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3_対話

【ボルビアの絶対的優位 エースと呼ばれるその部隊】


 記事の中では1人の女性兵士がバストアップで大きく写っている写真が掲載されており、その横にはもう少し小さい写真で6人の女性兵士が並んでいる。


 彼女たちはまるではるか昔の壁画に描かれていたかの様に神々しく、かつそれぞれソファーに座っていたり、サーベルを構えていたりと各々が違うポーズをとっている。


 その下の文章では彼女たちは特殊部隊であること、そして多大な戦果を誇ったことが喧伝されていた。


 ――――――この部隊の一員になれれば―――。


 もう何度思ったことだろうか。


 アズサは新聞記事に余計な皺がつかないように二つに折り、シャツの胸ポケットにしまう。


 夕陽は徐々に上空から落ちていき、次第にアズサと横並びになる様な位置まで降りて来ていた。


 薄く色彩を持たない影が自身から大きく伸びていって、道の脇を暗く彩っていく。


 女性が戦場で活躍し、頻繁に新聞などのメディアに出てきたのは最近のことだ。


 アズサ自身もそうだし、村の女性たちも同様に密かにこの事態に色めき立っている。


 男性優位な戦争という事態において、女性の彼女たちが多大な戦果を挙げかつ非常に強力な戦力として国の重要な地位を占めている。


 それを聞くだけで自然と勇気づけられる自分がいるのだ。


 アズサの周囲は家畜を放牧するための広大な草原が広がっていて、金網とそれを支える杭が断続的に視界の範囲の中でどこまでも続いている。


 歩いている最中自身の靴を見る。


 当初は革で出来たそれなりに上等な靴だったが現在は土に汚れ、所々擦りむけていて表面は繊維が剥き出しになっている。


 役場に行くときなどはせめてものおしゃれを、と思ってはいたがどう見ても見窄らしい靴だった。


 母が譲ってくれた精一杯のもので大切に扱っているつもりだが、どうしても汚れていってしまっていた。


 この農村で靴に注目する人間はいないことは分かっているものの、自分自身何かが許せない気持ちになっていく。


 もう一度新聞記事の中の女性たちを見る。


 誰もがおしゃれでいて、そして優雅だった。


 記事の写真に指を這わせて、全身が写っている1人の女性の靴を指で隠して見る。


 どうやら、たとえこの人は靴を履いていなくてもこの優雅さは変わらないらしい。


 自信に満ちたその表情からは身なりだけではない何かが、醸し出ている気がアズサにはした。


 家に帰ると兄弟たちが料理をしている母の周りを走り回っていて、大きな声を上げながらはしゃいでいた。


「あっ、お姉ちゃんおかえり!」


 双子の弟と妹が真っ先に駆け寄ってくる。


 まだ8歳の2人はおおよそ苦労というものを知らない。


 2人のその小さな手を握ると先程まで動き回っていたせいか、ひどく暖かくて思わず強く握り返し笑みが溢れた。


「アズサおかえり。どこに行ってたんだい。ご飯ももうそろそろ出来る頃だよ」


 台所に立っていた母が顔だけを玄関に向け声をかけてくる。


 靴を脱ぎ居間に上がると次女のシューレが静かに本を読んでいた。


「シューレ姉ちゃん酷いんだよ。あたしたちより本の方が好きなんだって。極悪鉄仮面だよ」


 双子が息を合わせて訴えるが、名前を出されたシューレはそれを意に介さず、あんたたちがうるさいからよ、と本から視線を外さずに静かに言った。


 父が死んでから、遺品として残された本を読み耽るのがシューレの日課になっていた。


 そこには貴族が読むような魔術書だとかが何冊もあったが、この家の人間には読んで理解するには難しく、放ったらかしになっていたが、次女のシェーレはいつからか本に興味を持って読み進めていた。


 今では時間があれば机に向かっている。


「ほら、もうご飯だから机の上を片して、シェーレもご飯の用意手伝ってよ。お皿並べて」


 アズサが言うと、シェーレは渋々と言った格好で本を閉じて棚にしまい、とりあえず机拭くわ、と言って布巾を取りに言った。


 夕食を食べ終えると双子の子供たちはすぐに眠くなる。いつも母に物語を読んで欲しいと強請るのだが、今日は遊び疲れたのかあっさりと眠ってしまった。


 母とアズサ、それにシェーレは夕飯が終わると刺繍付の内職をする。最近では戦地に出征する兵士に向けた贈り物のハンカチが人気で、それに刺繍を施すのだ。


 作業をしながらアズサは今日会ったことを切り出そうかどうか迷ったが、どうにもこうにも目の前の手仕事に身が入らず、観念して「あのね」と声をかけた。


 いつもは女三人くだらない噂話などをしながら作業するのだが、その日はどうして誰も喋らなかった。


 まるでアズサが何らかの話をするために待っているかのようだった。


「今日、役場に言って村長と話を付けてきたの」


 母とシェーレは手を止めてアズサの顔を見た。


 アズサは父に似て確かに真面目ではあるが、今まで何かに思い詰めた様な素振りは少なかった。


 一緒に暮らしていて何となく性質を把握していたが、何かを単独で決定したことはほぼ無いと言って言いだろう。


 それゆえに彼女のこれから話す言葉に思わず2人とも身構えざるえなかった。


「私、戦争に行くわ」


 いつも冷静で落ち着いてるシェーレは口を開いて驚き、母は悲しそうに下を向いてしまった。


 正直母はそれを予期していのだろう、奥歯を噛み締め、そんなこと、と言って言い淀んだ。


「いくつか問題はあるけど、もし行ければこの家にも幾分余裕が出来ると思う」


 最大限のメリットを言ったつもりだったが、目の前の2人は苦笑さえしなかった。


 シェーレが口を開く。


「でもお姉ちゃんは女の子じゃん。兵士じゃなくて、もしかして看護婦さんになるってこと?」


「—————違う、前線に出るつもり」


 普段冷静なシェーレが慌てる。


「そ、そんなこと出来ないよ。男の人が戦うんだよ戦争は。そんなの私にだって分かるよ」


 アズサは先程村長に見せたのと同じ新聞記事を胸ポケットから取り出し2人に見せた。


「この部隊に入りたいと思ってる。今は女性でも戦争で戦える時代になってきてるの。それにこのままいったら次の冬は越せない。誰かが出稼ぎに行かなくちゃならないのは分かってるでしょ」


 シェーレは何か言いかけたが、結局言葉が出ずに黙ってしまった。


 他の年代の子供と比べて冷静な妹だがまだ11歳だ、この手の話をするには酷だと思う。


 だがアズサが出ていってからこの家で母を支えるためにしっかりしなければならないのも事実だ。


 そのためにもこの場で適当なことは言いたくなかった。


「でも、どうして戦場なの。他にも、選択肢は、あるでしょ」


 母の声は今にも消え入りそうだった。


「一家4人を食わすには普通の職業じゃダメなの。工場勤めであれば女の賃金は男よりも低い。看護婦になるためには学校に通わなきゃだけど、そんなお金は家にはないし。女の私には戦場以外にも選択肢はなくはない。でもそれは今のところしたくないの。—————ごめんなさい」


 頭を下げるアズサを見て、そんな、謝ることじゃ、と母は唇を噛み締めた。その後の言葉が出て来ないのだろう。


「でも、その部隊に行きたいからって簡単に入れるものじゃないんでしょ。それに別に隊員を募集してるともその記事には書いてないし。そんなの絶対無理じゃん!」


 シェーレはまるで諦められないかのように言葉を放った。


 自然と大きな声となり部屋中にこだまする。


 アズサは務めて落ち着いて声を出すことに専念した。


 こう言われることは百も承知なのだ。


 たとえそれが妹からの疑問でも正面から返せなければ、この先目的に到達することは無理だろう。


 だがそのために今まで散々頭の中で繰り返し繰り返し、問いに対する答え合わせをしてきたのだ。


「まず、ブラウンの戸籍を借りるわ。もう亡くなって数年経つけどそこは村長が上手くやってくれる手筈になってる。戸籍は全て役場で管理して中央に送っているから、この政権が変わったタイミングで申請すればおそらく大丈夫だろうって言われた」


 母はもう既にアズサの顔を見ていない。


 まだ15、16程の我が子がここまで周到に準備していたことが信じられないとでも言うように顔を背けている。


「訓練は?村の男子たちに聞いたらみんな数ヶ月何処かで泊まり込みで訓練するんだって言ってた。そんなところに行けば絶対に女の子だってバレるよ」


「受かるかわからないけど、特殊技能選抜試験に挑戦する。そこは行ってみてだけど、合格すれば直接戦場に行くことになるはず」


シェーレは黙ってしまった。いや正確には次に何と言えば良いかわからなかったのだ。唇が微かに震えている。


「それで、貴方は何の特殊技能で応募するの」


 今まで黙っていた母が口を開いた。まるで何かに縋るような真剣な表情だった。いつも微笑んでいる母の顔ではなかった。


 アズサは部屋の隅に立てかけていたライフルに目をやり、そしてまた母の顔を見据えた。


人生で初めての小説執筆です。


もし宜しければ最後まで読んで頂ければ嬉しいです。

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