勇者召喚されたおばあちゃんが勘違いで異世界を平和にする話
「よくぞ参られた異世界の勇者よ!」
ヒロエの目の前には、マリー・アントワネットの時代かと思うようなきらびやかなドレスやスーツに身を包んだ人々がいた。
頭に冠を乗せた居丈高な男がヒロエの姿を確認して、何度もまばたきする。
「…………おい召喚師。これはどういうことだ。こんなバ……老齢の者が来るなんて聞いていないぞ! 普通は屈強な男が来るものだろう!」
「そ、そう仰られても、わたしは古文書の通りに……っ」
「だが、どう見てもこれじゃ戦えないだろう」
この国の王は魔族と戦う勇者を求めて勇者召喚を試みたのだ。
そして来たのがヒロエ。
どう見ても戦場に出られそうもないお婆さんで、その場にいるみんな騒然としている。
唯一冷静なのは召喚された本人であるヒロエだった。
「すまないが、ここはどこかの映画村かね。出口はどちらですかの」
「あー、えー、帰り道は……おい召喚師!」
「な、ないですよ!! 召喚する方法は書かれていても送還する方法は載ってなくて」
言い合う王と召喚師。
帰るつもり満々の勇者ヒロエ。
「そうだ、もう一度勇者召喚をして次こそ屈強な戦士を」
「今の召喚で魔力はすっからかんです。この方に任せるしか。人は見かけによらないと言いますし。こう見えて実はすごく強いのかもしれないですし」
「そうだな。では……」
王は咳払いを一つして仕切り直すと、説明する。
「其方、名をなんと申す」
「あら外国の方? 日本語お上手ねぇ。私はヒロエというの。あなたのお名前は?」
「ヒロエか。儂はこのカーペルバーグ王国の第57代国王ギュンター・ローゼンフェルド・フォン・オブライエン。単刀直入に言おう。このカーペルバーグには今危機が迫っている。魔族に脅かされているのだ。一個師団持ってしても魔性の力に敵わん。ヒロエには勇者としてこの世界に平和をもたらしてもらわね…………」
ヒロエは国王の演説をぶった切った。
「牛さん」
「いや、ギュンター……」
「長い話と長い横文字って苦手なのよ。最近のニュースでもエビフライだとかファックスだとか難しい外来語ばかりで困るわぁ」
話と名前が長いと言われて、こめかみがピクリとする国王。臣下たちは笑いをこらえるのに必死である。
「やべぇ、あの王様にそんなこと言う人初めてだぞ」
「わかるー。めっちゃ話長いんだよな陛下って」
「聞こえておるぞ!!!」
国王の一喝で一応玉座の間は静かになった。
「とにかく! 其方の力でこの国に平和をもたらすのだ!」
「私一人でですかい。そりゃあごうぎらねぇ」
目の前には剣や槍を持った人が大勢いるのに、その人たちでなくヒロエ一人に命じる。
ヒロエは考えた。
お腹がいっぱいになればみんな働く力も湧くし、心も元気になる。
日本にいた頃のように、うどん屋をやればいいと。
「牛さんや。小麦粉ときれいな水と塩、あとはそうさなぁ、干した魚があると嬉しいの」
「は? あぁ、まあいいだろう。昨今の勇者は旅用の兵料から用意するのか?」
王様はヒロエが望むとおりに王都の外れに小屋を用意させた。それから調理場の下働きの青年シタバが側付きになる。
小屋のそばには湧き水が流れている。
ヒロエは一抱えある器に小麦粉と塩、水を入れてまぜ始めた。
何をしているのかわからず、シタバは狼狽える。
「勇者様、これは一体」
「うどんを打つのさ。ここには醤油や鰹節なんてなさそうだから、汁は煮干しでなんとかしよう」
「うどんというのはなんですか」
「日本食だよ。あんた食べたことがないのかね」
「聞いたこともありません」
「とにかく湯を沸かしてその干物を入れておくれ。沸騰させないようにな」
シタバは言われるまま湯を沸かして、干し魚を煮込む。
魔王討伐に向かうはずの勇者が調理場下っ端の自分をパーティーINさせたのも意味不明だったが、冒険に出ず料理しているのも意味不明だった。
一時間後、打ち終わったうどんを茹でて手作りの出汁でいただく。
「な、なんて美味しいんだ! こんなにシンプルな材料なのに品があって魚の風味も豊かで、舌触りもいい」
「カッカッカ。私ゃこの道50年のうどん屋だからねぇ。うどんを打たせたら右に出るもんはいないさ」
「腹ごしらえしてから旅に出るのでしょうか」
「いんや。ここでうどん屋をやれっていう話だろう? みんな腹一杯になれば幸せになるさ。孫たちの提案で子ども食堂もやってたんだよ。誰が来ても拒まん」
シタバはヒロエの考えをこう解釈した。
勇者は子どもたちに食を与えて恩を売り、未来の戦士を育てる予定なのだと。
このうどんというのも、おそらくヒロエの国では万力をもたらすような付与スキルが入っているのかもしれない。
「なんという壮大な計画でしょうか。俺、勇者様のお手伝いをできることを誇りに思います!」
「さすがにお婆ちゃん一人じゃ店をやるのに難儀するから、助かるねぇ」
店を開いて一年、貴族も庶民も魔族も関係なく、店に来た客にはうどんを提供し続けるヒロエとシタバ。
魔族の客からもたらされたレシピも取り入れて、メニューが増えていく。
ヒロエの店にいる間は戦闘行為禁止の暗黙ルールが敷かれていて、みなうどんを味わう。
「うぬぬ。人間の国を滅ぼしちまったら、もう、ヒロエのうどんを食えなくなるのか。それは困る……」
「勇者様のうどんは天下一品でございまする!! おかわりをくだされ!」
城下の飲食店がヒロエの店のうどんを習いに来て、いつの間にやらうどんはカーペルバーグ名物になっていた。
魔族が人間の国を襲ってくることはなくなり、平和条約が締結された。
勇者ヒロエ、(御年八十八)
食べ物で世界を救った最高齢の勇者として名を馳せたのである。
END