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56_プロローグ

 外は陽が落ち掛けているのだろうとアズサは思った。


 陽の光の色がオレンジに傾いているからだ。


 横殴りの夕焼けを目にした時、アズサはまるで全身を見えない煙で燻されるかのような熱を感じた。


 それは同時に太陽という存在の神聖さをも表現しているかのようだった。


 アズサは太古の人間が太陽を神として崇める理由が、なんとなく分かった気がした。


 足を前に出すたびに全身についた土や乾いた泥が磁力を失った砂鉄のように全身から粉削げ落ちるのを感じる。


 幾度か転んだからか、全身が土に塗れ、黒い軍服の至る所が汚れていた。


 ミストリは痛みからか、何度も呻き声をあげ、周囲の全てを呪い出すかのように断続的に何か呟いていた。


 ああ、俺たちの、、みんな、なんで―――。


 自分達が入った坑道の入り口は午前中に入った時と変わらず、中から見るとまるで無限に光を吸い込むミミズの中にいるようにも感じる。


「ほら、ミストリ、もう、出口だよ」 


 そう言うとミストリはアズサを真っ直ぐ見て、ああ、俺右目が何も見えないんだ、と言った。


 アズサはもう何も言わず、それらの発言を無視して、ほら、足を動かして、外に出るよ、と声を掛けた。 


 先程から何度も繰り返されたそのやり取りに、アズサは逃げ出したくなる自分を思い止まらせ、寄りかかるミストリを半ば背負って前に進む。


 坑道の入り口に足をつける。


 坑道と外界との境界に立って、日差しを浴びた時、どうしてだか無駄な達成感に包まれ、アズサはその場に座り込みたくなった。


 それでもミストリは早くここを離れたいとしきりに呟いている。


「頑張ったね、ミストリ。少し、休憩しよっか」


「休憩なんて、―――出来ない。アズサ、後ろから聞こえてる音はどうなった?」


 怯えるようにして、ミストリはアズサに問う。


「―――音はもう聞こえないよ」


「車輪の音は?」


 どうしてだか、後ろから聞こえていた複数の足音は坑道の出口に近づいた少し前からパッタリと聞こえなくなっていた。

 車輪の音も同様で、アズサの耳に届いていた金属的な高い響きは、すでにどこかに掻き消えていた。

 

「車輪の音も同じよ」


 そう言って、もう一度気合を自身の身体に込めるように、よいしょ、と声に出してミストリの体を支えると、とりあえず、あそこの木の影まで歩こう、そしたら、司令部に人を呼びにいくから、そう言ってまた歩こうとする。


「・・・アズサ、ごめん」


 もう何度目かの誤りをミストリは口にした。


 アズサもどうしてミストリがそんなに謝るのか、よく理解は出来なかったが、大丈夫だよ、あと少しだから、と返してまた足を前に出す。


 だが―――、


「おいおい、どうして中から人が出てくんだよ?」


 その言葉と同時に緑色の軍服を着た数人の兵士がライフルを構えてこちらに近寄ってくる。


 彼らはアズサたちが坑道に入るときに見た、入り口前に待機していた兵士たちで、アズサたちが坑道に入ったときと同じ気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


 それでも、ミストリの怪我のことを考えるとアズサにとっては救い以外の何者でもなかった。


「あっ、皆さん、よかった。あの、仲間が怪我をしていて―――」

 

 アズサは安心感からか思わずホッとして、笑顔で彼らを見た。


 だが、返ってきた返答もアズサたちを囲む人間たちの笑顔だった。


 それは笑顔というには粗雑でどうしようもなく冷笑的だった。


 周囲の兵士は全部で8人だった。


 皆アズサたちを見る目がどこか、侮蔑的で、道端に落ちている死にかけの小動物を思い起こさせた。


「あ、あの、助けを―――」


 アズサはもう一度声をかける。


 それでも彼らはこちらを指差し、ふざけたようにお互いを茶化しあっている。


 どこかアズサの心の中に鳥肌が立つ。


「―――あの!、坑道内で爆発があったんです! それに中には一般人も、―――何人もいて!助け出さなきゃいけないんです!」


 それは一際大きな声だった。


 アズサも思わず口に出してしまったそれは、周囲の木々に木霊してどこか遠くまで抜けて聞こえてしまうかのようだった。


 アズサたちを囲んでいた中の一人、不用意に伸ばした髭をなで、眉間から唇にかけて傷跡のある男が微笑を顔に残しながらも、お前ら、本当におめでたいな、とスッと言葉を挟んだ。


 同調するように周りの兵士たちも静かになり、そして微笑する。


「貴方たち、なんですって」


 アズサの中には自然と、エースの部隊としてのプライドが育まれていたのだろうか、その言葉遣いにどうしてだか怒りを覚える。


 いや、とアズサは思う、少なくともミストリの姿を見て、即座に行動を起こさない時点で何かがおかしい。


「ち、お前ら、面倒臭いな。―――爆弾のくせして」  


 それから肩にかけていたライフルを構え、銃弾を装填する。ガチャリと、一際目立つ音がする。


「な、何してるの、ちょっと、、、、」


「何って、これが俺たちの任務なんだよ。この坑道の中に入れた爆弾を外に出さないことがな」


 男はライフルの銃口をアズサの方に向ける。


「爆弾って、どういうこと、、、」


 男は大きな声で笑った。それは、とても無邪気な笑いで、アズサは急に田舎の弟のことを思い出した。


 最後に軽く教えてやろうか、と男は口を斜めに歪ませた。

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