ケーキの甘さと君の優しさ part2
前回の続きです!
「そろそろだな…」
今日は葉月さんがうちの店にやって来る日…夕方には来るそうなのでもうそろそろ来てもいいころだが。
「それにしても今日は疲れた…」
葉月さんが来ることを意識しすぎたがために、一日中いらぬ緊張をしてしまい妙な疲労感がある。
父さんも母さんも遅くなる前には帰るとは言っていたものの、さすがにまだ帰っては来ないだろう。というか帰ってこられたら困る。
僕は今まで一度も女の子を家に連れてきたことはない。一応冬姫たちが四人で来たことはあったが、今度は葉月さん一人。絶対に変なことを勘繰られるに違いない。
そんなことを考えていると「カランカラン」とドアのベルが鳴る音がした。
あわてて僕は接客モードに戻る。
「あ、こ…こんにちは」
扉を開けて入ってきたのは葉月さんだった。
「ああ、葉月さん。いらっしゃいませ。」
おどおどと店内に入ってきた葉月さんはいつもとは少し違う雰囲気を纏っていた。
おそらく制服を着ていないからであろう。今日の葉月さんは大きめのベージュのカーディガンを羽織って、チェック柄のロングスカートをはいていた。
「葉月さん、私服だとすごい大人っぽく見えるね。凄い似合ってるよ。」
葉月さんは小柄なためいつもは少し幼いように見えるのだがこういう落ち着いた服装をすると一気に大人に見える。
「あ、ありがとう…東雲君もかっこいいよ…そのコックコート…」
いきなり自分の服装を誉められたので驚きと照れが同時に来て、葉月さんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「ありがとね。中学生の時から着てるけどやっと板についてきたって感じだよ。昔は服に着られてるってよく両親には馬鹿にされたんだよ。」
「そ、そうなんですか?こんなに似合っているのに…」
「中学生のころはそんなに背も高くなかったしね。高校入学前くらいに伸び始めてやっと180の大台に乗ったんだよ。」
「そうだったんですね。でも身長高いのは憧れです…私は背が低いので。」
やはり背が低いということは男女関わらず悩みの種なのか…
「気にしなくてもいいと思うよ。今でも十分可愛いし魅力的だと思うよ。」
「か、かわ…!?」
葉月さんはさらに顔を赤くしてしまった。
「ご、ごめんね、変なこと言っちゃったね…ほら!ケーキまだたくさん残ってるよ!好きなの選んで!」
葉月さんの様子を見て、自分が恥ずかしいことを言ってしまったことに気付いた。そう思うとこっちもなんだかどぎまぎしてしまう。
何とかこの話から興味をそらすため、ケーキに話題を移す。
「そ、そうですね…」
さすがに葉月さんもこの空気感には耐えられなかったのか、促されるままショーケースの前に来てケーキを見始めた。
「わあ、どれもおいしそうですね!これは東雲君が作ってるんですか?」
「いや、ほとんどは両親が作ってるよ。だいたい一日に僕が任されるのは二~三種類ぐらいかな。このケースの一割くらい。その日によって任されるケーキは違うから一応全部一通り作ることはできるよ。」
僕が中学生になった頃に父さんの提案により一週間に一種類ずつケーキの作り方を教えてもらっていた。さすがに作業効率は両親には及ばないため今は一日に作れる量に限界はある。
「それでもすごいです!今日はどれを作ったんですか?」
「えっと今日作ったのは、ザッハトルテとフルーツタルト、あとはシフォンケーキだったかな。」
「これと、これと…これですか!?すごいです!もうプロじゃないですか!」
葉月さんは僕が作ったケーキをショーケースから見つけ出し驚きの声を上げる。
「あはは、ありがとね。でもやっぱり父さんや母さんにはかなわないかな。見る人が見たらきっとどれが僕の作ったやつかすぐわかるよ。」
「そうですかね…?私はすごいと思いますけど…」
まあ確かにこうして店に並ばせてもらってる以上それなりの商品価値はあるのだからそこは誇ってもいいのかもしれない。
「じゃあ、この東雲君の作った三種類ください!」
「この三つでいいの?」
「はい、この三つがいいです!」
気を使ってくれてるのか、はたまた本当にそれがいいと思ったのかは分からないが、本当にいい子だ。
「じゃあ、この三つね。どうする?一応ここで食べていくこともできるけど?」
「そうなんですか!?」
「うん、こっち側がカフェスペースになってるから。今日は僕一人だから手が回らなくなるかもって思ってやってなかったんだけど、もう夕方だし多分そんなにお客さんも来ないだろうから食べて行ってもいいよ。」
「いいんですか?じゃあ一つだけ食べていきます!」
「分かった。どれ食べてく?多分フルーツタルトが一番日持ちしないとは思うけど。」
「じゃあフルーツタルトでお願いします!」
「了解。じゃあ先にお会計済ませちゃうね。」
そう言って僕はレジに三つ分のケーキの値段を打ち込む。
会計を終えると先に持ち帰るほうのケーキを箱に詰める。
「はい、こっちは持ち帰るほうのね。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ今お皿にのせて持っていくから座って待ってて。」
「はいわかりました。」
葉月さんはケーキの箱を持ってカフェスペースの机につく。
僕はケーキをお皿に乗せ、コーヒーを淹れる。
「お待たせ。これがフルーツタルトでこっちがコーヒーね。」
「え、いいんですか?私お代払ってないですよ?」
「いいよいいよ、サービスするよ。どうせならおいしく食べてほしいしね。」
「ありがとうございます!じゃあ遠慮なくいただきますね。」
葉月さんはお礼を言うとケーキをほおばりコーヒーを飲む。
「おいしいです!」
「ありがとう。嬉しいよ。」
「もしかしてコーヒーも一から淹れてます?」
「うん、このカフェスペースを始めたときからコーヒー淹れるのは僕の仕事だったから。豆を挽くとこから自分でやってるよ。」
さすがに僕が学校に行っていて店にいない日は母さんが入れているようだが常連さんから評判がいいのは僕の淹れたほうのコーヒーである。
「すごいです!何でもできちゃうんですね!」
「いや、何でもはさすがにできないよ。店に立つうえで最低限必要なことだけ。」
そう、僕ができることはすべてこの店をやっていくうえで必要なことだけ。社会に出たときに役立つことは一つもない。
「僕、高校を卒業したら、大学にはいかないでパティシエの専門学校に行こうと思うんだ。」
「専門学校ですか?」
「うん。僕は、一応それなりにケーキの作り方自体は理解しているつもりなんだけど、基本的な知識が何一つないんだよ。」
「はい。」
僕がまじめな話を始めると葉月さんは、真剣な表情で聞いてくれた。口はもぐもぐしてるけど。
「うちの両親はもともとは普通の仕事をしてたんだ。だけど昔からの夢だったパティシエを諦められなくて仕事をやめてパティスリーで働き始めたんだ」
「ご両親二人共ですか?」
「うん。しかも凄いのは二人はパティスリーで出会ってるんだ。夢を諦められなかった人間が二人、示し合わせたわけでもなく同じ決断をして同じ店で働き始めたんだ。」
「そんなことが…すごい確率ですね。」
「そうだね。それが理由で仲良くなって今に至るわけだけど。」
うちの両親は、本人たちが穏やかな性格ということもあってか全く喧嘩をしないし、むしろ普通の夫婦と比べてずっと仲がいいと思ってる。
「パティシエになるには絶対必要ってわけではないんだけど製菓衛生師の資格を持ってたほうがいいんだ。本当は専門学校に通って取得するんだけど、お店での実務経験が二年以上ある場合は学校に通わなくても受験できるんだ。」
「じゃあ、ご両親は資格は持っているんですね。」
「うん。でも二人とも口をそろえて、できるなら学校に通いたかったって。」
「それで東雲君は…」
「別に両親にそう言われたから入ろうってわけじゃないんだけどね。でもやっぱり、学校でしか学べないことはたくさんあるし、この業界自体もずっと昔から変わらないわけじゃなくて、どんどんと新しいことが増えていると思うんだ。」
「確かにそうですね。自分で調べるにも限界はありますしね。」
「だから、僕は専門学校に行こうと思うんだ。このお店のことは好きだからずっと続いてほしいし、もっと大きくなってほしいからね。」
「すごい素敵な夢ですね!応援します!」
葉月さんは僕の話を聞き終わると感動したような顔になっていた。
「ありがとね。頑張ってみるよ。」
葉月さんにも応援されたし、これはますます頑張らないといけないな。
そう決意を新たにしたとき、店のドアが開く音がした。
「すいませーん。」
どうやらお客さんのようだ。しかも声からして小さい子供のようだ。
「いらっしゃいませ!」
僕はあわてて接客に戻る。葉月さんもケーキを食べ終わっていたので様子を見について来ていた。
「あの、お母さんがお誕生日なので…お誕生日のケーキをください!」
どうやら少年は母親の誕生日ケーキを買いに来たらしい。
「君一人で来たの?」
「うん。お母さんには内緒なの。」
「そっか、お金は持ってる?」
「うん!」
少年はお金を持ってるか聞くと勢いよく返事をし、おもむろに財布を取りだした。
「お手伝いしてもらったの!」
そういう少年の手には10円玉や100円玉などで計500円あった。
「これじゃ、誕生日ケーキは…」
それを見た葉月さんがつぶやいた。
そう、当然500円では誕生日ケーキは買えない。買えるのは1ピースのみである。
「君、名前は?何歳?」
いつまでも君と呼ぶわけにもいかないのでとりあえず名前を聞く。
「ゆうた!五歳!」
五歳か…学校には行ってないだろうしギリギリ物の価値があいまいなくらいか…
「ゆうた君、誕生日ケーキって大きいケーキのこと?」
「うん、そうだよ!」
「そっか…」
「ど、どうするんですか?東雲君…」
心配になったのか葉月さんが話しかけてきた。
「うーん…せっかくだし、お母さんにケーキ食べさせてあげたいよなぁ…」
何かいい方法はないか…こういう時父さんと母さんならどうするか…
「…よし。」
いろいろ考えてみたが一つの結論にたどり着いた。
「東雲君、何か思いついたんですか?」
「うん、何とかしてみるよ。」
そう葉月さんに告げると、僕はゆうた君の前にしゃがみこみ目線を合わせた。
「ゆうた君、残念だけどこのお金じゃ、大きいケーキを買うにはちょっとだけ足りないかな。」
「ちょ、東雲君!?」
僕があまりにもはっきりと事実を伝えたことに葉月さんは驚いている。
「え?ケーキ買えないの?」
ゆうた君は今にも泣きだしそうな顔になっている。
「ごめんね。でも一つだけお兄さんからゆうた君にお願いがあるんだ。」
「お願い…?」
「実は一個だけ、お誕生日用のケーキのスポンジをつくるの失敗しちゃったんだ。」
「うん。」
「それで、売ることもできないし捨てるわけにもいかないからお兄さん困ってるんだ。」
もちろんそんなことはない。確かに失敗したホールケーキのスポンジは裏にあるがいくらでも使い道はある。
「今からお兄さんそれでお誕生日ケーキを作るから、それをそのお金で買ってほしいんだ。」
「ケーキ、買ってもいいの…?」
先ほどまで曇っていたゆうた君の顔が明るくなってきた。
「うん、買ってくれるとお兄さん助かるかな。」
「ありがとうお兄さん!」
ゆうた君は満面の笑みでお礼を言ってきた。
「どういたしまして。あ、そうだゆうた君、もう一つお願いがあった。」
「なに?」
「このチョコレートにチョコペンでお母さんお誕生日おめでとうって書くのを手伝ってほしいんだ。書けるかい?」
「かけるよ!お母さんと練習したもん!」
「じゃあ、お願いしようかな。葉月さん、悪いんだけど僕がケーキを作ってる間、ゆうた君の手伝い頼める?」
「分かりました。任せてください!」
意気揚々と返事をしたゆうた君を葉月さんに任せて僕hが厨房に入る。
ゆうた君に聞いたところゆうた君のお母さんはイチゴが好きらしいので、今回はスタンダードなイチゴのケーキにしようと思う。
簡単な作業ではないが、一番作りなれている種類ということもあり、そこまで時間はかからなかった。最後にイチゴを飾り付けてあとはチョコのプレートを置くのみとなった。
「ゆうた君、書けた?」
「うん、書けたよ!」
ゆうた君が手渡してきたチョコプレートには拙いながらもお母さんのことを思って書いたことがしっかりと伝わってくるメッセージが書かれていた。
「上手にかけてるね、じゃあこれを乗せれば完成だ。今持ってくるから待っててね。」
プレートを受け取った僕は厨房に戻りケーキを仕上げ、仕上がったケーキを箱に詰めて厨房から出てゆうた君に手渡す。
「じゃあ、お会計が500円になります。」
「はい、どーぞ。」
「丁度、お預かりします。じゃあゆうた君、お母さんとお父さんと三人で仲良く食べるんだよ。」
「うん!お兄ちゃんもお姉ちゃんもありがとね!」
「ふふ、どういたしまして。」
「うん、おいしかったらまた今度お母さんと買いに来てね。」
「分かった!じゃあね!」
ゆうた君は元気いっぱいに店を飛び出していった。
「いい子でしたね。でもお子さんが急にホールケーキを持って帰ってきたらびっくりしちゃうんじゃないですかね。」
葉月さんがゆうた君を見送ると、心配そうな顔でつぶやく。
「大丈夫だよ。一応経緯を説明した手紙を入れておいたから。」
「なら、大丈夫ですかね。」
今度は、僕のほうを向いて微笑んできた。可愛い。
「そうだね。」
僕も微笑み返す。
「東雲君は優しいんですね。」
「え?どうして?」
「こんな私と仲良くしてくれますし、今日のことだってお店にとっては何の利益にもならないのに…」
葉月さんは急に神妙な顔で話し始めた。
「僕は、純粋に葉月さんと仲良くしたいって思ってるだけだよ。それに今日のことだって、巡り巡っていつか返ってくると思ってるよ。」
僕は嘘偽りない、自分の気持ちを話すことにした。
「お店ってさ、縁だと思うんだ。確かに今日はホールケーキを500円で売ったことで不利益を被ったかもしれないけど、今日ケーキを食べたゆうた君のお母さんが、うちのケーキを気に入ってくれて常連さんになってくれるかもしれない。もしかしたら今日のこの出来事がどこからか広まって新しいお客さんが来てくれるかもしれない。全部全部つながってるんだよ。」
今はなしたのはすべて希望的観測だ。もしかしたらそう、うまくはいかないかもしれない。
「それに、きっとうちの両親が今日店にいたらきっと、同じことをしたと思うんだ。だからこれでよかったんだよ。」
でも後悔はない。両親に顔向けのできないことをするくらいなら店の売り上げなんて些細な問題なのだから。
「そうですね…東雲君の言う通りかもしれませんね。」
僕の話を聞いた葉月さんは泣きそうな目をして、でも顔は笑顔だった。
「でもやっぱり、東雲君は優しいですよ…優しくて立派で、とってもかっこいいです。」
「え、きゅ…急にどうしたの?」
「私、東雲君に会えて、仲良くなれてよかったです。中学の頃はこんな素敵な男の人に出会えるなんで思ってもみなかったですから…」
葉月さんの目からは今にも涙があふれだしそうだった。
中学で何かあったのか…僕の知らない何かが葉月さんにはあるのか…気になることは多いが今はとりあえず葉月さんを落ち着かせなければ。
「だ、大丈夫?とりあえず涙拭いて。」
僕は葉月さんハンカチを手渡すと椅子に座らせた。
10分くらいたっただろうか。だいぶ葉月さんは落ち着いていた。
「ありがとうございます。急に取り乱しちゃって…理由は聞かないでください…」
「大丈夫聞かないよ。いつか自分の中で整理がついたらいろいろ教えてほしいことはあるけどね。」
「はい、本当にありがとうございます。」
「んじゃ、そろそろ夕方だし帰ったほうがいいかもね。あまり遅い時間に可愛い女の子を外には出せないし。」
「か、かわっ…あ、あんまりからかわないでください!」
葉月さんは顔を赤くして抗議してくる。良かった、これくらいの元気はあるみたいだ。
「冗談じゃないよ。それにそろそろうちの両親も帰ってきちゃうから…」
「「ただいまー」」
僕が話題に出した瞬間家のほうの玄関から両親の声が聞こえた。
「や、やばっ…帰ってきちゃった…」
まずい,このままでは葉月さんと鉢合わせてしまう…
「あ、もしかしてお母さんたち?じゃあ、挨拶しておこうかな…」
葉月さんも挨拶する気満々だ…終わった…
葉月さんの過去とはいったい?
次回、両親と葉月さん鉢合わせ!