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29_沈黙と可愛がり

「やっ、さっさと来ないからこっちから来ちゃったよ。お、ペトラっち無事だったね〜、良かった良かった。大きな爆発音がした時は大丈夫かと心配したけど、まあエースは伊達じゃないってことだね」


 笑いながらルースは言った。


 ペトラはそれを無視するようにキセルの中身を壁に打ち付けて出すと、新しい葉を詰め込んでさっきと同じ要領で火をつけた。


 それからルースの掴んでいる男性兵士に目を向けると、そのお方はなんですの?と溜息を付きながらに聞いた。


「ああ、これは今日の収穫、色々聞き出さなきゃいけないからね。そちらさんのエース部隊はあんまり、というかほとんどしないだろうけど、うちらはこっち方面が本職だからね」


 そう言って、ルースは掴んでいた男の襟首を離した。


 男性兵士の頭が無造作に地面に落ちる。同時に苦悶の声が漏れる。


 ペトラはその様子を見ると、まるで嫌な、生理的に受け付けない、そう虫の出産シーンでも見るかのような目つきになると、男性兵士から視線を外して煙を吸った。


「やるなら、早くやりいな。他の部隊の援護も必要やろ」


「それは必要ないでしょ。そちらの隊長さんの指示じゃないの?司令部から信号弾も何も出てないしね。まあみんなに知らせないのはそれも策の内だろうからかな」


 ペトラはルースの顔を見ずに明後日の方向を見ながらただただ煙を吸っては吐く。どこか放牧された牛を思い起こさせる仕草だった。


「そんで、アズサっちもそこのお嬢ちゃんも無事なわけね。良かった〜。いきなり新人に死なれるとテンション下がんだよね」


「あの、・・・ですが、自分は今回何も出来ていませんから」


 アズサは下を俯いて答えるしかなかった。


「いやいや、そんなことないよ。生き残るのも仕事の一つだよ。初陣って言っていいか分からないけど、とにかく生きてるんだから、そこは素直に喜びなよ〜」


 ルースのその上機嫌に多少救われる心持ちで、アズサは真っ直ぐルースを見た。


 出会った時と一緒でルースの表情に嫌味はない。にっこりと彼女は笑う。


 それどころか、彼女の顔からどこか清々しさすら感じる。アズサは心なしか安堵している自分がいることに気づいた。


 ただ目線の先、通路の奥からここまで、血の跡が続いていることに気づく。


 どうやらその血はルースが引きずってきた男性兵士から続いているようだった。


 兵士は、両腿から出血している。


「そんで、これから聞き取り調査なんだけどさ。ああ、此奴は私たちを攻撃してきた不届き者で、ペトラっちが撃退した1人だよ。本当は捕虜?として捕まえないといけないんだけど、今回はまあ緊急事態として、仕方ないのでこのまま行くよ〜」


 ルースは男を指差しながら高らかに宣言した。


 アズサは一体何のことだろうと、純粋に不思議だった。


 ただルースの雰囲気は先程と何も変わらない。だが手を握っているミサの指の力はだけは強くなっていくのを感じる。


「そんで、貴方の名前はなんですか?」


 ルースは男に向かって聞いた。


 男は体の痛みと出血しているせいか、意識が通常よりもはっきりとしていないのかもしれない。目線はルースに合わせるものの、何も答えようとしない。


 おそらく男性兵士は敵国の、兵士なのだろう。

 

 着ている軍服から、ボルビア国内ではあまり見ない灰色の髪の毛、それによく見ると腕章には小さくカムデン王国の文字で何かしらが書いてある。


「貴方のお名前を教えてもらって良いでしょうか?」


 ルースが聞き直す。


 それに対して男性の兵士は、先程までぼんやりとしていた目線に力を入れると、頑なな態度、とでも呼べば良いのか、歯を食いしばると、顎を引いた。


 アズサは兵士の顎の骨格からどこか大きな岩を連想した。


「ああ〜〜」


 そう言ってルースが口籠ると、腰のホルスターから拳銃を取り出し、徐に一発、男性兵士の右足の指先に打ち込んだ。


ダン―――

と銃声が響く。



「ぎゃ、、あ、、、、――――」


 ミサが急いで自身の後ろに隠れるのを感じる。


 兵士の靴先に黒く小さな穴が穿たれ、沼の中に沈澱していたガスが吹き出すように、赤い血がゆっくりと吹き出した。


「名前は?」


「あ、、、ああ、」


 ルースは銃を構えてもう一方の足に狙いをつける。


 男性兵士は、あ、とか、待て、とか小刻みに呟く。


 だが、ルースは躊躇するまでもなくもう一発を撃ち込んだ。


ダン――――、


 銃声が響き、男性兵士が転げ回ろうと全身に凄まじい力を込めるが、ルースが足一本で男性兵士の胸元を押さえつけて、暴れようとするのを抑えた。


 両足先から血が出ている。


「か、、ロ、、ロブ・ローハン、、、です」


 だがルースは胸元を押さえていた足を兵士の右手首に移動させると、オラっ、と小さく呟き力を込めると足で手をしっかりと抑え、右手の薬指に向けて発泡した。


 すると薬指だけが綺麗に吹き飛び、同じように血が噴出した。


うわあ、ああ、あああああ―――――


 ロブと言った男性兵士の叫びが木霊する。


 兵士は左手で右手を抑えようと必死に身をよじって触ろうとするが、ルースがそれを邪魔して、怪我している手まで届くことはない。


「聞いたことにはきちんと答えようね。こっちも暇じゃないんだよ」


 ロブはまるで叱られた子供のように、何度も頷くと涎を垂らし鼻水と涙が顔から吹き出す。


 一瞬前の決意を滲ませたような意思のある姿はもう見られなかった。


「それで、今回の攻撃の目的は?」


「は、はひ、あの、自分たちは対象物の破壊だとしか聞いていません」


―――ダン。


 という音が響いた。


 今度は中指が吹き飛んだ。


 ロブの叫び声が通り中に響く。

 

 ペトラが小さく、人間の出すこの音階は好きになれんわ、と言ってぼやいた。


「今回の攻撃の目的は?」


 ルースは一つの質問に対して複数回聞き返した。


 それは相手が本当のことを言おうと言わまいと、関係ないのかもしれない。


「は、はい、指示された対象物の、、、、破壊です。対象物は今回は、、、その花屋です!!」


 ロブは力を振り絞るように大声で答えた。


 するとルースは右手を抑えていた足を退けると、その足で思い切りロブの顎を蹴り抜いた。


 それから胸元に足を戻すと、ここまではどうやって来た?、と問いかけた。


「こ、、、ここまでは、モグラと呼ばれる人物が作ったという、、、トンネル伝いに来ました」


「それで、全部で何部隊だ、人数は?」


「全部で6部隊です。、、う、ひ、、その、中、でも4小隊に分かれています。1小隊6人、、ひ、編成、、です」


「ちっ、それなりな規模だな。6部隊はどうやって分布された?」


「この街を6、、、ブロックに分けて、それで対、応しました。トンネルがそれぞれ、別れていて、ただ他の部隊が具体的にどこで何をしているかは、、、知りません。。。」


 ルースはペトラの方を見る。ペトラはまるで何事もないようにキセルで煙を吸っている。


「そちらさんはどこまで知ってる?」


 さあ、とペトラが何でもないようにさらりと答える。


「それであんた達は、どこから撤退しようとした?」


 ルースはロブの方を見返して追及をやめない。


「あ、あの、支持された合流ポイントで撤退する予定でした」


「それはどこだ?」


「町の南西にある、、、、教会、、です。そこが、、最終合流ポイントでした」


 それだけ聞くと、ルースは手にしている銃に目を向けて、弾の残弾数を確認した。


 銃はおそらく最新式のリボルバーと呼ばれる回転式拳銃とやらだった。


 アズサは今更ながらそういったディティールに目が言ってしまう自分を不思議に思った。

 

 無意識に目の前の事態から目を逸らそうとしているのかもしれない。

 

 それからルースは弾が入っていることを確かめると、ロブと呼ばれた兵士の頭に銃口を向けると、


―――1発発砲した。


 それは頭蓋骨が砕けた音だったのか、それともロブの口から出た断末魔だったのか、小さく、ぎゃっ、と聞こえたかと思うと、地面には赤い溜まりがゆっくり広がった。


 ロブの頭皮から剥がれたのだろうか、髪の毛が付いている肌の塊だとか、脳みその一部だとかがそこらに散らばっていて、ルースの顔に返り血だろうか、何かが頬にくっついている。


 アズサは目の前の光景にぼんやりと見つめてしまった。


 何もかもが現実感がなく、まるで大雨の日に勢いよく打ちつける雨音をどこかで、ただ聞き続けているかのように、意識だけが身体から離れ遠くに行ってしまったようだった。


 ミサは先程からアズサの背中に顔を埋めて、ぎゅっと目を閉じて、耳を手で抑えている。


 それでも周囲の音を完全に塞ぐことは出来ないのだろう、何が起きているかだけは察しているようだった。


 小刻みにミサは震える。


 ルースは顔の返り血を手で拭うと、ぼんやりとこちらを見ているアズサの方を見てから、両手を頭の上で組んで大きく伸びをした。


 それから―――――、


「これから、三人でその合流ポイントに向かう。アズサ、その後ろにいる女の子撃っといて」



 といつもの明るい調子で言った。

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