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迷宮都市の葬儀人  作者: 瘴気領域@漫画化してます
第一章 葬儀人エンバー
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第1話 不死の葬儀人

 女は、鉄の棺を背負っていた。

 大人の男がすっぽり入るであろう鉄製の棺を鎖で縛り、ズタ袋のように肩にかけている。一歩進むたびに棺の底が石畳に擦れ、石臼を挽くような音が響いた。


 黒い外套を頭からすっぽり被った姿はさながら死神で、半ば闇に溶け込んでいる。フードから覗く顔は整っており、名匠の手になる彫刻のようでもある。しかし、静脈が透けるほどの白い肌からは生気を感じられない。冷たい湖の底で死蝋化した美女のような、そんな女だった。


 女が歩いているのは、ところどころ苔の生えた石壁に、まばらにランタンが並ぶだけの狭い通路だ。石畳にこつこつと靴音を立てて歩いている。迷宮(ダンジョン)だ。迷宮都市メイズの地下に存在する広大な迷宮(ダンジョン)は、一攫千金を目指す冒険者と、それを狙う無数の魔物とで溢れている。


 黒衣の女が歩む先には、男がいた。

 男は赤い目を爛々と輝かせ、牙を剥いて威嚇した。チェックのベストを身に着けた商家風の服装をしているが、それが人間でないことはひと目で明らかだ。


 男の足元には少女が倒れている。

 ひらひらの飾り布がたっぷりとついた、仕立ての良い絹の服を着ている。長い金髪はよく手入れがされており、石畳に液体のように広がっていた。どこかの商家の箱入り娘を、人間に化けた吸血鬼が拐ってきたというあたりか。


 女はおもむろに棺を正面に下ろす。重さに負けた石畳に、ばきりと罅が入った。


奴隷階級(スレイブ)か」と女がつぶやき、

「奴隷などではない。従者(サーヴァント)だ! 葬儀屋如きが!」と男が叫ぶ。


 そして、その怒りに満ちた顔は、すぐに喜悦の表情へと変わる。


「だが、貴様を殺して騎士(ナイト)の叙爵を受けるのだがな」


 刹那、男の姿が消える。

 ――否、遥か頭上に飛び上がったのだ。異形の跳躍力。2階の屋根ほどの高さはあろう。そこから石造りの天井を蹴り、勢いをつけて女に向けて飛びかかる。


黒鉄(くろがね)の蛇よ、喰らいつけ」


 女が空中の男に向けて人差し指を伸ばす。

 すると、じゃらりと乾いた音を立てて棺の鎖が動いた。それは五本の軌跡を引いて、男の四肢と腹とを刺し貫いた。鎖の先端には、蛇の顎門(あぎと)を思わせる歪な矢じりがついていたのだ。


「捕らえよ」


 鎖が蛇のごとくくねり、石畳に落ちた男の体を拘束する。常人であれば即死であろう傷を受けても、男は芋虫のように暴れて束縛から脱しようとしていた。


「<(むくろ)の王>を知っているか?」

「知るか、離せ! 食い殺してやる!」

「奴隷では知らないか」

「奴隷ではないと何度言わせる!」


 女は小さくため息をつくと、棺の蓋を開いた。棺の中は純粋な黒に塗りつぶされていた。遠近感が感じられず、漆黒の平面にも見えれば、地獄まで続く穴のようにも見えた。


「飲み込め」


 再び鎖がじゃらりと動き、男は棺桶の中に引き込まれる。男は「やめろ」と何度も喚いたが、棺の蓋が閉まるとその声も聞こえなくなった。


「炎よ、煉獄より来たれ」


 蓋の僅かな隙間から、火蜥蜴の舌のように赤い炎が洩れる。小さな覗き窓の中は赤一色に染まっていた。

 女はそれを確認すると、倒れている少女に向かって歩きはじめる。脈を取ろうとしているのだろう、長身を屈め少女の首筋に手を伸ばす。


「かかったわね、葬儀人エンバー」


 少女から声がした。女の唇から血が垂れる。

 少女の右手から伸びた長い爪が、女の胸を背中まで貫通していた。


「まったく、お馬鹿さんですのね。噂の葬儀人とやらも。あの鎖も棺桶も、火葬中は使えないのでしょう?」


 少女の爪がぐりぐりと傷を抉る。肺も心臓もずたずただろう。

 始めから策略だったのだ。伝統に重きを置く吸血鬼という種族の中で、手柄による叙爵など滅多に行われることではない。あの男もまた騙されて捨て駒にされたのだろう。


 しかし、胸を刺されながらも女は立ち上がる、それに引き上げられる形で、少女も立ち上がる。少女はつま先立ちになって引き寄せられる。


「う、嘘……なんで……立てるの?」


 女の手が、少女の首に添えられる。


「<骸の王>を知っているか?」

「あなたは……一体……」

「知らないか」


 鈍い音と共に、少女の首は直角に曲がった。


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