桜花は一片の約束
「とゆーわけで、次のお題は『桜花は一片の約束』です」
「あの、先輩、なんでそんなお題になるんすか?」
「春だから?」
「春とか秋とか季節まったく関係無く、俺にポエミイなもん書かせようとしてますよねえ!」
「そろそろ無人島以外で書いてよ。なので無人島に生えてなさそうな桜を題材に入れてみましたー」
「つーか先輩、なんで俺にそんなん書かせようとするんですかねえ?」
「それは君の文章力アップのため?」
「俺はノンフィクションが好きなんですよ。そういうふわっとしたお題で、約束だとか、恋愛だとか、そんな物語書けとか言われてもなんも出てきませんっての」
「ふうん? でもノンフィクションでもフィクションでも、人に伝わる書き方っていうのは練習しといたらいいんじゃない?」
「で、その本音は?」
「ウブな童貞が悶々しながら悩んで書いたラブコメを、コイツは硬派な顔して中身は乙女じゃん、うっぷぷー、って君を見ながら読むのメッチャ楽しい」
「最悪だこの女! バカか? バカだった! このバカァ!」
「バカとはなによう? 動機はともかく役には立つわよ? 君はもう少し書き慣れた方が良くない?」
「だったら先輩よー、もう少しお題をだ、俺にもやりやすいお題にするとかで」
「じゃ、少し手伝おうか? 後輩君は、桜花、と聞いたら何を連想する?」
「桜花? そりゃ桜花と言えば」
「桜花と言えば?」
「特攻兵器『桜花』! 太平洋戦争中に日本海軍が開発した特殊滑空特攻兵器!!
『桜花』とは大型の徹甲爆弾を搭載した小型の航空型特攻兵器のことだ。言わば人間ミサイル。追い込まれた日本軍が戦況を変えようとし、戦争の狂気が産み出した人間を部品として誘導装置として組み込むミサイル。体当たりを前提にした操縦者が生きては帰れない自決決戦兵器。
アメリカ軍はこの『桜花』を『BAKA』というコードネームで呼んだ。鹵獲した桜花が調査の結果、人間が操縦するロケット爆弾と判明したからだ。これは自殺を禁じるキリスト教徒が多いアメリカ軍にとっては信じられない狂気の兵器。アメリカ軍は桜花を愚か者が乗る兵器、という意味合いでBAKA、またはBaka Bombと呼んだ。
だが、人間という当時のコンピューターを越える最高の誘導装置を備えた桜花は、潜在的に最も脅威となる対艦攻撃兵器であると、アメリカ軍には恐れられた。
駆逐艦マナート・L・エベールが桜花により撃沈されたことで、アメリカ軍は桜花に対し警戒を強め対策を練ることになる。
桜花は、これまでに見たどんな飛行機よりも速く、一度接近されたなら何物もその突進を停止させたり、その方向を変換させるのは無理。
この報告を受けてアメリカ合衆国海軍省では、従来の兵器では一度射出された桜花に有効な迎撃ができないと考えた。桜花に対抗する為にターボ・ジェット搭載の戦闘機の開発を急がせた程だ。
作家ジョン・トーランドは当時のアメリカ軍艦隊が桜花に対して、
『桜花を『BAKA』と蔑んでみても、アメリカ軍艦隊全体に広まった桜花への恐怖は、決して和らぐことはなかった』
と述べた。
人が乗り操縦する人間ミサイルとは、当時としては最高水準の誘導ミサイルであったのだ」
「……いきなりカミカゼ兵器が出てくるとは思わなかったわ」
「この桜花の誘導装置を人間からコンピューターに変えようと研究され、ホーミングミサイルとなったのも、桜花が兵器として優秀であったからだ。桜花の登場から各国はホーミングミサイルの研究に本腰を入れる。ちなみに靖国神社境内遊就館にて、桜花の複製機体が展示されている」
「じゃ、その桜花に乗るパイロット、というのは?」
「国を守る為に志願した憂国の兵。なかには当時の世論に流されていた者とか、強制されたのもいたんだろうけど、家族と故郷を守る為には戦うしかない、ていう軍人だな」
「桜花に乗るパイロットにも、妻や子供がいたのでしょうね」
「そうだろうな。そんな妻と子を守ろうってのが戦う動機でもあって」
「必ず生きて帰るなんて、そんな約束をして、戦地に赴いた人もいたんじゃないかしら?」
「かなわぬ約束を胸に、家族を守る為に戦う、か。せつないよなあ」
「じゃ、そういう感じで一本ね」
「へ?」
「だから、お題『桜花は一片の約束』の。カミカゼ兵器、桜花に乗るパイロットが、故郷にいる幼馴染みと交わした約束。時代は太平洋戦争で。映画の、その世界の片隅で、みたいな感じで書いてねー」
「なんだってえ?」
「読み終えてジワリホロリと来るのを期待してるから」
「あらあ? そうなるの?」
「ガーンバ! ほら、ノンフィクションっぽくなってきたじゃない?」
「えー?」