
まるでなに言っているかわからないような顔をするナナだが、その目の中には隠し切れない興奮が宿っている。
「俺の部屋を漁るのも、そ、その本の内容を喋るのも、だ。」
その目を見てヤバイと感じつつも兄の威厳を保つために奮闘する。
「おにぃの一番読み返されたシーンが荒野で女性の狩人が主人公を...」
「あああああああああああああああああああああああ!」
「の本のこと?」
大事なところは兄の叫び声にかき消されたが、当の本人には問題なく伝わっていたようで、顔がもう真っ赤で恥ずかしさに耐え切れぬ様子だった。
「なんでそんなとこまでわかるんだよ。」
「おにぃのことはなんでもお見通しよ。」
自分の顔を手で覆い隠す兄にナナはあっさり言った。
「ああ、もう、帰るぞ。」
そう言って兄はナナの手を引いて一心不乱にどんどん前に進んだ。
そんな兄を見てナナもこれ以上からかうことをやめ、ただ笑顔を浮かべながらついていた。
遅くなって申し訳ありません、プライベートで少々メンタルやられてなかなか書けませんでした。
今日からはなんとか頑張っていきたいと思います。




