有れば良かったけど要らないもの。
出来ない自分の責任の押し付け。
頭のなかで声がする。
毎日毎日、飽きもせずに。
したいこと?やりたいこと?
思うことは勿論毎日たくさんあるけれど、それが全部言えるとは、限らないでしょう?
非現実的なものを望んでしまう。
「どうした?なんなのか、言える……?」
そーっと触れるような、優しい声。
手を握ってくれて、頭も撫でてくれて。
見上げたそこには、声通りの心配そうな顔。
「え、えっと……。」
顔を下げる。
涙でぐしゃぐしゃになっていたわけではない。赤くなっていたわけでもない。
でも、見せられる顔ではないと思った。
「……なんでもない。」
--本当になんでもないから。
外から見た自分の顔はどうなっているのか。
大体予測はつく。
無表情で床を見つめているだけの人間。
表しやしないのだ。肝心なことはなにも。
本当は言いたい。
本当は泣きたい。
本当は、本当は……いや、やっぱり
なんでもないんだ。
心のなかでさえ、発言を許されなくて。
ずっと、喉へ競り上がってくる物はあるのに、飲み込むことも、吐き出すことも出来ずに、あえぎ続けて生きてきた。
「言うな。」と
「苦しめ。」と
「泣くな。」と
「笑うな。」と、声がするから。
許されない。
なにかをしようとすると、何者かに、縛られてしまう。彼らの意に沿わない行動は、もとから出来ないんだ。
だって、それは「許されない」ことだから。
まだ。目の前の人に、何もしてあげられない。
せめて、泣けたら。
せめて、「つらい」の一言でも言えたら--
パスッと小気味良い音が頬から鳴った。
痛かった。顔の角度が大きくずれた。
無表情で見つめ直した先には、手を振り切ったあなたが居て。
何故か泣いているのも、ほんのり顔に熱を帯びているのも、こちらではなかった。心配をかけすぎたのか、悲しませたのか。
目の前の人は
「なんで……『なんでもない』とか、そんな、事も無げに吐けるね。」
怒っていた。
その目がとても真っ直ぐで、そんな目をみてられなくて、でも逸らせなくて。
強くて、弱くて、ほんの少し、哀しみを含んだ、しゃんとした目。
人間は、一人じゃ泣けない。
一人では、泣くこともままならないのだ。
だから、用意した。いつもともにいる者を。
人と関われないコミュ障、もしくは人見知りには、そばにいてくれる者を、探すことなんて思いもしなかったから。
隣に誰もいないのを、架空の人物を一人二人と増やして誤魔化した気でいた。
「泣くため」に。
それだけのために。
でも、そうしても、泣けなかった。流れてくるのは、他人への羨望、劣等感。そして、こうなってしまった自分自身への、恨み言。
誰かに擦り付けないと、どうしようもない奴が、大嫌いだ。
人に迷惑をかける奴が大嫌いだ。
泣くがためだけに動く人間が嫌いだ。
“彼らは、全部一人の自分だった”
色んな私が、僕が、俺が、頭の中で反響する。
許さないのは、自分。
自分のことを“管理”してるのも自分。
響く制止の声も。
泣けも笑えも吐けもしないのも、
全部。自分のせいなんだ。
憎み続けるのは、大変なことだった。
だから、その役目を何かに押し付けたかった。
そうして、
「代わりに恨んでくれ」と。
「代わりに戒めてくれ」と。
架空の人格に、またその責任を押し付けたのだ。
そう。いっそ本当に多重人格なら良かったのに、なんて思う。
目の前の視線も、
自分じゃない誰かに任せて、知らないでいられた。
「今さら、自分の好き方なんて、わからないよ。ばか。」
こぼれた言葉は、いつの間にか止まらない水滴になって、伝っては染み込んでいく。
泣けた。
泣けた。
泣けた。
目も赤くなりきった頃、背中をゆっくり撫でられながら、ぐしゃぐしゃの顔で覗き込んだ目は、あいも変わらず強いものを湛えていた。
きれいだな、と思った。
もう、頭の中で誰も話さなくなった。
今でも、自分のことは許せないし、好けないが
いつ居なくなるかもわからない友人を横に、坂の下で今日も、談笑をする。
少しだけ、私小説みたいになってしまいました。でも、きっと、私だけの話ではないと思うので一人称は付けませんでした。
そう。現実にあるんですよ。こんな話。
え?もちろんそういうフィクションですよ?
フィクション。
まあ、どちらでも良いんですけれどね。