第 101 話
タスカトラの砦付近の荒野。
連邦軍の侵攻を防ぐため、一か月前からラスタリア王国軍はこの人はおろか、魔獣ですら滅多に会えないところに陣地を構築してた。
「おい!お前ら、死にたくなければささっと運べ!そこ!ゆっくりおろせって言ったんだろうが、おめえらの空っぽの頭を守る大事な結界さまだぞ!」
そして、今怒鳴ったのはこの陣地の防衛を任された王国軍第〇二六魔導機械兵団の第一大隊の大隊長のザルトである。
「はいぃ!すみませんでした!」
こんな危険な任務を任されたことに対するイライラを兵士たちにぶつけてスッキリしたところ、ザルトは二人の兵士が隅でこそこそなにか話してるところを見た。
「こんなことしてなんの意味があるというんだよ、どうせみんな死ぬんだ。」
「お前それ言うなよ、聞かれたまずいぞ。」
静かに近づいたら、二人の話しが聞こえる。
「そんなの今さらだ、むしろここで戦って死ぬより捕まえられて牢屋にぶち込まれたほうが長く生きられだろう。」
目の前の戦いに完全に絶望しているのか、右手の兵士は逆に軍法に対する恐怖心をなくした。
「やめろよ、死ぬとは限らんだろう。」
「なに、お前まさか俺らが勝てるとても思ってるのか?」
「いや、それは...別に勝てなくても生き残る道はあるんだろう、ほ、捕虜とか。」
左手の兵士も正直この戦いで勝利する可能性はないとわかっているんだろう、だから一瞬言葉に詰まった、すぐなんとか取り繕ったものの、その言葉はもはや自分を慰めているのか相手を慰めているのかもわからない。
「捕虜?死体をいじくる化け物どもだぞ、捕虜されるぐらいなら死んだほうがマシだ。」
「それは...うっ!」
左手の兵士はまだなんか言おうとした時、肩に誰かに手を置かれた感じがしてびくっと止まった。
「よっ、戦いも始まってないのに、もう捕虜になる気か?いい心意気じゃねえか?お二人さんよぅ。」
「いや、そんな...あっ、まだ仕事があった!失礼します!」
そう言って離れていく兵士二人をザルトは前の厳しい態度を変え、何もせずにただ見送った。
なぜなら彼らを叱ったところで意味がないからだ、二人が言っていたことはここにいる全員が思っていることで、それがザルト自身でも例外ではない。
「捕虜ねぇ...」
そうつぶやいて、ザルトはなにを考えている表情で持ち場から離れた。
一方、ヤストイ川の守備部隊を破り、川を渡ったばかりの連邦軍。
守備部隊が残した建て物を利用して設立した臨時会議室内、田中、ユニー、ゼインと数名の事務官が着席している。
「団長!報告します!先ほどの戦いで我が部隊の死傷者は31人、うち死者2人、軽傷29人、重傷者なしです。」
「で?」
田中の反応に事務官はすこし戸惑ったものの、特になにも言わずに報告を続けた。
「敵部隊ですが、王国正規軍ではなく、地方貴族守衛部隊らしく、観測では合計約500人の兵士のうち、142名が死亡、54名が捕虜、残りは逃走です、この54名の捕虜ですが、いかがしましょうか?」
「しらん、好きにしろ、そんなことより、ささっと部隊を整頓して進軍しろ。」
「団長!たしか我が部隊の損傷は軽微ですが、兵士たちは疲弊しています、いま隊に屍術師がいないし、屍獣の自然回復を待つためにも、今日は一旦ここで休まれたほうが...」
「必要ない!部隊を整頓して進軍しろ!」
「し、ぅつ。」
事務官はまだなにか反論しようとしたが、視線が田中のまるで悪鬼のよう目とあった瞬間、頭が真っ白になって、言おうとした言葉を飲み込んだ。
「は、はぃ、わかりました。」
「ふっ、じゃ他に何かあるのか?」
田中は臨時会議室にいる全員を見回したあと、そう聞いた。
「い、いいえ。」
田中の視線に事務官たちは慌てて頭をさげて避けた。
「なら会議は終わりだ、持ち場に戻れ。」
その言葉を聞いて、事務官はまるで化け物から逃げるように会議室から出た、その光景を見たユニーとゼインもさりげなく目を見合わせたあと、黙々と片付けて退室した。
会議室外。
「先輩、団長ってずっとあんな感じですか?なんか前に他の方から聞いた感じと違うんですが...」
会議室から逃げ出したあと、一人の新入りの事務官が思わず先輩の事務官に聞いた。
「いや...自分もなにがあったか、直接話したのは久しぶりだが、前の時は全然こんな感じじゃなかったよ、まるで別人みたいだ。」
「へぇ、それって...」
「おい。」
若い事務官がまだなにかを聞こうとした時、突然後ろからドスのきいた声が聞こえた。
「ふ、副団長!」
「会議室の前で団長の陰口か、いい度胸じゃねえか、あとでたっぷり聞かせろや。」
「ち、ちがっ、そんなんじゃ...」
「副団長!彼は今日ではじめて団長にあったのですこしばかり興奮してしまっただけです、あとでしかっておきますので、どうか。」
若い事務官がてんぱってる時、先輩が身を挺してかばった。
「ほう、まあいいだろう、今日はゆっくり遊ぶ時間もないしね、だが、次はないぞ。」
「は、はい!」
そう言って事務官二人は脱兎の如く逃げていった。
「さすが副団長さまですね、あの二人一日に二回も怖い思いして今夜悪夢でもみるのでは?」
「ふん、田中のあの様子、今夜寝る時間あると思うのか?」
ゼインに声かけたのは当然ユニー以外いない。
「どうでしょうね。」
そう言ってユニーはそのまま歩き出し、彼女に追従するようにゼインも歩き出した
二人が歩いて十数秒、すこし会議室から距離離れたところ、ゼインが先に切り出した。
「で、田中がああなった原因、わかったのか?」
「それは最初からわかってます、例の能力のせいです、彼が飲み込んだ魂の数が多すぎて彼の中でもう一つの混沌の魂が生まれました。」
田中の能力とは殺した相手の魂と魔力を吸収すること、だからそんなにも早く成長できたわけだが、吸収した魂の意識を田中自身が駆除することができず、そのことずっと悩まされている。
「やっぱりか、なんとかできないのか?」
「残念ながら、今の田中さまの精神力の強さはとっくにわたしがどうにかできる範囲を超えています、今までは田中さま自分の協力もあってある程度問題を先延ばしできましたけど、もう限界を超えた今は...」
「そうか、じゃもうこのまま永遠に戻ることはないってことか。」
「いいえ、まだ時間はあります。」
そう言ってユニーは歩みを止めた。
「あの魂はまだ覚醒して日が浅く、田中さまの体との融合もできていません、なので補給さえ断つことができれば、そのうち消耗され、また雌伏すると思います。」
「いや、あいつに戦いに参加するなと?無理だろう。」
「いいえ、ゼインさまに止めてほしいのです、新しい魂を吸収するのを。」
「は?あいつが戦場にいるとこ見たことないのか?あんなの止めようもんならこっちまで殺されるわ。」
ユニーのむちゃぶりにさすがのゼインも呆れた顔をした。
「ううん、これ持っててください。」
「これは?これで何ができる?」
ユニーから筒のようなものを渡された、ゼインは素直に疑問を口にした。
「これは精神破壊者という魔道具です、簡単に言えば精神攻撃を繰り出せます、そんな強い魔道具ではないんですが、瀕死の人には十分です、これでできるだけ田中さまが敵を倒して吸収するより先にその敵の魂を破壊して吸収させないようにしてください。」
「それ、気付かれたりしないのか?」
「大丈夫です、精神攻撃はかなり隠蔽的な攻撃方法ですし、田中さまはそういった知識は一切ないので、気付かれることはないです。」
「はあ、仕方がない、乗り掛かった舟だ、やってみるわ。」
「ありがとうございます。」
新章突入して一旦流れを整理したいので、次の更新が遅れるかもしれません。