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61_グレンの戦闘

 それは爆発というよりも、教会の天辺に飾られている大きな鐘が、何か丸太のような太いもので勢いよく貫かれた、と形容するのが正しいように思えた。

 

 空気が振動すると、金属と金属が共振した時のような甲高い鐘の音が辺り一面に満ち満ちる。


 耳を塞ごうにも、音は震えとなって身体全身の水分という水分を揺らし、三半規管か何かのバランスを揺り動かした。


 それから強烈な砂埃がたち、細い光の線が視界の端から端まで占拠すると、それはそのまま広がり太く大きく広がっていく。


 アズサは咄嗟に身構えることも出来ず、肩に担いだミストリと一緒に自身の後方に数メートル吹き飛ばされた。


 あっ―――


 受け身は取れず、背中から地面に叩きつけられる。


 瞬間息ができなくなり、ミストリを構うことも出来ずに、喉を押さえて、頭を下げ必死の思いで息を吸う。


 もう何度叩きつけられただろう、と思って、アズサは諦めたように前を見る。


「―――おあ―――、ぎゅえええああああああ」


 口から真っ赤な泡を飛ばしながら、カムデンの兵士が必死になって叫んでいた。


 男は顔を覆っているマスクの下から赤い血を吐き出したのか、時折水を無理矢理飲まされたかのように、ゴボゴボと汚らしい音を発する。


 それは目には見えない水の中に身体がすっぽりはまり込み、溺れているところをリアルタイムで映し出しているかのようだった。


 兵士の身体の中心を、あれはなんだろう、美しい銀色の杭のようなものが貫いていて、杭の先端は空を指差している。


 それを支点として兵士の頭から足まで仰向けに宙に浮かんでいて、兵士の目は空をみている。

 

 男はまだ死ぬまでには消耗し切っていないのだろう、手足をばたつかせてはその杭から逃れようとするが、動けば動くほど身体の奥に杭は食い込んでいく。


 ああああ、と耳障りな声が聞こえる。


 目の前のそれは普段見ることのない光景で、側からみれば残酷で無慈悲な行いのはずだが、どうしてだかアズサにはこの前まで生活していた村の中で、当たり前に見慣れた光景のように思えた。


 うさぎを狩り皮を剥ぎグッと指先に力を入れる瞬間、狐がリスを食い殺す恍惚であろう瞬間、明日解体するであろう家畜の頭を撫でた時に、同様のことは存在した。


 そのまま視線を杭の先端から這わせて根本に持っていき、視界のピントを合わせていく。


 薄ぼんやりとした世界の中で、黒い軍服を着た兵士の姿を捉える。


 黒い軍服の兵士は左手の肘を曲げ、肩よりも少し低い位置で固定して、肘から先を空に向けている。


 その先には先程の男が、巨大な人間の腕ほどの太さの杭に貫かれている。


「バンカ」


 グレンはそう、口走った。


 いつの間にか串刺しになっていた男の叫び声は消えていた。


 幽霊のように透明で素早く動く何かがこの空間を横切ったように急に静かになった。

 

 アズサが周りを見渡すと、先程まで三層になって並んでいた兵士たちの半円状の列は、真ん中がごっそりと抉り取られるように無くなっていて、何人ものその場にいたはずの兵士たちが四方に吹き飛ばされている。


 先程自分に声をかけてくれた指揮官らしい兵士は、アズサの数メートル後ろで彼を囲んでいた数人と共に倒れていて、首を振って気を確かめている。


 それに吹き飛ばされていた兵士たちの身体はどこかしらが欠損していて、現場だけ見ればどこからか列車が急に現れ、兵士たちの列の中央を突っ切って行ったようにも思える。  


 アズサは、先程までグレンの居た位置を確かに肉眼で確認したはずだが、どうやって今彼がこの場、自分のすぐ近くにいるのか理解出来なかった。


 じわりとアズサの口の中に鉄の味が充満する。 


 アズサの周りに居た全身を茶色い軍服で覆った兵士たちも同様なのだろう、ライフルを手に持って攻撃することなど忘れてしまったかのように、呆然とグレンの方を見ている。


 キラリと、グレンの腕の先に付いていた杭が光った。


 それは光が反射したものではなくて、どちらかというと強烈な静電気が杭の周りを旋回しているようにも見えた。


 グレンは杭の先に刺さっている男を、まるで宙に浮いている埃を振り払うように腕を勢いよく振り、杭から抜きつつ身体を吹き飛ばすと、杭の先端を地面に突き刺し、一度深呼吸をした。


 ドサッと、大きくそして適度に柔らかいものが地面に強く打ちつけられる嫌な音がして、そのグレンの動作に一瞬にして周囲の兵士たちは我を取り戻した。


 同時に地面に埋められた何らかの幼虫が一斉に目覚めたように、アズサの耳に四肢のどこかを吹き飛ばされた者たちの呻き声が入ってくる。


 彼らは一様に、恥を取り繕う暇もなく嗚咽と涙まじりの声を出す。


 何人かが軽いパニックに陥り、味方が射線状にいるにも関わらず、ライフルなり拳銃を発砲しようとするのだが、次の瞬間誰もが頭を押さえてはその場にうずくまり始める。


 それはアズサも同様で強烈なその頭痛は、小さな生き物が頭蓋骨を砕き徐々に頭の中に侵入するような悪夢らしい想像を伴って思考の中に入ってくる。


 同時に熱く分厚い糸を頭の近くの細い血管の中に無理やり流し込まれるような、そんな痛みを全身から感じる。


 立っていられず思わず膝をつくが、するとその痛みはさらに酷くなり、もはや声を出すことも叶わない。


 だが何人かの鉄の首輪をした者たちだけは、上から覆いかぶさってくる重いものを跳ね除けるようにして立ち上がった。

 

「―――オートライトォォオオ!! 犬共おぉぉ、あいつを殺せ!!」


 叫んだのは、指揮官らしき男だった。


 もはや頭に被っていた巨大なマスクを脱ぎ去り、大きな口を開けて叫んでいた。


 男の髪の毛は全てが白髪だが、頬骨が張った顔つきは凛々しく、己に課した何らかの誓いを何十年にもかけて破らないよう努力している、そんな顔だった。


 それまで沈黙していた蜘蛛型の歩行兵器は上部の巨大な銃身をその図体の大きさには見合わない素早さで横にスライドさせると、先端をグレンに向ける。


 二つの鉄のブロックがお互いの表面を擦る甲高い音が聞こえ、同時にガチャン、とブロックが溝に嵌ったような音が続き、オートライトよ呼ばれた兵器は即座に発砲する。


 ガコンッ!! と周囲に振動と噴煙を撒き散らす。

 

 それでも、グレンはそれをこともなげに躱した。


 一瞬、足を使ったのではなく、地面が丸ごと横にスライドしたようにも見えた。


 アズサは視界から逃げていくグレンを端の方で捉えはしていたが、彼のはもはや普通の人間の動きではなかった。


 どちらかと言うと四足歩行する草食動物に近い、いや、狩をするときの獲物を目の前にした肉食動物だろうか。


 オートライトから発射された巨大な弾丸は地面を抉り、巨大な穴を穿つと次の瞬間小さな火山が噴火したように抉った穴から火が噴き出る。


 周辺の兵士が一斉に吹き飛び、飛び散る小石や砂利が茶色い兵士たちの軍服を切り裂き、血を流させる。


 それに乗じるように垂直に沸き立つ砂埃。


 その中を切り裂くように、グレンは動く。


 ぐるりと、オートライトと呼ばれる歩行兵器の周りをグレンの黒い影と、白い閃光が覆うように煌めく。

 

 だが、オートライトの上体の銃身はその動きについていった。


 ぐるぐると、グレンに合わせて動くのだが、意志を持って動いているようではなく、まるでグレンと砲身が紐か何かで実は繋がっていて、自然と同調するようになっているようにも思える。


 そして排莢も大砲のように巨大な機構にも関わらず恐ろしく早い。

 

 ガパンッ、円柱の真っ黒い金属がオートライトと呼ばれる兵器の背中から押し出てくる。


 グレンは動揺したのか、バックステップして距離を取ろうと試みた。


 だが左右の動きだけでなく、上下の砲身の動きも機敏で全く射線から外れることが出来ない。


 それならとグレンは凄まじいスピードで砲身の真下に潜り込もうと体勢を出来る限り低くして、滑り込むように瞬時に前進した。


 それは巨大な肉食動物から逃げ、巣穴に飛び込むウサギを思い起こさせる、目も眩むような速さだった。


 だがオートライト呼ばれた兵器の砲身の先端が、


「――――――!!」

 

 まるで食中植物が花開くようにベロリと捲れた。


 上体に付いていた砲身の長さが極端に短くなり、彼からの直下であっても射線内だと言わんばかりだった。


 捲れた砲身の内側は、火傷した肌のように紫色のケロイド状になっていて、サメの歯のような細かく尖っている突起物がびっしりと生え揃っている。


 グレンは回避行動をやめて左腕を急遽構える。


 そして今にも目の前で発砲するであろう兵器に向かって砲弾を打ち返そうとでもするように先程の杭を突き出すような構えを見せる。


 それは限りなく刹那のことで、アズサにはまるでこの行動全てに台本があって、あらかじめ巨大な兵器もグレンも芝居のように決まった行動をしているように感じられた。


 でも、予想を裏切ったのはオートライトの方だった。


 次の瞬間グレンに対してオートライトが発砲することはなかった。


 そのコンマ何秒という刻まれた連続のなかに、確かにカムデン側の連携のようなものが見てとれる。


 そして―――、


「―――!」 

 

 グレンを左右から挟み込むように首輪を付けた二人の兵士が突進した。


 片方は手にレイピアのようなサーベルを、もう片方は巨大な斧を持って各々グレンに致命傷を与えようと、突き、そして振りかぶり切りかかった。

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