第 98 話
「いや、本当好奇心は猫をも殺すね、覗きなんてするものじゃなかったわ。」
いきなりこっちに近づいてきたから、慌てて下がろうとしたところ、気付かれてしまったようだ。
ユナにそのまま隠れるように言い付けて、わたしは部屋の入り口の影から出た。
「誰だ?ここの人間には見えないが。」
偽装は見破られていないようだ
「ここって、大聖堂のことかしら?一応ここの関係者といえばそう言えなくもないけれど、ここの人がわたくしを認知してくれるかというとまた別の話で、そもそも...」
正直二対一でかつこっちには人質候補が二人もいるのでできるだけ戦いになりたくない。
向こうも急いでいるみたいだし、こっちがだらだらと喋れば向こうが勝手に行ってくれるんじゃないかとうざいキャラをやってみた。
「なにをベラベラと喋っている!もういいわ、ブルーノ、好きにしなさい。」
「へへ、いいんだな、じゃいただくぜ。」
あれ?なんか予想したのと違くない?
「ちょっ、わたしは別にたたかっ、ちっ。」
わたしが自分の意思を示す暇もなく、ブルーノは襲い掛かってきた。
当然とっくに迎撃の準備はしているので、攻撃は難なく防いだ。
「おい!戦うつもりはない、ここのことは誰にも言わないし、ここを出るのも止めはしないから、ここで手を打つのどうだい。」
「ふーん、いい条件ね、だけど信用できない相手からの提案は受けない主義よ、ブルーノ、だらだらやってる時間ないわよ、三分以内にやりなさい。」
「命令するな!」
口では反発するが、ブルーノの攻撃はどんどん重くなってきている。
「クソ、狂人どめめが。」
交渉はもう無理だし、このままだと防護魔術も破られかねないので、残る道はもう一つしかない。
「反撃するしかないか、あんまりやりたくないが、発火!」
突然中級魔術をぶち込み、向こうの手を一瞬止めたあと、わたしは連続で中級魔術をぶち込んだ。
「激雷、鉄風。」
尋常じゃない数の中級魔術を一気に叩き込んだため、さすがの狂人も驚いて後ろに大きく下がった。
しかし、下がらせたものの、特にダメージは与えれていない、もちろんこのまま時間切れまで持ち込むことも可能だが、もし自分が脱出する前に大聖堂の人に見つかったらこっちも不法侵入の身でめんどくさいことになるので、早めに決着付けれるならそれに越したことはない。
「やるか。」
上級魔術を。
この世界に転生してはじめての上級魔術なんて、正直自信がないので、一応原素石を取り出し、できるだけの補助をする。
原素石を握り潰し、それと同時に大量の魔力と精神力が引き出され、目の前に術式が目にも留まらないスピードで完成に向かっている。
当然それを見たブルーノもなにが起こるかわかっていて、すぐ全速力で向かってきた。
わたしが魔術を完成させるのが先か、ブルーノがわたしの防護を破るのが先か、雌雄を決しようとするその時、目の前に突然一つの人影が現れた。
人影の身長が高く、こちらの魔術の射線を完全に遮ったため、わたしは思わず術式を描くスピードを落とした。
「おい、どk。」
射線を開けるようにその人影に言おうとしたとき、ブルーノの拳がもうそこまで来ていた。
来たる衝撃や残酷なシーンを避けるためわたしは思わず目をそらしたが、予想してた衝撃も轟音も来ることなかった。
再び前を見ると、なんとブルーノの全力攻撃を目の前の人影が片手で止めていた。
「君、まさか。」
上級魔術師の中でもかなり強い部類のブルーノの全力攻撃をこんないとも簡単に止めることができる人なんて、この町で考えられるのは一人だけだ。
「そのような魔術をここで使われたら大聖堂が壊れてしまうのじゃ、ここは妾に任せてはどうじゃ?聖女さまよ。」
「神獣、テラー。」
攻撃止められ、武器であるグロープも掴まれたブルーノがそうぼやきながら、急いでグロープの留め具を外し、後ろへ大きく下がった。
「オルネラ、逃げるぞ、早く準備っ。」
そう叫びながらオルネラのほうに下がるブルーノだが、残念ながら、そこにオルネラの姿はもういなかった。
「ハメやがったな!あのクソアマ!」
ブルーノが仲間の裏切りに怒り心頭の時、テラーは特に追撃することもなく、逆にこっちに振り向いた。
「あっ。」
テラーの顔を見て最初に頭に浮かんだ言葉は「似ている」だった。
なぜならテラーの顔はわたし、いや、聖女カルシアにそっくりだからだ、もちろん微妙に違うところはいくつあるが、双子って言っても何の違和感がないぐらい似ている。
「どうじゃ?聖女さま?」
わたしをカルシアだと勘違いしていたのか、テラーはなぜかわたしの許可を取るのにこだわっている。
「ああ、頼んだわ。」
わたしが返事をした瞬間、テラーは目の前から消え、遠くにいる遠距離転移魔術を準備しているブルーノの前に現れた。
現れたテラー何も言わずにただ人差し指を立て、ブルーノの額へと伸ばしただけだが、ブルーノはまるで金縛りにでもあったかのように指一本も動かず、ただ運命の指先が自分の額に近づいてくるのを見ているだけだった。
ゆっくりと近づいてくる指を見て、ブルーノは思い出した、子供のごろゴミ溜めで屍犬に押し倒され、その骨をも噛み砕く牙が自分の首に近づいてくる時のことを。
しかし、あの時の違って、今日は助けてくれる人はいない、そう悟ったブルーノは目を閉じた。
そして、指はブルーノの額に触れた。
...
数秒後。
かつで筋骨隆々の巨漢だった立方体を掌の中で転がしながら、テラーは笑顔でわたしのほうに向かってきた。
そんなテラーにわたしは恐怖を感じながらも命の危機から脱却したことにホッとするその時。
「やっはり魔獣は魔獣、神獣とのたまったところで本質は変わらぬ。」
突然、周囲から男性の声が聞こえた。