55_出口へ
アズサは、ミストリを抱えて最初にここに来た時に休憩した広い場所に出た。
怪我しているミストリを連れて、足場の悪いトンネル内を通るのは体力的にも厳しく、また時間も普通に歩くのに比べてそれなりにかかってしまった。
これで外まで出るには陽が暮れてしまう。
ミストリを壁もたれ掛からせながら座らせる。アズサの体中から汗という汗が一気に吹き出す。
だが、ミストリに至っては先程から徐々に体温が下がっていた。
それでもミストリの見えているであろう右目だけが爛々と輝いて、生気だけはどこにもいかず、ミストリの身体に留まっているのが感じられる。
「ねえ、私、ここに連れてこられた人を見たわ」
「―――、い、まは、気にするな、外に出るんだ」
「―――」
アズサは水筒を腰から取り出し、ミストリの口に近づけ、飲ませてやった。
ミストリは喉をうまく動かせないのか、飲み込むことに苦慮しながら、時間をかけて口に含んだそれを喉下に落とし込んだ。
飲み終えると、ああ、くそ、そうか、分かってたんだ、と言って右手で背中の壁を叩いた。
ミストリの千切れてなくなった肩あたりをアズサは着ていた軍服で覆った。
さっきからベストが爆弾だとミストリは呻いていたが、着ていたベストを脱いで調べてみても、特に何も爆発するものなどなく、首をかしげた。
ただ、怪我の様子から言って外にいち早く連れ出さなければならないのは間違いなかった。
「だめだ、早くここから―――、出ないと」
「―――でも、そんな怪我じゃ、外まで歩けないよ」
そう言うがミストリは無理矢理にでも立ち上がろうとする。
ミストリは、あれを使え、と言って打ち捨てられている台車を指さした。
アズサは台車まで近寄り、両手で台車を持ち上げると思いのほか軽かった。
底に付いている車輪を地面に這っているレールに嵌めて、問題なく車輪が回転するかを確認するため一度台車を前後に動かす。
錆びついた車輪はギチリと、細く小さなものが詰まった溝から何かを刮ぎ落とすような音を立てて回った。
「行けるよ!ミストリ」
そう言ってアズサはミストリの身体を支えると、肩を掴んで彼を立ち上がらせて、台車を押す取手の反対側のフレームは土を乗せやすいようにか、90度の開閉式になっていて、そこを底面と同じ高さに倒してミストリ載せ、はみ出した膝を淵に引っ掛けて膝から下を垂らすようにする。
小さく、ごめん、とミストリが口にする。
今は声を出すのにも体力を使うのだろう、まるで数日間も何も食べなかった修行中の僧侶のように、険しい表情のまま、いいか基本はレールに沿って進め、レールが途切れたら声を掛けてくれ絶対に無闇に進んじゃだめだ、そう言ってミストリは目を閉じた。
アズサはグッと腰に力を込めると前方に台車を押し出した。
思いの外台車はスムーズに進み、徐々に勢いをつけて、スピードが加速していく。
台車が揺れるたびにミストリの呻き声が断続的に聞こえてくるが、アズサはそれを意識して無視した。
精神的に一度通っている場所だからだろうか、初めて行動内を進むよりも幾分と余裕がある気がアズサにはする。
進むとすぐにレールが途切れた部分にぶつかる。
土砂の中にレールが埋もれ、これ以上は進むことが出来なくなった、それをミストリに伝えると、まるで今にも死にそうな雄牛のような声を上げて立ち上がり、小さな声で腰のバックに入っている黒い箱を取ってくれと言った。
腰のバッグを弄り、漆塗りだろうか、小さな丸い筒状のものを取り出す。
ミストリの目の前にかざすと、二つに割ってくれ、と言い、アズサは筒に力を込めて二つに割った。
瞬間、まるで動物の内臓を何日間も発酵させて、蒸したような匂いが指先から漂ってくる。
「それを鼻の元に、持ってきてくれ」
持っていくと、まるで頭を思い切り殴られたように首を後ろに振ると、もう大丈夫だ、と言ってアズサの指先から鼻を離した。
おそらく気付薬だったのだろう、先程まで朦朧としていた意識はしっかりとミストリの身体に落とし込まれたのか、虚だった目つきを針金か何かで強制したかのように、真っ直ぐ前を見据えるようになった。
そのまま、いいか肩を貸してくれ、と言ってアズサに寄りかかるように肩を回すと、片足で飛び跳ねるようにして歩き出した。
「外まで、そんな、に離れてない、、、。」
声の隙間、息が同時に漏れて、穴の空いたポンプを想像させる。
ミストリは歩くたびに足先に電流が流れたかのように身体を震わせると、そのまま奥歯をグッと噛み締めて前に進み始める。
血の匂いが、濃く、隣から漂ってくるが、それ以上にどうしようもない焦燥感がアズサを競り立てる。
なぜなら―――、
「ミストリ、後ろから、誰かが、追いかけてきてる――――――」
「・・・なん、で、そう思う?」
「微かだけど、風の流れが出てきてる。それに乗じて―――――足音が聞こえる」
ミストリは自身の心臓が耳元にあるのではないかと言うほどに、鼓動のリズムが聴覚を支配している。
「―――貫通したんだ、、、。そんな―――。足音―――。何人くらいだ」
「何人って、複数だと思うけど、足音以外にも金属の車輪の音―――がする」
それを聞いた直後、ミストリは残っている腕を前後に振って上半身を左右に振る。
「あああ、早く、早くしなきゃ! ここにいちゃ、だめだ!!」
「ミストリ、やめて!暴れないで!」
ミストリは上半身を震わせると体を無理矢理に前へ前へと進めていく。
「落ち着いて、ミストリ!」
「だめだ!早く、外に出るんだ」
ミストリとアズサの声がゆっくりと前方の暗闇へと吸い込まれていく。
暴れるミストリに引きずられるようにして、アズサは地面に倒れた。
地面の泥だだろうかが、アズサの顔の頬に付いて、白い彼女の肌を黒く汚した。