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迷宮都市の葬儀人  作者: 瘴気領域@漫画化してます
第六章 エンバー討伐

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第42話 葬祭

「今夜は葬式があるのです。よろしければお手伝いいただけませんかのう。人手が足りませんで」


 夕食を終えると、老人がこんなことを言い出した。


「今日は新月ですよ。なのに葬儀をするんですか?」

「ええ、この村のしきたりで」


 驚くアイラに、老人はにこにこと満面の笑みを崩さない。

 冥府を司る陰神(ノクス)は月の女神でもある。新月には冥府への道が閉ざされ、死者の魂が迷ってしまう。新月の葬儀とは、聖光教会の教えとは真っ向から異なるしきたりだった。


「ご宗旨が違いましたかのう。何せ田舎で、町とは色々違いますもんで。無理にとは申しませぬ」

「はい、すみませんが――」

「世話になってるからな。手伝わせてもらおう」


 サイラスはアイラの言葉を遮った。そして小声で耳打ちする。


(葬儀を見ればこの村の信仰がわかる。そうなれば霧の魔術を解く手がかりが得られるかもしれん)

(あっ、なるほど)


 異教の祭儀、それも死者の魂を迷わせる可能性があるものに参加するなど、本来なら聖職者としてするべき行為ではない。だが、サイラスもアイラも原理主義者ではなかった。審問官が居合わせているなら話は別だが。


「では、葬式は村の広場でございますので」


 二人は暗い霧に溶けそうになる老人の背中を追いかける。濃霧で濡れた地面は少しぬかるんでいて、一歩ごとにびちゃりびちゃりと湿った音を立てる。


 広場にはいくつもの松明が灯されていた。揺らめく炎が霧に霞む風景をぼんやりと照らし出している。他の村人はすでに集まっていたようで、十の人影が歪んだ楕円を描いて並んでいた。村人は年老いたものばかりで、深く刻まれた皺が炎で強調されている。


「で、俺たちは何を手伝えばいいんだ?」

「ああ、そちらに並んでいただければ」

「立ってるだけでいいのか?」

「ええ、わしらの祈りが終わるまで、ご一緒いただくだけで大丈夫ですじゃ」


 二人は老人に指示された場所に立つ。すると村人たちの中央に黒い棺が二つ並んでいるのが見えた。


(これってあの祭壇と同じですよね)

(ああ、棺の数は違うがな)


 サイラスとアイラ、そして老人を含めると棺を囲む人数は13になる。これは小屋にあった祭壇の像と同じ数だ。


 棺の中には、年老いた男女が横たえられていた。霧のせいか肌はしっとりとしており、死んでいるようには見えない。それどころか、組んだ手を乗せた胸がわずかに上下している。


(あの、この人たち生きてませんか?)

(偽葬なのかもな)


 偽葬とは生前に偽りの葬儀を行って死を遠ざける儀式を指す。聖光教会にはない習慣だが、生者を死者と偽装して死神の目をごまかすのだそうだ。これに限らず、天命を超えて永らえるための試みは様々に行われており、そう珍しいものではない。


 偽葬について言えば、このあと参列者たちが大げさに泣き叫び、故人の思い出を語るのが普通だ。そうして死者の悼む様子を死神に見せることで、もはや魂が刈り取られた後なのだと騙すのである。


 だが、今回は違った。


「蛛牙、ァ縺ェ繧矩ェク縺ョ邇九h! 謌代i蠕。霄ォ縺ョ蟠?享閠?↑繧!」

「謌代i蠕。霄ォ縺ョ蟠?享閠?↑繧!」

「蜀・蠎懊?髢?繧帝哩縺倥@閠?h! 譛医?螂ウ逾槭r蟆√●縺苓??h!」

「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」

「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」


 老人を皮切りに、村人たちの口から発せられたのはとても言葉とは思えない言葉だった。唇が激しく震わされ、歯が打ち鳴らされ、舌打ちが響く。人間以前に動物の鳴き声にすら聞こえず、昆虫的にさえ感じる。だが、何者かに呼びかけている印象だけは確実にあった。


(な、なんですかこれ!?)

(俺にわかるか! 古代語ですらねえ!)


 得体の知れない合唱の中、棺の蓋が閉じられ、金槌で釘が打たれていく。金槌が鳴くたびに、合唱は大きくなっていく。棺ががたがたと揺れ、打ち上げられた魚のように跳ね回る。


「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」

「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」


 村人たちは熱狂し、地面を踏み鳴らす。泥が飛び散り、彼ら自身の足を、棺を汚していく。


「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」

「謌代i縺ォ荳肴ュサ縺ョ縺頑?縺ソ繧!」


 棺の蓋が弾け飛ぶ。突風を伴って紫色の霧が爆発的に溢れ出す。


「伏せろ、アイラ!」

「えっ!? はいっ!」


 サイラスは咄嗟に火霊石を地面に投げつけ、爆風で霧を退ける。伏せたアイラの腕を取り、森に向かって駆け出した。


「ああ、いけませんのう旅のお方。久々の若い肉体なのでございます。譲っていただかないと偉大なお方に捧げる祭儀が途絶えてしまいます」


 村人と紫の霧とを引き連れた老人が、満面の笑みを浮かべてまま二人の背を追いかけて歩き始めた。

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