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64_問い合わせ

 シンラ・レーカの前では世の中の全てのことが単純化するらしい。


 アズサは頭の中に麻酔薬をぶち込まれたように感じて、頭がクラクラした。


 だが異常な緊張がアズサの身体の中心に広がっていった。


 もしかしたら精神というのは背骨の中心点、確か脊髄とか言ったのかもしれない、その部分に宿っているのかもしれないとアズサは思った。


 その身体の中心は確かに緊張がじわじわと拡大しているが、それ以上にどうしようもない高揚感がアズサの身体を支配した。


 この感覚をアズサが戦場に来て感じたのは2度目だった。

 

 アズサはどうしてだか、身体中の擦りむいたところから痛みが遠のいていくのを感じる。

 

「ああ、これは、良かったのかな?」

 

 そう言ってシンラは肩を叩き、埃を払いながら自身の衣服を正した。


 それからコツコツと軍靴の音を響かせながら、膝をついて呆然としているカムデン側の指揮官のもとまで歩いていった。

 

 この場で生き残っているカムデン側の人間は彼一人だけだった。


 彼はまるで神に赦しを請う殉教者のように地面に膝をつき、呆然とシンラの方を見ている。


 他の兵士たちはもはや人間だったとは思えない姿で地面に横たわっている。


「これが指揮官?ねえグレン?」  


 シンラは胸ポケットから革の手袋を取り出した。


 それはやたらと艶のある革で、ひと目見ただけでそれが上等なものだということが伺い知れる。


 グレンは一度頷くと、手に持っていた銃を背中の腰部分にしまい、それから左腕の側面に装着していた金属を数回いじった。


 金属はカシャンと音を立てて肩のほうまで腕まくりをしたように収納されると、腕章のような形で収まる。


 それから、そうです、と短く答えた。


「そうか、やはり正解だったね」 


 シンラは満足そうににっこり笑うと、革の手袋を両手に嵌めた。


 ギュッ、と革が擦れて特有の音を出す。


「、ぁ、あの、サ、サン、タ、ムエルテ、なのか」


 指揮官の男の声は震えていたが、それはどこか恐怖だけでないことだけは、アズサには分かった。


 シンラは、ん―――、最近ではそっちなんだ、と言って目線を手のひらに合わせて指を開いては閉じてを繰り返す。


「あ、あなたのことは、―――知っている」


 指揮官の男は意識的に息を整えようと必死な様子だった。 


「そう―――、知っている内容を聞いても?」


 シンラはまるで会話を楽しむようにして受け答えする。


「ああ、ボルビアで戦場の女神って言えば、―――あんたのことを指すらしい。」


「らしい、ですか。誰から聞いたのかしら?」


「そちらの国の兵士から」


「―――そう、それじゃ随分紳士的な聞き方をなさったんでしょうね」


「ああ、こちらにはあんた達と違う、きちんとした道徳がある」


「でもその割には、下の者を泥に塗れさせるのは厭わないのね」


「カムデンの人間は勤勉なだけだ、お前らと違ってな―――」


 ふう、とシンラは一息吐いて、それから軍帽のつばを上にあげた。


 赤い瞳が、少し離れたアズサの位置からでもしっかりと見て取れる。


 瞳の中の虹彩一切揺るぐ気配がない。


「まるでこちらが野蛮のような言われようだね」


「実際あんた達は野蛮だ」


「ふふ、こんな時勢に自分達のことをまともだなんて、なかなか、どうして嫌いじゃないよ」


 シンラはコートの内ポケットから拳銃を取り出すと、ガチャリと撃鉄を起こした。


 リボルバーの銃身を指揮官の男の頭に向ける。


「それで、モグラはどこ?」


 ああ、私はこういった類のことは得意ではないと先に言っておく、とシンラは言葉を繋げた。


「私はそんなもの知らない」


 指揮官の男は即座に返す。


 側頭部を岩の破片か何かで切ったのだろうか、たらりと、男の頬にかけて血が流れていく。


「そう。貴方達はブランビリアから来たの?」


 シンラは繰り返した。


「少佐」


 グレンが割って入るように言葉を発する。


「知らん」


 カムデンの指揮官の返答は単調だ。


「少佐、情報を知るであろう者は」

 

 だが次の瞬間、シンラは発砲していた。


 パン―――、という乾いた音が辺りに木霊する。


 カムデンの指揮官は脳髄を撒き散らしながら、頭部が勢いよく後ろに持っていかれると、それに引きずられるように首を後ろに振られ、その反動で今度は前に頭部が振り子のように戻ってきて、そのまま胸を張りながら、前のめりに倒れた。

 

 ズシャ、と地面を擦る音が聞こえる。


 頭に穴が空き、もはや人間としての形を完全に損なった肉塊がそこにあった。


 シンラは銃のシリンダーを適当に回転させると、コートの内側のもとある場所に銃を戻した。


 グレンがシンラに近づき、小さく何某かを伝えると、シンラは一度頷いてから、

  

「ああ、そうだ、―――ブランビリアには丁度今行ってきたから」


 そう、アズサとミストリに聞こえるように発した。


 その、行った、ということが何を指し示すのか、アズサもミストリも即座に理解した。


 グレンは表情を変えずに、そうですか、と答えると、ポケットからマッチを取り出す。


 シンラは、コートの内ポケットからタバコを取り出すと口に咥える。


 それを追うようにしてグレンがマッチに火をつけてシンラの口元に持っていく。


 タバコの先を火につけるとシンラは一度息を吸った。


「君は、どうしてだろうね―――」


 それから息を細く吐きながらシンラはそう言った。


 グレンはシンラの言葉を半ば無視しながらアズサとミストリの方向を見て、視線でシンラに問いかける。


 彼らをどうするのかと。


 シンラは今さっき彼らに気づいたようにしてアズサたちを見ると、そうか、そうだね、と言って二人の前まで歩いた。


 周囲は陽が落ち完全な闇に閉ざされていたが、シンラ自身が巨大な街灯のように眩く光っている。


 昼間鳴り響いていた砲撃の音も今ではどこからも聞こえない。


 ただシンラの足音だけが響く、それはどうにも水気を含んだ地面を踏み鳴らし、肉をミンチにするときのような音にアズサには聞こえた。

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