第 116 話
数日前、ラスタリア王国
マンティコア原素帯の北、パライクの近くの山岳地帯の山奥にアンフィラックという名前の辺鄙な村がある。
そんな村の片隅に小さな家があり、そこには母親と兄妹の三人が暮らしていた。
「...我々は必ずや、侵略者どもを我が国から追い出して見せますので、国民のみんなさまはどうぞご安心ください。」
「以上、大尉のお言葉でした、続いてのニュース...」
リビングの柔らかい黄色い照明のもと一人の女性がソファーで座って魔導ビジョンを見ている。
この村の人みんなひいては女性自身もこんな辺鄙な山奥の村なんて連邦軍はわざわざ攻め込んだりしないだろうと思ってはいるが、女性はなぜかどうしてもついつい前線の状況を気にしてしまう。
「ママ~」
女性が魔導ビジョンに流れているニュースに集中している時、彼女の後ろから呼び声がした。
振り返るとすでに部屋の中に戻っていたはずの娘が寝間着で立っている。
「どうしたの?」
女性は体を回転させ、ソファーで膝立ちの状態で娘のほうに向き直った。
「おにいがいじめるぅ」
唇を尖らせている娘がどうしようもなく可愛らしく見えて、女性は思わず彼女の頭に手を載せ、そのサラサラの金髪を優しく撫で始めた。
「はいはい、またお兄ちゃんを怒らせたのね。」
夫が狩猟で命を落として以来、二人の子供を女手一つで育てて苦労することもあったが、いい子に育ててくれた二人に囲まれて女性は今の生活に満足していて、幸せだと思っている。
しかし、そんな幸せの生活の中で一つ彼女の頭を悩ませていることがある、それが自分の娘があんまりにもお兄ちゃんっ子であることだ。
学校でも家でもまるで金魚の糞みたいに兄の後ろをついて回っていて、兄も年頃の男なわけでたとえどんなに仲良い兄妹でもずっとついて回られたらさすがに嫌がったりもするし、そのことで度々喧嘩して母親の自分も当然巻き込まれてしまう。
「ち~が~う、おにいが部屋に入れてくれないのがわるいのっ。」
さらに頬を膨らませる娘の頬を両手ではさんで押し込み、ふっくらした頬を強制的しぼませる。
「あのね、ナナ、お兄ちゃんも年頃の男の子だから、妹とずっと一緒にいるといろいろ不便なこともあるのよ、気を遣ってもっと一人でいる時間をあげて。」
「え~、ひとりでなにするの?つまんないじゃん。」
「ええと、それは...とにかく、お兄ちゃんに嫌われたくないならもっと控えなさい、わかった?」
「そんなのわからないよ~」
母親からいい返事もらえなかったからか、ナナはそう呟きながらリビングから出た。
「今日はもう部屋に戻って寝なさい。」
離れる娘の背中を見て女性はそう言ったが、言葉が届いてないのか、娘からの返事はなかった。
そして、夜もふけ、家族が寝静まったとき、兄の部屋で。
ガチャ。
という音とともにわずか月明かりが差し込む暗い部屋に一人の影が侵入した。
影はゆっくりとゆっくりとベッドに近づき、横向きで寝ている男の子に手を伸ばした。
「うぅ、うーん?だれ?」
揺さぶられて男の子はうめき声をあげながら目を開けた。
「ナナ?なに?」
目を開けて月明かりを頼りによく見ると、自分の妹が枕を抱きかかえて立っていた。
兄の問いかけにナナは何も喋らず、ただ手を兄の目の前に出し、小さい手のひらのなかを見せた。
「え?また?」
彼女の手の中には一枚の10ロッドのコイン寝転がっていただけなのだが、それを見た兄は呆れた表情で嘆いた。
「うん!」
不満げな兄をよそにナナは力強く頷いた。
「はあ、わかったよ。」
ナナの手からコインを取り、ベッドの横においてある貯金箱に放り込んだ。
コインが貯金箱のなかのコインのぶつかり、わずかな金属音が響いたあと、兄は自分の体をベッドの奥にずらし、もう一人寝れるぐらいのスペースを開けた。
それを見てさっきまでむっとしたナナの顔は一変し、かわいい笑顔を浮かべながらベッドに潜り込んだ。
「ったく、もっと自立したらどうだ?ってかお前お小遣い大丈夫なのか?」
一年前、あんまりにも妹のくっつき虫状態がひどすぎたので、よる一緒に寝るのだけはやめさせようと一回十ロッドという条件をつけたが、なんとその日から一日たりとも途絶えることなく、毎日十ロッドを持ってきていて、そのために買った貯金箱も何回か満タンになったぐらいだ。
本来なら兄として金儲かってラッキーだが、残念ながら自分の家は裕福ではない、母親からのお小遣いじゃ毎日十ロッド払うなんて到底無理、だからその条件にしたのにも関わらず、妹はまるで気にも留めずにその金を払い続けている。
その金は一体どこから来ているのかずっと気になっているはいるのものの、妹はずっと自分にくっついているし、怪しい動きは一切ないので、正直かなり困っている。
「大丈夫、溜め込んでいたから。」
「本当か?」
前にも同じことを何回か聞いたことがあるが、毎度同じ答えが返ってくる、最初はそれで納得した兄だが、数字がどんどん大きくなっていくに連れてその理由もかなり怪しくなってきている。
「お前変なことしてないよな。」
妹のこと信じているつもりだが、それでも思わず聞いてしまう。
「変なことってなに?」
そして、兄の質問にナナはまるで質問の意図がわからない顔で聞き返した。
その純粋な顔を見て兄は言葉を詰まらせた。
「いや、なんでもない、こっちにそんなに金を使って学校は大丈夫なのかなって。」
「大丈夫、それよりおにいのほうが心配、そのお金使わないの?すぐ研究室に入るしお金の使いところも増えたのじゃん?」
「それこそ心配はいらない、さ、もう遅いし、寝よう。」
正直大丈夫じゃないし、かなり厳しい、けど、妹からもらった金は最初から使わないと兄は決めていたので、手を付けるつもりは一切ない。
「うん、わかった。」