42_反論と防弾ベスト
今まで厳しい時に駆けつけてくれていた彼とは、どこか違うようにアズサは思えた。
だがグロリアは表情を変えずにミストリを見ている。
それから溜息をついて、さも困ったように右手を顎に添える。
「ミストリ、貴方の力はエースの部隊のために使って欲しいんです。私たちはいつも何某かの作戦を行うとき、リスクのない方法は選びません。エースの部隊である限り、危険は隣り合わせなんです。それは分かってくれるかしら」
―――はい、とミストリは答える。
「敵地は目前で、今この瞬間にも何が起こるかは分かりません。急に敵襲があるかも。ですが、国のため、仲間のために私たちはその危険の芽を摘む必要があるのです。誰かがその危険に飛び込まなければいけません。そして、それが出来るのが、ミストリ、鉱山で働いていた貴方なのです」
グロリアは矢継ぎ早に問いかける。
ミストリはそれに対して、……はい、と相槌を打つことしか出来ないでいる。
「作戦上、全てを伝えられないことは申し訳なく思います。ですが、それも必要なことなのです。分かってくれますか?」
ここはエースの部隊なのです、とグロリアは付け加えた。
それが受け入れられなければ、残念ですがこの部隊に置くことは出来ません、と淡々と伝えられる。
アズサはどうしてだろうと思った、淡々と伝えられるとなぜ冷たい感じがするのだろうと。
それが父からの言葉ならば教訓のような、どこか神聖な匂いを伴うのだが、今はその冷たい温度のみが伝わってくる。
ミストリは、グッと奥歯を噛み締めて、一度頷き、顔を伏せたまま、はい、と答えた。
それに対してグロリアはさも満足そうに頷く。
それからアズサの方を見て、貴方はどう?と問いかけてくる。
その時、グロリアの小指の指輪がアズサの目に入った。
彼女が左手の小指につけている指輪は、時折差し込む日差しに当てられて、周囲に広く煌めき、それが柔らかい金属から発せられたものだということを如実に語る。
この作戦は今言ったように危険を伴います、と杓子定規の言葉がアズサの目の前に並んだが、アズサの心は様々な方向に引っ張られた。
だが最後には危険という言葉がどこか他人事のように思えて、アズサは目の周りの筋肉に力が入るのが分かった。
「はい、私はエースの部隊の一員です。与えられた任務をこなすためにここにおります」
ただ、―――とアズサは続けた。
ピクリと、グロリアが反応する。
「あの、レイカ少佐から、夜にかけて敵への総攻撃があると伺いました。その、私たちはそれに参加しなくて宜しいんでしょうか」
それを聞くとグロリアは、メガネを外して一度レンズを服の袖で一度拭うと、フウ、と息を吐いた。
「そうですね。確かにそうです。ですが、今回の貴方たちには関係がありません」
グロリアはそう言って眼鏡をかけ直した。
「あ、はい、すみません」
アズサはそう言って背筋を伸ばす。
グロリアが小さく頷く。
日差しがゆっくりとテント内に入ってきて、それに当てられたものたちのコントラストの強い影が伸びてゆく。
アズサは少しの息苦しさを感じた。
このテント内の空気が徐々に薄まっているように思えるのだ。
それは冬の寒い日に家の微かな隙間から温かい空気が漏れ出るような、そんなゆっくりとした変化のように思えた。
グロリアは三人が黙るのを見てとると、それでは準備をお願いします、と言ってデスクの後ろから抱えて持つほどの大きさの木の箱を取り出し、机の上に置いた。
「これは我が軍で最近開発した、特殊なベストです。まあ少し重いのがたまに傷なんですけどね」
そう言って箱を前に押しやり、三人の前にそれを差し出した。
グロリアはニッコリと笑う。
「作戦にはこれを着て下さい。ああ、ちなみにこれは銃弾なら数発は止める耐久性があるものです。我々のデアランで補強してますので貴重品ですよ」
そう言ってグロリアはベストを手に持ってこちらに進めてきた。
その持っている手の指がやたら細く白く見えて、どこか童謡の世界の妖精のようにアズサには見えた。