60_思案
エースオブ・ザ・ディープ
一体、いつから、誰が呼び始めたのか、もう思い出せない。
ただ呼ばれ始めた理由は分かっている。
僕の認識が間違っていなければだけど。
腕は良好だし、身体も今のところおかしい部分はない。
みんな無事だから、部隊として僕が求めているものは達成出来ていると思う。
だけど最近では時折、今目の前に見えていることが起きる。
誰もが困ったように、顔を背けて、起こらないでくれと願うけれど、それは叶わない。
逃げ出すことは出来ない。
それは、本当のこと、真実を知ることを自ら放棄することだからだ。
ああ、だから、僕は今日も人を殺す。
きっと、彼女は許してくれないだろう。
それでも僕は、人を殺す。
やらなきゃ行けないことがあるから、知りたいことがあるから。
そのためなら、僕は人を殺す。
目の前にいるのは敵国の兵士で間違いないと思う。
人数としてはおおよそ30人程。
装備を見る限り、カムデンで新設された特殊部隊なのかな。
それに、あの蜘蛛のような自立歩行型兵器は初めて見る。
デアランを使用出来る部隊なのだろうけど、全員が全員使用出来るわけではないと思う。
おそらく、使用できても10人、それ以上であればこちらの予測が間違っていたことになる。
ルースの話では爆弾は爆発したというから、何人かは坑道内部で再起不能にしたか、殺しただろう。
そう考えると、どんなに多くても6人程だと思う。
左腕を前後に軽く振る。
どうやら、今日も問題はなさそうだ。
そのまま前方の状況を確認する。
鉱山の坑道の入り口を背にして半円状に十人ずつ横に並び、それが三層に連なっている。
層の一番奥、中心にはおそらく指揮官だろう男と数人の護衛の存在が見てとれる。
まずはあれを第一目標に据える、だけれど大本命はあの蜘蛛型の兵器だ。
あれが自動で動いているということはないと思う、もしそうであれば、この戦争の戦力図は大幅に書き変わる。
歩きながら袖を捲って、革の手袋をはめる、それから首元の第二ボタンを外して、軍服の左肩に付いているサージカルメス製のギプスを解放させる。
折りたたみ式のそれは傘の骨組みのように細く長い金属になっていて、左手の小指と同じところまで伸びるようになっている。
肘と手首の部分にベアリングが埋め込まれ腕の動きに合わせて可動式になっていて、金属の先端は輪になり、小指と薬指に嵌るようになっている。
カシャン、と軽い音と共に装着を完了させる。
右手には軍で開発されたという最新型の自動式ライフルを構える。
どうやら敵もこちらに気づき、即座に陣形を整え戦闘態勢を取ってくる。
蜘蛛型の兵器はまだ調整が上手くいっていないのか、足踏みしながら、頭の銃身を四方に散らし、照準をこちらに定めようとしている。
敵兵士は全身を茶色いゴムか何かの素材で出来た服で覆っていて、顔も全体を覆うマスクのようなものを被っている。
敵は位置を知られたくないのか、迫撃砲は使わず、手持ちのライフルでこちらに一斉射撃を仕掛けてくる気だ。
この状況で一糸乱れぬ行動をしているところを見ると、大分練度が高い、長時間の訓練で集団の意思統一を究極まで高めているのだと思う。
それでも、グレンの姿を見た敵は目を細め、一瞬手元の銃を撃つことも忘れて、彼を見つめた。
太陽の姿はもう目には捉えられない。
ただ誰の目にも特殊な暖色のフィルムが貼り付けられたように、視界の全てがオレンジ色に染まり、軸のない光が世界を照らしたとき、その場にいる多くのものが後悔したのかもしれない。
―――リヘロ―――。
グレンは唱えると共に、左手の先に力を込め、手のひらを開いては一度閉じた。