魔法大学校の受付事務のおねいさんは、婚約破棄の過去を乗り越え、年下の魔法使いに愛される
この作品は武 頼庵(藤谷 K介) 様とXI様の合同企画『穏やか事務員さんの真実!!企画』参加作品です。
大陸の中央に位置するベーグ国は、魔法で成り立つ国家である。
首都ラマージには全国の魔術師を統制する魔法局と、国営の魔法大学校が設置されている。
魔法大学校は、身分階級を問わず、資質のある者に広く門戸を解放している。
大学校の修学期間は十二歳から十七歳。卒業後は国家認定の魔法使い、即ち魔術師として活躍出来る。
もっとも、選抜試験には生まれつきの魔力量の他に、呪文詠唱能力や魔道具の知識などが必要となる。
なお、ベーグ国は三国と国境を接しており、互いに不可侵条約を結び、学生の交流も盛んである。
今日もまた、隣国からやって来た魔法大学校の男子生徒が、受付窓口を目指して走っている。
◇受付事務のおねいさん◇
大学校の受付事務は二人の女性が担当している。
その二人の評価であるが……。
「若い女性」と「やや若い女性」とか。
「エロい方」と「お堅い方」とか。
生徒らは勝手に見繕って、そんな風に呼んでいる。実際の年齢は、二人とも同じであるのだが。
だいたい大学校は、生徒の八割が男子なので、窓口に用事がある生徒の多くは、「若くてエロい」女性を選ぶ。
丁度今、窓口に並ぶ生徒はいない。そこに一人の男子生徒が、走り込んで来た。
大学校の制服のマントをバッサバサとなびかせて、肩よりも長い髪をかき上げながら、彼は一直線に「若くなく、堅い」女性に向かう。
「おねいさ――ん!!」
それは自分に対しての呼びかけだと、お堅い女性は知っている。名をティミナという。
「あの! 『魔法動力理論特講』の申し込み、まだ出来ますか?」
僅かに目を細め、男子生徒に答える。
「はい。大丈夫ですよ、ベネリスさん。こちらへ学年とお名前を、お書きください」
ベネリスという男子生徒は、ティミナの返答に、ぱあっと顔が晴れる。
そしてティミナが差し出した申し込み書に、いそいそとペンを走らせた。
「よっく毎回毎回、あなたのとこに来るわね、彼」
ベネリスが帰ってから、マリエがティミナの脇を小突く。
マリエとは、「若くてエロい」方の受付の女性だ。
「あなた目当ての生徒が、いつも多いからじゃない?」
「いやいや」
マリエは顔を横に振る。
「今日みたいに、空いている時でも、迷わずあなたを選んでいるわよ」
「ふふ。たまたまでしょ。彼なりの基準があるのかも。今日は右、明日は左、とか……」
マリエは肩を竦める。
ベネリス・ローダントは大学校の中でも有名な生徒だ。
彼は、このベーグ国の東にある、軍事力を誇る帝国からやって来た留学生である。
魔法魔術よりも、物理的な攻撃力を重視する帝国では、ベネリスの魔力を伸ばすことが出来ないからと、ベーグ国を選んだらしい。とにかくベネリスの魔力量は、桁外れに大きく、編入試験に立ち会った魔法局の上級魔術師が驚愕したそうだ。
「いいじゃん、彼。ベネリス君。ちょっと年下でもさ。帝国の貴族らしいし、将来有望だし。……そろそろ、あんたも新しい恋を見つけて良いと思うよ」
ティミナはマリエの冷やかしには答えず、書類のチェックを行った。
彼女は前髪を上げ、カチューシャで止めている。肩より少し長い後ろ髪は、髪と同じ褐色の紐で縛っている。少し目付きがきつく見えるのは、髪型のせいであろう。
窓口に風が吹きこむ。
秋の風だ。
パラパラと書類が捲れる。
そういえば、秋だったとティミナは思い出し、肩に手を当てる。
三年前の、夜風が冷たかった季節のこと。
その日まで培ったものを、手放したあの日を。
◇留学生の魔法使い◇
「で、今日も受付に行ったのか?」
大学校の寮の一室で、ベネリスと同室のカイは彼に訊く。
「うん! 今日も綺麗だったよ、おねいさん」
「おねえさん、な。ベーグ語では。詠唱の講義、お前、発音の注意されてないのか?」
「ないよ。俺、詠唱なしでやってるから」
無詠唱かよ、とカイは小さく舌打ちする。
「でもさ、お前、ティミナ嬢のどこが良いの?」
ベネリスはにぱあっと笑うと、モジモジする。
「ぜ、全部。……けど、一番好きなのは、額!」
マニアだ、コイツ。
糸のような目になったカイを気にすることもなく、ベネリスはティミナの魅力を語り始める。
「あの優美な曲線を描く額と、その下に続くすらっとした鼻筋。小さくて知的な唇。もう俺のど真ん中!」
ベネリスは言いながら、クッションを抱きしめ、真っ赤な顔をしながら床をゴロゴロと転がる。
子どもか!
そうツッコミたいカイであったが、ふと思いついたことをベネリスに投げた。
「確かに顔だちは整っているな」
「でしょ! でしょ!」
「そりゃあ、元々、王太子候補の婚約者だったもんな」
「えっ? ……ええっ?」
カイの科白に、だらしなく伸びた前髪の隙間から、ベネリスの蒼い瞳が光る。
おうたいしこうほ? こんやくしゃ?
この国の王子の、お妃候補だったの?
「あ、そっか。お前この国に来たの去年だっけ。俺はちょっと前から来てたけど、あれは確か、三年前のことだ」
◇◇三年前の秋の夜会◇◇
三年前の秋の日のことだ。
例年、王族と貴族が総出して行われる、秋の狩猟祭の後に、王宮の庭園では大きな夜会が開催される。
夜会では、最も大きな獲物を仕留めた者に、国王の褒章が与えられる。
ベーグ国王には王子が二人。
嫡男の第一王子よりも、第二王子の方が武勇に優れていた。
第二王子のブレイデンが、大きな鹿を仕留めたと聞いた、第一王子のルーゲルは焦った。
焦った彼は、ベーグ国固有種の銀熊を追いかけた。
銀熊は神の使いとも言われ、高い知能と攻撃力を持つ。
「お止め下さい、ルーゲル殿下! 功績のために、銀熊を討つなど」
当時ルーゲルの婚約者だったティミナは必死で止めた。
「うるさい! わたしは絶対、ブレイデンに負けるわけにはいかないのだ!」
剣の攻撃が効かない、体表が硬い銀熊に対し、ルーゲルは呪文を唱え始める。
「ダメです!! 殿下、狩猟祭に魔法は禁止されてます!!」
「やかましい!!」
ルーゲルの得意魔法は炎撃だ。
ティミナは慌てて走り、銀熊の前に立ちふさがる。
彼女の目は、銀熊の後ろで震えている、二頭の子熊を捉えていたのだ。
ドゴ――――ン!!!!
***
「えっえっ!! どうなったの? ドゴ――ンのあと」
見て来たような講釈をたれるカイに、涙目のベネリスは訊く。
「ティミナ嬢は、聖属性の魔法が使えたので、咄嗟に結界を張って、殿下の炎を弾いたそうだ」
「そっか……。良かった。……いや、よくないよくない。ねえねえ、第一王子、ぬっころして良い?」
とんでもないことを言いだす、ベネリスだった。
***
なんとか銀熊を逃がすことが出来たティミナだったが、一部結界が壊れたようで、高熱の炎を左肩に受けた。
また、狩猟祭で大物を仕留めることが出来なかった第一王子の評価は、第二王子よりぐっと下がった。
傷口をショールで隠して夜会に参加したティミナは、ルーゲルから告げられたのである。
「ティミナ・サントス! 今宵限りで貴様との婚約を破棄する!」
ルーゲルの隣には、ふわふわの金髪に菫色の瞳をした、華奢な女性が寄り添っていた。
子爵令嬢のリオラである。
顔色を変えることなく、ティミナは答える。
「陛下は、ご存知でしょうか」
「ふん、どこまでも小賢しい。わたしの立太子を阻止するような女など、このベーグ国には必要ない」
ルーゲルはリオラを促し、踵を返した。
リオラがしばしば、ルーゲルにアプローチをしていたことは、ティミナも知っていた。
今回も、狩猟祭で成果を上げられなかったルーゲルに、リオラはウサギを数匹、差し出したという。
あくまで政略的な婚約であったが、ティミナは真摯に向かっていた。
ただ、向かった先が一方通行で、行き止まりだっただけだ。
涙を流すことなく二人を見送ったティミナは、肩の火傷をそっと押さえた。
***
「え――ん、可哀そうだよお、おねいさ――ん」
話を聞いたベネリスは、マジ泣きしている。
「それにウサギが可哀そうだ……。死ねばいいのに、その子爵令嬢」
「まあ、しょうがないよね。その後、第一王子はリオラ嬢と結婚したよ」
「うわあ、やなカップル」
「結局、第二王子が王太子になったから、この国にとっては良かったろうけど」
「ふうん……」
納得いかない表情のベネリスの頭に、よぎる疑問があった。
元々侯爵令嬢のティミナが、なぜ大学校の受付の仕事に就いているのだろうか。
◇◇狩猟祭◇◇
その日の夕暮れ、ティミナは父であるサントス侯爵に呼ばれて、本宅へ向かった。
第一王子と婚約破棄されたティミナは、所謂傷モノとなった。
なまじ高位貴族のため、次の婚約者を見つけることは、難しかったのだ。
父からの説教だろうかと、ティミナは思う。
今年も夜会は欠席か、苦い顔の父に手を引いてもらうか。
『受付のおねいさ――ん!』
毎日のようにやって来る、隣国の若き魔法使いの声が聞こえたように感じ、ティミナは小さく微笑んだ。
「狩猟祭と夜会には、必ず出なさい」
サントス侯爵は、にこりともしないで、ティミナに告げた。
ティミナは一瞬息が詰まったが、返答せざるを得ない。
「かしこまりました」
侯爵は片眉を上げる。
「夜会のエスコートは、わたし以外に頼め」
「はい……」
「もしも……だ」
侯爵は追撃する。
「もしも、夜会までに相手が見つからなかったら、今の仕事を辞めて、届いている釣書から嫁ぎ先を選ぶように」
それは家長の命令であり、決定だった。
狩猟祭まで、あと二週間。
「お仕事、辞めたくないな……」
侯爵邸から、大学校の寮に戻って来たティミナは独り言を漏らす。
婚約破棄されて、激怒した父からティミナは邸を追い出された。
当時在籍していた大学校の校長が、見かねて彼女を寮に引き入れた。
卒業後も大学校の好意により、受付事務職に就けたのだ。
ティミナはとうに、結婚は諦めている。
このまま、大学校で仕事をしながら、一生過ごすのも悪くないと思う。
『おねいさ――ん!!』
せめて、あの帝国からの留学生君が卒業するまでは、受付に居たいと。
窓の外、秋の夜空には、星が瞬いた。
翌日。
朝から大学校の窓口は、混雑していた。
「ねえ、これ何の行列?」
珍しく、マリエよりも遅れて出勤したティミナは彼女に訊ねた。
「ああ、昨日、あなたが退勤してから、急に王宮から連絡が来たの」
「へえ。何の?」
「今年の狩猟祭に、大学校の生徒も参加して良いって。身分問わず」
些かティミナは驚いたが、表情には出ない。
「まあ。そうなの。では、並んでいる生徒さんは、参加希望なのかしら……」
「そうみたいね。褒章狙いで」
例年の狩猟祭の褒章は、国王から下賜される剣やら宝石やらだったが、今年は違うらしい。
『本人もしくはそのグループが、一番希望するものを得ることが出来る』
王宮からの書状には、確かにそう書いてあった。
狩猟祭は、個人か三人までのグループで参加出来る。
使用して良いのは、剣か弓。
魔法は、治癒以外、使用禁止。
狩猟して良い場所は、国王の持つ直轄領である。
「あら、今までと狩猟場所が変わったのね」
直轄領は確かに広いし、潜んでいる獣の数も多い。
だが、魔獣と呼ばれる凶悪な生物の生息地に近いので、狩猟祭で使われたことはなかった。
「おねいさ――ん!!」
生徒らをかき分けて、ベネリスがやって来た。
「ベネリスさん。狩猟祭の申し込みですか?」
「はい!」
ティミナは申込書を手渡す。
「それと、おねいさんにお願いがあります」
「なんでしょう?」
「俺と一緒に、狩猟祭に参加して下さい!」
ベネリスの言葉の意味が頭に入らなかったティミナは、思わず淑女にあるまじき口を半開きにした。
「はい?」
ひとしきり生徒の波が治まると、マリエはニヤニヤしながらティミナに話しかける。
「良かったじゃん。夜会のパートナーも見つかって」
「どうしましょう。狩猟祭なんて久しぶりだし、ドレスもないわ」
困った風のティミナの頬が、薄っすらと紅色になっているのを、マリエはしっかりと気付いていた。
「私は出ないけど、応援に行くからね」
ティミナは苦笑しながら頷いた。
その日の夜。
大学校の寮の自室で、ベネリスは床の上で足をバタバタさせながら悶絶していた。
「やったあ!! 誘えた!! 夜会のエスコートも受けて貰った!!」
ああ、うるさいと思いながら、同室のカイは諦めて付き合っている。
「狩猟祭で傷を負ったおねいさんを、俺は癒したい」
おねいさんことティミナの過去を聞いたベネリスは、いつになく真面目な顔でそう言った。
それから彼は帝国の親に連絡を取ったり、ティミナの父、サントス侯爵に面会を申し込んだりした。
やる時はやる男、なのか。
それとも恋のなせる技か。
まあ、どちらでも構わない。
ただカイも、ベネリスの行動の結果と恋の行く末を、見届けたいと思った。
だから、狩猟祭ではベネリスとティミナのグループに、カイも入った。
「エスコートは良いけど、ドレスは? 普通男が贈るだろ? それと、お前の礼服とか、今持ってる?」
「えへへへ」
気持ちの悪い、ベネリスの笑顔だ。
「勿論全部準備したよ。おねいさんにぴったりのドレス。ああ、もう早く見たい見たい!」
だんだん面倒になったカイは、湯浴みに向かった。
同日、王宮の執務室。
侯爵家との婚約を、一方的に破棄したため、王太子になれなかった男は、王籍を離れた後も実弟の執務を手伝っていた。
今回の狩猟祭の運営は、彼に任された。もっとも、上手くいけば弟である王太子の手柄になる。
本来の彼の性格からすれば、許しがたいことだが。
三年前の屈辱を、晴らす時が来たのだ。
途中、帝国から面倒な申し入れがあったが、準備は万端だ。
王太子に返り咲く機会が与えられたのだと、彼は声なく笑った。
◇◇そして当日◇◇
狩猟祭の当日は、よく晴れた穏やかな天気に恵まれた。
直轄領に設けられた入口の前で、ティミナは走って来るベネリスと、その友人のカイを見つけた。
ベネリスは、いつものマント姿ではなく、軍服のようなスッキリとした格好をして、帯剣している。
長めの髪を縛り、前髪を横に流したベネリスは、素顔を晒していた。
青い瞳が涼やかである。
ティミナの胸がコトリと鳴った。
「おねいさ――ん!!」
挨拶はいつもと同じだった。
「あの、大丈夫ですか? ベネリスさん。狩猟に魔法は使えないですが」
ティミナの心配そうな声に、ベネリスは赤面する。
「えっ。あ、その俺大丈夫です。元々帝国では剣術しか習ってなかったので」
「まあ、そうだったのですね。では、安心してお任せできますね」
ふんわりと笑うティミナを見て、ベネリスは胸を押さえる。
「ううっ……」
「あら、ベネリスさん。ど、どこかお悪いのかしら?」
見かねたカイがベネリスの首を掴み、後ろへ下がらせる。
どうせ、ティミナの笑顔で「胸キュン」状態なのだ。
「あの、コイツのこと、あまり気にしないでください。緊張してるだけですから」
「そうですか……。具合が悪くなったら、いつでも言ってくださいね。カイさんも」
うわあ、可愛い。
ベネリスの気持ちが、ちょっとだけ分かったカイだった。
そうこうしているうちに、王太子の挨拶とか、宰相の注意事項とかが終わり、いよいよ狩猟祭が始まった。
「森の近くまで行きましょう」
土地勘があるらしいカイが、道を指す。
ティミナとベネリスもそれに従った。
森が近づくにつれ、草原を横切る獣が増えていく。
小物は無視して、三人は進む。
いきなり、唸り声が聞こえた。
同時に草むらが割れて、一体の獣が飛び出して来る。
灰色狼だ!
凶悪な肉食獣の一種である。
跳躍し、牙を剝き出しにする狼の首を、瞬時にベネリスは斬る。
キャウウンン!!
狼はどさり、地上に落ちた。
速い。
帝国で、剣術しかやってなかったというのも頷ける、ベネリスの腕前である。
「しかし、ヘンだな……」
「何が?」
怪訝そうな顔つきのカイに、ベネリスは訊く。
「灰色狼は、夜行性だろう? こんな真昼間に出てくるなんて」
カイの疑問を反芻しながら、ティミナも全身の毛が逆立つような感じがする。
風が、ぴたりと止まった。
草むらは、音もなく僅かに揺れている。
ベネリスが自分の後ろにティミナを寄せる。
「囲まれた」
カイは両手に短剣を構えた。
ざわざわ……。
ざわざわ……。
一瞬の静寂。
直後、草むらから飛び出す、獣が三体。
豚の三倍ほどの大きさで、牙が口の外まで飛び出ている。
「サンギュラーか!」
「魔獣だぞ、これ!」
ベネリスは長剣で一体を切り伏せ、カイは二本の短剣で、一体の首を裂く。
もう一体が、前足で土を蹴り、ティミナを狙う。
ティミナには、武器がない。
魔獣はティミナに牙を突き立てようとする。
「おねいさ――ん!!」
だが、魔獣の牙は、ティミナに届かなかった。
魔獣の胸が、何かで貫かれていたからだ。
「あっ! あああ……」
ティミナは見た。
魔獣の背後に、銀色に輝く、巨大な獣が仁王立ちする姿を。
「「銀熊……」」
なんと、銀熊が魔獣を倒したのだった。
銀熊は、魔獣の体を貫いた爪を何度か振ると、くるりと背を向け、去って行く。
その後を、二頭のやや小ぶりの銀熊が、走って追って行く。
神の使いと言う、銀色の熊。
それはかつて、第一王子の攻撃から、ティミナが守った個体だったのだろうか。
二頭の子熊たちも、無事に大きくなったようだ。
ティミナはぽろっと涙を落とした。
心のほんの片隅に、一つのシミが残っていたのだ。
第一王子を止めたことは、間違っていたのではないかと。
「ま、間違って、いなかったのですね」
笑顔を作ろうとしながらも、涙が止まらないティミナの肩を、ベネリスが抱き寄せる。
「うんうん。おねいさんがやったことは、間違ってなかったんです」
何やら良いムードになった二人に、一人冷静なカイが言う。
「この魔獣一体、持ち帰ればいいだろ」
「そ、そうだな」
三人が、狩猟祭の入口方面に歩き出したその時だった。
進行方向の空に、非常弾が上がった。
第二王子である王太子が控える、入口付近のテント周辺に、百体を越える魔獣の群れが現れていた。
腕に覚えのある貴族たちは、直轄領のあちこちに散っている。
王太子を護衛する、近衛騎士団は二十人。
しかも、彼らの装備は魔獣相手の物ではない。
「殿下を御守りしろ!!」
しかし、火を吹き、毒を吐く魔獣たちの前に、騎士たちは次々と倒れ伏していく。
「魔法を使わないと、無理だ。魔術師を、誰か!!」
その様子を望遠鏡で眺めていた第一王子は、ニタニタ笑っていた。
狩猟祭で魔法使用は禁止となっているため、本日狩猟場にいるもので、魔法が使える者は少ない。
このまま第二王子が死ねば、自動的に己が王太子となる。
はずだった……。
王太子を守る騎士が数人になった時、空からキラキラと何かが降ってきた。
それはテント全体を包み込む、聖なる結界。
王太子に飛びつこうとした魔獣は、結界に触れた途端に消滅した。
そして走ってきた一人の男が片手をかざした瞬間、爆炎が起こり、ほとんどの魔獣が消えた。
生き残った数体の魔獣は、もう一人の男が簡単に切り裂いていく。
倒れた騎士たちには、一人の女性が次々と、治癒魔法をかけていた。
「な、何者だ、彼らは……」
結界で守られたテントの中で、王太子は目を丸くする。
遠景を覗き見ていた第一王子も、ギリギリと歯を噛みしめた。
◇◇顛末◇◇
非常弾が打ち出されたために、狩猟祭は中断し、そのままお開きになった。
いきなり魔獣が現れたことに、不信感を抱いた騎士団団長は、王宮警備と共に原因究明に向かう。
王太子は、駆けつけた三人に直接礼を言う。
「そうか、この結界、ティミナ様が……」
「お役に立てて光栄です」
ティミナは見事な淑女の礼をとる。
「ですが、魔獣を葬り去ったのは、こちらのお二人ですわ。二人とも、魔法大学校の優秀な生徒です」
ティミナの紹介に、二人とも顔を赤らめながら跪いた。
この魔獣騒ぎのために、夜会の開催は延期された。
内偵を進めた騎士団が、第一王子の執務室から、魔獣を誘い出す香を見つけた。
第一王子は捕縛され、表向きは病死と発表されたのだった。
一か月後。
晩秋の夜に開催された夜会には、ベネリスにエスコートされたティミナの姿があった。
カイはなぜか、マリエをエスコートしていた。
国王陛下が玉座に座すと、特別褒章の儀となった。
「ベネリス・ローダント皇太子、こちらへ」
皇太子?
呼名に驚くティミナに、ベネリスは頭を掻く。
「ごめん。言い忘れてた」
ベネリスは、帝国の皇子であったのだ。
カイはその護衛兼お目付け役。
ベネリスより前にベーグ国にやって来て、諜報活動も行っていた。
道理で強いわけだ。
「この度は王太子の危機を、よくぞ救ってくれた。僭越ながら、そなたの希望をかなえたい」
「恐れながら申し上げます。わたしは、ティミナ・サントス侯爵令嬢を妻として迎えたいです」
「わたしに異存はないが、如何であろう、帝国の王よ」
国王が片隅のカーテンをめくると、そこには帝国の正装を纏う一人の男性がいた。
顔つきがベネリスと似ている。
「こんなアホ息子に嫁いでくれる、奇特な女性がいるのであれば、どなたでも構わんよ」
帝国の王はニカっと笑った。笑顔も息子と似ていた。
「では、ティミナ・サントス侯爵令嬢。前へ」
ティミナは動悸で苦しくなる胸を押さえ、二人の王の前へと進み出る。
「そなたの気持ちを尊重したい。このベネリス殿下の申し出は、如何様に?」
ティミナは、真っすぐに国王を見つめ答える。
「謹んで、お受けしたいと存じます」
拍手が沸き上がる。
ひそかに夜会に来ていたサントス侯爵は、そっと目頭を押さえた。
「やったあああああ!!」
それまで、日頃とは大いに異なる言動をしていたベネリスは叫ぶ。
「おねいさ――ん!! 大好きだああああ」
人目を全く気にせず、ティミナを抱きしめたベネリスは、後に三国一の大魔導士と呼ばれるらしいのだが、それはもう少し先のお話だ。
了
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