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雪待ちの人


「男は女の肩を抱いて、二人で山道を進む。男は歩いてきた山道を振り返る。雪が降れば、雪さえ降れば、降り積もる雪が俺たちの足跡を覆い隠してくれたなら、と、男は祈りながら前に進む。慣れない山道に女は疲れ果て、足がよろめく。倒れないように支えて男は言う。『もう少しだ。もう少しで国境を越える』女はうつむいたまま、何も言わず、それでも小さく頷いた……」


「お? 今回は順調そうだな?」


「あぁ。今回のお題は『雪待ちの人』で、雪を待つ、待ち望むって考えたら、雪で足跡が消えて追手から逃げのびるってのを思いついて」


「なるほど、そうきたか。『雪待ちの人』ね」


「雪を待ち望むってなると大人より子供かな? とも思ったけれど」


「雪遊びに雪の季節と言えばクリスマス。雪で喜ぶのは大人より子供かもな。大人で雪を待つ、のが追跡を振り切るために足跡を雪で消しての逃避行か」


「降り積もる雪が二人の足跡と二人の半生を包み隠す、という感じで。ところで逃避行ってなぜか北国って感じがするよな」


「北へと逃げて、崖の上に追い詰められて、犯人は犯行の動機を熱く刑事に語ると。♪チャ、チャ、チャーン」


「火曜サスペンス?」


「今回のお題は相談されても俺に言えることは少ないか。なんせ無人島に雪は似合わない」


「そういや、なんで無人島は南国のイメージなんだろう?」


「雪景色の無人島なんてサバイバル難易度が跳ね上がる。水には困らないかもしれないが、植物も動物も少なそうだ。せめて気候に恵まれてないと生き残れないだろ」


「そんな理由かよ?」


「雪を待つ人となると、あとはスキー場で働く人か」


「あー、スキー場に雪が無いとお客が来ないから。気候に左右されるのはたいへんだ」


「その上、気候変動で昔は雪が降ってた地域に雪が降らなくなったりな。代わりに昔は米が作れなかった北海道が、温暖化からコメ作りの一大産地になったりと変わってきた」


「昔より春と秋が短くなったって言うし、日本の四季って無くなっていくのかもな」


「2100年には夏は40℃越えが当たり前になり連日続き、冬の気温も5℃上がるって予想がある。日本が熱帯気候になって、マラリヤのような病気が日本でも広まるって話もあるな。他にも気温の変化から桜の花が咲かなくなるとか。未来の日本では雪の降るところが無くなるっていうことも有りうるのか?」


「それはスキー場が全滅してしまう。他に雪を待つ、で何かネタは?」


「ネタというか、この雪待ちの人というタイトルで思い出すのは、『ハイルヒルトは雪を待つ』か。小説家になろう、の短編で、雪待ち人というお題ならコレを越えるものはまず無さそうだ。おすすめだぞ」


「それはどんな理由で雪を待ってるんだ?」


「これは雪に残る足跡、なんだが……、ん? おい、こっちに来るのはお前の後輩じゃないか? 文芸部の」


「あ、なんだろ? いい笑顔で走ってくる」


「せんぱいー! 先輩、できました! 今回のお題の小説が!」


「相変わらず速いな」


「先輩、読んでみてください。今度こそ部長を楽しませられるんじゃないかと。もう微妙な顔にはさせませんよ」


「え? 俺が先に読むの? 部長じゃなくて?」


「えぇ、いつも部長をニマニマさせてる先輩の反応が見たいので。で、どうすれば部長を楽しませられるのかをご教授ください」


「いや、俺、批評とか感想とか苦手で」


「なんでもいいんで、感じたこと言ってくださいよー」


「あー、わかった」


「オマエ、ちゃんと先輩してんのな。どれどれ、俺にも見せてくれ」


◇◇◇◇◇

 

 雪が降れば、雪さえ降れば、

 あの男を殺してやるのに。

 吹雪の中で殺してやる。あの男を。あたしの想いを踏みにじった、あの裏切り者を。

 

 なのに、なんで雪が降らないの?

 あたしがあの男を殺すって決めてからもう三年。まるで雪が降らない。なんなのよ、まったくもう。天候さえもあたしを裏切るっていうのね。呪ってやる。


「こーんにちわー、おーい、開けてくれー」


 なによ、人が呪ってるときに煩いわね。


 ドンドンドンドン


 玄関からノックの音に聞きなれた煩い声。


「おーい、居留守してんじゃねえっての。俺だ、ショーヘーだ。いるんだろ? ネネ?」


 あーもー、うっさいなー。仕方無いわね。玄関の扉を開ける。ガチャリ。


「やっぱりいるじゃねえか」


「うっさい」


 目の前に立つのは髭モジャの大男。昔馴染みの幼馴染みの腐れ縁。いつも何か楽しんでるような笑顔が、何の苦労も無さそうでイラッとする。


「まったく、人が暗い想念に浸りながら、ワラ人形を作りつつ恨み言を呟くのに忙しいってのに、うっさいのよあんたは」


「ネネは相変わらず暗い生活してんのな」


「で、なんの用? あたしはあんたに何の用もないんだけど?」


「ネネよう、オマエは見た目は可愛いんだから、もうちょっと愛想良くしたらどうよ?」


「なんであんたに愛想出さなきゃいけないのよ。それにこれはツンデレよツンデレ」


「デレの無いツンデレはツンデレじゃねえ。そんなのは肉の入って無い牛丼みたいなもんだ」


「よくも人を肉無し牛丼呼ばわりしてくれたわね。それならあんたなんて銃のへたくそなシ〇ィーハ〇ターでしょ」


「それ、ただのスケベなゲットなワイルド男じゃねえか」


「見た目で言ったら毛の生えた海坊主かしら?」


「まあなんでもいいけど、入れてくれよ。ちょっと話があるんだ」


「まったく独り暮らしの女の家に入れてくれなんて、この変態」


「ほんと相変わらずだな、ネネは」


 何を言ってもニコニコしちゃって。この髭モジャ笑い男は。はあ。


「いいわよ、あがんなさいよ」


 この家に来る人なんてショーヘーとショーヘーの一家しかいない。ショーヘーは勝手知ったるこの家と、ズカズカ歩いて居間にデンと座る。とりあえずお茶を淹れてショーヘーの前に置く。


「べつにあんたの為に淹れたんじゃないんだからね。あたしが飲みたくて淹れたついでなんだからね」


「なんでそこだけテンプレツンデレゼリフなんだよ」


「あぁ? 文句あんの?」


 ジロリと見るとショーヘーは視線を外して居間の隅を見る。


「増えたな、ワラ人形」


「人の趣味にケチつけんの?」


「趣味じゃねえだろに。まだあの男を殺す殺すって言ってんのか?」


「そうよ。殺すわよ。殺すって決めたのよ」


「数回会っただけで、ネネが勝手に惚れて、しかもアプローチの仕方もなんかズレてて、相手の男はネネが惚れてたことも気づいてないんだろ?」


「あたしを惑わせたあの男が悪い。悪いのはあの男」


「ネネが惑っている間に、その男は町で結婚もしてんだろ?」


「あたしというものがありながら、あの裏切り者め。あたしが苦しんでいるのに気がつきもしないで、幸せ家族なんて赦せない」


「いや、気づくわけも無いだろ。もう三年も会ってないんだろ?」


「うっさい、ほっとけ」


「あの男も災難だな。ネネに恨まれてることも知らなそうだが」


「雪さえ降れば、あの男を殺してやるのに」


「そう言ってもう三年じゃねえか」


「なんで三年も雪が降らないのよ! 昔はこの地も、冬には屋根の雪降ろしとかしてたじゃない!」


「これも温暖化の影響かなあ」


「だいたいおかしいじゃない、地球は小氷河期に向かってるはずでしょーが。それがなんで温暖化してんのよ」


「気候変動は国連でも問題になってるけどな。ネネみたいにエアコンの効いた部屋の中で、電子レンジが便利っていう生活するのが増えたからじゃね?」


「あたしはいいのよあたしは。他の人が我慢しなさいよ」


「相変わらず理不尽な」


「うっさい、ほっとけ。だいたいあんた何しに来たのよ?」


 ずっとニコニコ笑っていたショーヘーが、すっと真面目な顔になる。あら?


「うちの一家、引っ越すことにした」


「はあ?」


「冬に雪が降らないとうちの家業はやっていけない。なのにこの地はもう三年も雪が降らない。だから北の寒いとこへ引っ越そうって決めたんだ」


「故郷を捨てるっていうの? この裏切り者」


「住み慣れた地を離れるってのに悩んだけどな。もうここじゃ、やっていけないんだ。ネネだってそうだろ?」


「あたしは離れないわよ、あの男を殺すまでは。吹雪の中で殺してやるって決めたのよ」


「吹雪どころかチラリとも雪が降らないじゃねえか」


「ちくしょう。天気まであたしの敵か」


「もしかしたら、ネネに殺しをさせないようにって雪の方が気を使ってんのかもな」


「はあ? なによそれ。あたしに気を使ってんならさっさとドカッと降りなさいよ!」


「ま、とにかくうちは引っ越す。これ、次の住所」


「そんなのメールでいいでしょが」


「メールだと顔が見えない。こうしてネネの顔見て話すのも、もしかしたら最後かもしれねえしな」


「あー、その髭モジャ顔をもう見なくて済むのね。なんであんた髭を剃らないのよ?」


「俺がこの髭剃ったら貧相に見えるじゃねえか。ま、ネネもここを離れる決心がついたら連絡くれ。引っ越しの手伝いぐらいするぜ」


「あたしはここを離れないわよ。あの男を殺すまでは」


「このままずっと雪が降らないままだと、あの男はネネに殺される前に寿命で死ぬんじゃねえか?」


「ちくしょう。何もかも思い通りにならないわね」


「ネネが諦め悪いのは知ってるけどよ、天候はどうにもならんだろ」


 ずずー、と音を立ててショーヘーはお茶を飲む。


「引っ越し先が雪景色になったら、写真に撮ってネネに送るからよ。それ見て気に入ったら、そこに引っ越すのもいいんじゃねーの?」


「あたしはここを離れない」


「雪を見たら懐かしくなって、あの男のこともどーでもよくなるんじゃねーの?」


 言うだけ言ってショーヘーは帰って行った。これから引っ越しで慌ただしくなるとか。

 ショーヘーを見送ったついでに家の玄関を出て空を仰ぐ。冬が近いはずなのに、空は青く晴れて空気は生ぬるい。雪の降る気配は欠片も無い。はあ。


 気候変動に地球温暖化かあ。


 ほんと、雪女には生きづらい時代よね。


◇◇◇◇◇


「雪女かよ!」


「ちなみにショーヘー君は雪男です」


「雪男の家業ってなんなんだよ?」


「雪山を彷徨いて登山者を驚かせることじゃないですか?」


「……ところで、お題は『雪待ちの人』なんだが、雪女は人なのか?」


「あ!」



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