43_電球
三人で歩いて坑道の前まで到着すると、数人の兵士が坑道の入り口前で、地べたに腰を下ろして煙草を吸い、くつろいでいた。
だがアズサたちの姿を見るや否や吸っていた煙草を足で踏みつけて火を消し、軍服の襟を正して直立不動の姿勢を取る。
彼らの表情は一様に明るかった。
いや、明るいとは少し違う、どこか彼らとアズサたちの間に厚いガラスの仕切り版があるようなそんな隔絶された何かを感じる。
そう、見られていると言った方が正しいかもしれない。
それによくよく観察したら、彼らの顔は晴れやかではあるが、戦場特有の憂いのような影がなく、どこかこの異常な環境に吹っ切れてしまったようにも思えた。
待っていた兵士たちの人数は7人程だが、その中の数人は軍服に豪華な貴金属のバッジをつけている。
金の指輪にブレスレット、中にはダイヤの首飾りを付けている者もいる。
ジュールがそれを見てはどこか不思議な顔をし、ミストリは小さな声で、略奪か、とぼやいた。
坑道の入り口は先日占拠した町からそう離れていない山の麓だった。
この山を挟んで、敵地の都市ブランビリアが存在する。
敵と接敵する可能性はない、とグロリアから説明を受けてはいたものの、散発的に聞こえる大砲の音がどうしても肩に重い荷物のように伸し掛かり、細く長い緊張感がどうにも途切れることがなく、自然と精神を疲弊させていく。
ミストリがグロリアに突っかかった後、山を越えての進撃は可能かとアズサは問てみたが、なんでもそれは不可能なのだという。
なんでも、主要な地雷原になっているのだという。
固い岩盤なのだろうか、触ってもアズサの腕の力では砕けそうにもない黒い塊が、穴の入り口を固めていて、それは随分と奥まで続いているようだった。
覗き込もうとしても、暗く、重い色が陽の光を吸い込むようにして一寸先から続いている。
「私たちはここで、ご帰還をお待ちしております」
そう言って背後にいた兵士たちは直立不動の恰好を取る。
坑道に入る直後、アズサは彼らが肩から掛けているライフルに目をやった。
今まで見たことのないような大きさのそれは、黒く光、どこか熱く爛れているように見えた。
それを持っている数人の兵士は薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。
ミストリが腰に付いた15cm程の車輪をくるくると手で回す。
車輪の取手は経年劣化したレザーが幾重にも巻かれ表面が所々剥げていて、年期を感じさせる。
回すと、小さく細い金属製の蛇腹が膨らんでは縮んでいるかのように動き、金属が触れ合う細やかな音が洞窟内に響き始めた。
アズサはその乾いた音が、小人が何人か目の前にいて、彼らが一斉に足踏みするようだと思った。
ミストリの腰の車輪は20cm四方の立法体に連なっていて、その箱状のものからは黒いケーブルが3本程伸びており、ミストリのもう片方の手に持っている電球に光が灯る。
「いいか二人とも、洞窟内では俺から離れるなよ。分かってると思うが中では一列縦隊だ。一先ず、渡された地図をもとに判明しているルートまで進もう。それから先は洞窟の状況を見て前身する。どこか崩落している可能性もあるから、音や振動には敏感に反応しろ。俺が進んだら進む、俺が止まったら止まる。俺の身体の動きに常に注意を払っていてくれ」
そう言ってミストリはアズサとジュールの顔を見た。
アズサはミストリの今までにない緊張した面持ちに、どこか身体の筋肉の一部引っ張られているように感じた。
眼球の上の横に伸びている細かい繊維状の筋肉が、指先でつねられたように上に上がる。
カラカラという音とともにミストリが洞窟の中に入っていく。
「僕が一番最後だな」
そう言ってジュールは三人の最後尾に付いた。
ミストリがそれを見て何かを言いかけたが、言葉を発することも煩わしいとでも言うように口を真一文字にして噤んだ。
「アズサ、行こう」
まるで自分に言い聞かせるようにしてミストリは前に進む。
アズサは外の光を名残惜しむようにして背後を見た。
それがどうにも名残惜しくて、しがみつくようにアズサは手に持っているライフルを握った。