( 1 )豚の神さまと小豚令嬢
次の瞬間、身体に電気が走ったので飛び起きた私。
電気を見たわけじゃないけど、見えない物だし。そんな感じじゃないかなという痛みが全身に走ったからよ。
「我は、待ちくたびれたと言ったのだ。これ以上を待たせると。」
「は、はい。ほーい、起きました、お目目パッチリてっくす!」
豚さんは、腹の下にしていた分厚い書物を飛ばした。シュッと、ベッドに正座している私の膝に着地。
「わっ、凄いー。凄いわあ、上手いわねえ。投げ方がプロみたいよ、見惚れたわー。」
「わざとらしいぞ。」
「しゅん・・(誉めてやったのに)」
「聞こえておるぞ。」
「え、え、え?何でよ、超能力?」
「我は、神だ。」
「神?髪、神、カミングアウトー。」
「待ちくたびれたと言ったのだ!」
「は、は、はーい。」
豚の神さまは、目を糸のように細めた。こういう仕草をする男は、切れやすいから気をつけよう。
「まあ、良い。代わりは居ない。私も賭けなのだ、失敗も有り得る。それを全て暗記するのだ。そして、令嬢として2年を全うせよ。」
令嬢として2年をって、どういう事なのさ。あーら、言うだけ言って消えてしまいやがんの。無責任ね。
シーーーーン。
静寂って、こんなだったっけ。車の音も何も聞こえないわね。田舎みたい。
「あのさ、もしもーし。お豚の神さまって自称の着ぐるみさん。居ないの?居ないのなら返事して。それも、変なんかな。ウフフー。」
私は、会社では「鬼大奥」て陰口を言われる程、恐れられている古株女子社員なのよ。超能力を使う豚の着ぐるみなんかに剥けないわよ。
でも、ちょっとだけ。怖ーい。だって、女の子ですもんもん。
居ないのを確かめて、ベッドから降りる。だけど、転がり落ちた。思わず上げる悲鳴。
「どぎゃあああああああーー!!」
起き上がれたのはいいけど、手足が他人の物みたいで自由にならない。どうしたっていうの。
悲鳴を聞いたからなのか、走って来る足音。扉を開けて入って来たのは、真っ白なエプロンを付けたメイドさん。
「ビアンカお嬢様、お目覚めになられましたか?』
え、ビアンカ?また、その名前を聞いたわ。誰よ、それは?人が集まって来て口々に、同じ名前を言ってるから。それは、私の名前にはってるんだろう。
「ビアンカお嬢様』「ビアンカお嬢様』
そこへ、現れた人物。大きな声で叫びながら突進して来る恐ろしさ。
ドドドドドドドドドーー。
「私の愛しい娘、ビアンカあああああ!!」
思わず、ベッドから逃げようとした私は飛び付かれて倒れ伏す。羽交い締めされる抱擁。
雨のように注がれる顔中へのキスの雨。辞めて、私はキスは好きじゃないのって。気持ち悪ーー!
「フラン、お出で。私達の宝物が、目を済ましてくれたんだ。」
キス魔の熊さんは、私をホールドアップしたまま誰かを呼び寄せる。このまま、殺されるのか。32年しか生きてないのに。
細い指が、私の手に触れた。小刻みに震えながら。
「あ、神さま。ありがとうございます。私の娘を返して下さったのですね!」
美しい婦人が、涙を流しながら息も絶え絶えの私の首を抱いた。何だか分からないけど、死にかけたのね、私。
ダンバーグ公爵夫妻の1人娘であるビアンカ。暴走した馬車に頭を打って1週間も意識が戻らなかったらしい。
豚と美人の野獣と美女のカップルは、私の両親らしかった。こんなに喜んでるんだから、愛されてるのは間違いない。
訳の分からないままゴタゴタして、あっという間に夜になって。部屋には私と付き添いだけになる。
病人なので寝ずの番を下女がするのだそうだ。この家は、かなりのお金持ちらしい。
(そうだ、丸暗記しろとか言ってなかった。あの超能力の豚さんが。あの本、どこ?)
ベッドから見舞わしても、何処にも無い。消えたのかい。
(魔法が使えたら、出て来いが呪文だったりして。笑える。げっー!)
本当に目の前に出現する本。下女は背中を向けて片付けているから良かったものの。見られたら、困るわ。
パラパラ、パラー。
勝手にめくれるページ。次には私の顔に被さった。驚いて引き剥がそうとするけど離せない。
「辞めてよ、読めないじゃない!」
『読む必要は、有りません。吸収される魔法を掛けられた書物です。』
まあ、それは便利。そんなの無いわよ、騙されないから。と、思ったら本が消えた。そして、頭の中に知らなかった事が流れ込んで来る。
▲▲▲私の名前は、ダンバーグ公爵の令嬢ビアンカ。第1王子の婚約者となり、16歳で処刑される。▲▲▲
王妃となる将来が決まっていたビアンカ。だけど、その傲慢な悪役令嬢ぶりに悪評ばかりで敵を作っていた。
そして、あの舞踏会の夜に王子から 断罪を受けたのだ。
「私は、この国の第1王子として宣言する。ビアンカ・ダンバーグ公爵令嬢との婚約を破棄するものなり。そして、ベネッタ・ニクソン子爵令嬢と婚約する!」
それから、ビアンカの罪を王子は一つ一つと上げていく。それを止める者は、居なかった。
ビアンカに味方する者は居ない。たった1人だったのだ。