第 116 話
アンフィラック村の魔術学院には生徒たちのための刻印室がある。
刻印室には精神力制御がまだ甘い生徒たちが互いの刻印に影響しないように精神力を遮蔽できるの材料で作られ、加えて術式は魔術師にとって最大の秘密であるというルールのおかげで、刻印室には一切の監視設備がなく、生徒たちの間では人目を避けて何かをするには格好の場所として知られている。
そんな刻印室のなかで、今日は二人の男子生徒が話している。
「ブツはこの中だ、金は?」
「ちゃんと用意してあるから、ほれ。」
二人が入るには狭い空間だが、そんなこと気にも留めず、二人は取引をした。
「うーん、問題ない、さ、これを。」
奥にいる男子生徒が金を受け取り、すこし数えた後、手に持っていた黒い袋を相手に渡した。
「それじゃ。」
売人の男子生徒と違って、相手はブツを受け取ったあと、チェックもなにもせず、別れを告げて踵を返そうとした。
「待て、チェックしなくていいのか?」
「いいっていいって、初めてじゃないし、こんなところで開けるなんてもったいないぜ。」
呼び止められた男子生徒は振り返っていやらしい笑顔でそう返した。
「そう、何度も言っているからわかってると思うけど、このこと誰にも言うなよ、特に中部や上部の人にはっ...」
「わかってる、わかってるって、こんなもん他人に言うわけないだろう、じゃな。」
そういって、男子生徒は例のブツをポケットにしまい、瞬く隙に刻印室から出た。
「おい、学校でやるなよ!ったく、興奮しすぎだろう。」
逃げ出すように刻印室を出る男子生徒に慌てて警告するも、相手はすでに視界から消えていた。
そして残された売人の生徒はまだ次のお客さんがいるのか、部屋から出ることもなく、逆に椅子を引き出して座った。
そう無言で待つこと数十分。
ガチャ。
ドアが開かれた音を聞いて、売人は慌てて立とうとすると。
「そのままでいい、すぐ帰りますので。」
来客にすぐに制止された。
「で、金はどちらに?」
「こちらです。」
そういって売人はひとつの封筒を取り出した。
「毎回思いますが、あんなものよくそんなに売れるんですね。」
「っははへ。」
あんなものって言われた瞬間売人の体が一瞬こわばったが、すぐ乾いた笑い声でごまかした。
「まあ、どうでもいいことです、では。」
「ちょっと待ってください、ナナさん。」
売人の言葉ですでに部屋のドアに手をかけているナナは振り返る。
「まだ何か用ですか?」
「いや、ええと、あのう...」
なにかを言おうとした売人だが、ナナと目が合った瞬間にどもり始めた。
「何もなければ帰りますけど?」
「もうやめたいんです!この、商売...を。」
再びドアノブに手をかけるナナを見て売人は焦ったのか、すこし声を荒げた。
「へえ、やめたいんですって?自分ではじめたことなのに?」
「それは...その...」
「なに?突然良心でも生えました?それとも取引してるところをあたしにおさえられて、脅されて売り上げの半分持ってかれたことが面白くないからやめたいとか?」
鋭い視線に睨まれ、自分の方が身長が高いにも関わらず、売人は自分の方が見下ろされていると錯覚した
「い、いえ...」
かろうじて否定の言葉を口にしたものの、すぐに黙り込む売人。
「あのね、ただで取り分もらってるわけじゃないのよ、君が偽造した下着に写真を付けて信憑性を高めたのは誰ですか?女の子たちの下着の情報を教えたのは誰ですか?あたしがいなかったとっくにこの商売は終わっていたんでしょう?」
そう、彼が売っているのは下着だ、当然普通の下着ではなく使用済みの下着である。
いいことなのか、悪いことなのか、その下着も本物ではなく、彼が新品を買って、どういう考えで開発したのかわからない魔術で匂いを偽造したものである。
そんなものを売っている現場を運悪くナナにおさえられ、ちょうどナナもお兄ちゃんの添い寝代で困っているところなので、売り上げの半分を条件に告発しないであげた。
「それは...そうですが...」
実際この商売は販路自体は狭いため、売り上げの半分はナナの需要に賄いきれなかったので、仕方なく、ナナは売り上げを取り上げるだけじゃなく、いろいろ協力もした。
ナナは学院でかなり女子に人気で、もちろん百合とかそういうわけではなく、可愛くて男子にモテモテにも関わらず、お兄ちゃんに一筋で他の男に靡かない彼女は、女子からしたら他の男子を釣るための格好の餌だからではあるが、理由はどうあれ、人気は人気で、いろんな女子と接触する機会がある。
その機会を利用して、女子の内輪のりで撮ったちょっと扇情的な写真をおまけとして提供したり、実際その女子普段身につけている下着の色やブランドなど情報を教えたりすることで、商品の値上げを成功させた。
「ふーん、いいですよ、やめて。」
「え?いまなんて?」
反論できずに黙り込んでいた売人は自分の耳を疑った。
「やめてもいいって言いましたよ。」
「ほ、本当ですか?」
あんまりにも急変する状況に売人は混乱しそうだった。
「そんな噓をついて何のメリットがあるんですか?戦争が始まったのです、これからも同じようにできるとは限りませんし、あたしももうすぐ中部生になります、どちらにしてもこの商売は一旦止める必要があります。」
「一旦、ですか?」
「さあ、どうなんでしょう、一旦かもしれませんし、永遠かもしれません、では。」
そう言って、ナナは金をポケットに納まり、振り返ることなく刻印室から離れた。




