第2章 出会いは突然に編
ことの始まりは約半年前に遡るー
私、フレイアは王都で医療院の助手として働いている。
この医療院の医院長(といっても二人しかいないけど)は、ブラックストン・リーヌ
大抵の人間はこの人を見ると言葉をつまらせるか、挙動不審になるか、最悪見なかったことにして通り過ぎることもある。
そう私の師匠であり恩人のこの人は…
『いや~ん、そんなにジロジロ見ちゃ嫌よ~♡』
…………オカマである。
(いや別に見てないけど……)
口調もオカマだ。絡み方もうざい。
別に見た目は悪くないのだ。
少し長めの紫の髪を遊ばせて、色気を垂れ流す金色の垂れ目、鼻筋もすっと通り、黙っとけばただのイケメンだ。
『フレイアちゃん、最近冷た~い』
ぷぅと可愛らしく(?)頬をふくらませて近づいてくる。
『師匠って黙っとけばイケメンですよね。』
我ながらちょっと冷たい口調になる。
『やだ~♡イケメンじゃなくて美女でしょ』
(宝の持ち腐れだよこのオカマは…)
はあっとため息をつく。
そんな師匠との出会いはさらに7年遡るー
私の中の最初の記憶はぼろっぼろの服をまとい、寒さと空腹に耐えてふらふらと王都の裏道を彷徨っていた時のことだ。
(お腹すいた…)
なんでここにいるんだろう、とか、ここはどのなんだろうとか、色んなことが頭の中をぐるぐる回っていた。
実は私は10歳以前の記憶がないのだ。
その時は、自分の名前と誕生日くらいしか覚えていない状態だった。
(でも、これだけは隠さなきゃ…)
そう思ってぎゅっとフードの襟を握りしめた。
なぜか幼ながらに自分にしか生えていない猫耳と尻尾が異質なものであること、そして周りの人間に見せるべきでないことも分かっていた。
ヒタヒタ…とぬかるんだ地面に足音が響く。
(辛い…こわいよ、…)
フードを握りしめて小さい足で懸命に歩く。
(人が全然いない…こんな寒い日は当然か…)
ふっと自嘲気味に笑ったところで、視界がぐるっと一周回ったような感覚に襲われた。
その反動で壁に手をついてしまう。
(ひどい眼魔だ…。そういえば頭も痛い…。)
意識したとたんは頭がガンガンと響く。
壁をずりずりと体が落ちていくのがわかる。
瞼も重い。てか目を開けるのも苦痛になってきた。
(わたし、死ぬのかな…お腹いっぱい食べて死にたかった…)
こんな寒い日の路地の奥に子供がいるなんて誰が思うだろうか。
あっさり死を認めて大人しく体の力を抜く。
落ちていく意識の中で誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
✧✧✧
ゆらゆらー
ゆらゆらーー
金色が揺れてる。あまりの眩しさで目を開くのもやっとな状態だ。
『遊ぼうよ、ほらはやく!』
誰かがわたしをそう言って急かして手を伸ばしてくるのがわかる。
頷きたい、でもあなたはーーー
ゆらゆら ゆらゆら
金色が揺れるーーー
ーあまりに眩しくてわたしは目を瞑ったー
✧✧✧
ハッと目が覚めて飛び起きた。
(ここは…?)
どこかの寝室のようだ。清潔なシーツにマクラ。部屋は白で統一され、窓からは太陽の光が差し込んでいる。
(天国…?にしては現実感が強い。
もしかして病室…?)
よく見れば体の至るところにあった擦り傷などが治療されところどころ包帯も巻かれている。
小さい手をグッパッとひろげてみて、ひとまず死んでいないだろうことを確認して、私はとんでもないことに気がついた。
『フードが…とれてる!!』
頭を触ると手に当たるふわふわの感覚。
猫耳がもろ出てる!
顔の血がサッと引く音が聞こえた気がした。
やばい…!フードがないと…!!
そう思うけどそもそも服が清潔そうな白のワンピースに着替えさせられていて、耳を隠せるフードもなくなっていた。
その時だった。
ガチャっ
『あら~起きたのね~
体調はどうなの~??』
…………?
この時の感覚は忘れることができない。
『顔色は良さそうね~あなたちゃんとしゃべれるの~?』
そう目の前の人は期限良さそうに話しかけてきた。紫の髪をおしゃれにセットしてお色気まんさいな感じだ。
イケメンだよ…イケメンだけれども……
つい目の前の人を凝視してしまう。
この人は…どこからどう見ても…
『オカマ………??』
そこまで口から出てハッとした。
(どんなに目の前の人がオカマに見えようと、助けてくれたであろう人に開口そんな言葉を言うなんて…!)
『あぁん?』
(えっ?今のは…?)
誰の声だろ、とちょっときょろきょろしてみる。
『誰がオカマじゃぼけ、なめとんのかい自分。ゴミ溜めの中につっこんだってもええんやで、こら』
前…?前から声するよね……?
おそるおそる前を見てみる。
(ひぃぃぃい!)
イケメンオカマさんがものすごい形相で立っていらっしゃった。
やっぱり今の地獄から這い出たようは声はこの人…?
すっかり怯えて耳もペタンとついてしまった私を見てイケメンオカマさんは、ハッと我に返ったようだった。
『あら、やだ~私ったら。ごめんなさいね、驚かせて。私の名前は、ブラックストン・リーヌ。ここで医療院をやってる医術師よ。』
そう言って神々しい笑みを浮かべたその人が私には悪魔にしか見えなかった。
(やばい人出てきた…。今口調も変だったし。)
焦りでキョドりまくる私にブラックストンさんは急に真面目な顔になって言った。
『あなた、名前は?』
『えっと…フレイア・ビィ・レオーヴィアです。』
素直に答えると難しい顔でこう聞かれた。
『じゃあ、フレイアちゃん。あなたどうしてあんな所に倒れていたの?ここは夜になるとそんなに治安も良くないわ。私が見つけなかったらどうなっていたか分からないわよ。』
そう神妙そうに言われると何も言えなくなってしまう。
(本当にそうだ、私この人に助けられてなかったら今頃どうなってたか…)
軽率だった。行く所もなく、さまよってあげく倒れるなんて。ブラックストンさんには感謝しかない。
『そんなに落ち込まないで。責めてるわけじゃないのよ。でも見たところ10歳くらいでしょ?家はどこなの?送ってあげましょう。』
そう心配そうに聞いてくれるブラックストンさん。でも私に家なんてない。家族もわからない。何も思い出せないから。
ことの事情をそう素直に伝えると彼は目を見開いてしばし考え込んだ。
『誰かと暮らしていた記憶はあるのね?』
『はい。でもどこでとか誰ととかを思い出そうとすると、頭の奥が痛むんです。』
そう、私も歩く間に何度も記憶を思い出そうとした。でも、黒い靄がかかったようになり、頭の奥がツキンツキンと痛む。
『分かったわ。』
そうふっと息をつきながら彼は最後にこう聞いた。
『あなたのその耳…、亜人なのね。そのことも思い出せない?』
聞かれると思った。私は彼の目をベッドの上で真っ直ぐ見つめ返す。夕日の光が部屋に差し込み、一度眩しそうに目を細める。
『はい。私は生まれたときから亜人です。両親がどうだったかは分からないけど…。』
静かな沈黙が部屋を満たす。お互い目をそらさず相手を見つめ返す。
ブラックストンさんのオレンジがかった金の瞳が一瞬揺れたかと思うと、一度目を閉じてふーっと息をつくと、彼は優しそうな表情に戻った。
『事情はよく分かったわ。でもあなたは、まだほんの子供よ。行くあてもないならうちにしばらくいなさいな。』
『えっ。そんな、悪いですよ!』
突然の申し出にわたわたしてしまう。助けてくれただけでも感謝でいっぱいなのに、これ以上の親切は受け取れない。
そう必死に言う私に彼は更に言い募った。
『あのね、私だって鬼じゃないわ。こんな傷だらけの子供を放り出したりしないわよ。それに、ここは医療院だから部屋も空いてるわ。』
彼の少し呆れた様子に私は首を縮める。
(いい人だ…オカマだけど)
『分かりました、ではしばらくお世話になります。』
そう言ってぺこっと頭を下げる私をブラックストンは満足そうに見つめた。
✧✧✧
これが私と師匠の出会い。
それからは怪我の治療と共に少しでもお礼をと、医療院を手伝うようになった。
師匠を師匠と呼び始めたのもこの頃。師匠に『ブラックストンさんって他人行儀じゃな~い?リーヌちゃんでいいのよ♡』
と体をくねくねさせながら言われたけど、丁重にお断りした。
あれでもないこれでもないと言いながらお互いの妥協案が『師匠』だったというわけです。
通常、医療に用いられる魔法はヒール魔法とよばれ、扱うことのできる人がとても少ない希少な魔法として知られている。
そもそも魔法を使えない者が、人口の4割を占め、魔法を使える者も、下級、中級、上級、聖級と分かれていて、上位魔法を使える者はほんのひと握りだ。
また、魔法にも属性がありその種類は多岐に渡るが、中でもヒール魔法は群を抜いて貴重な魔法だ。その希少さゆえ、ヒール魔法使いは王族に仕えたり、貴族として昇格することもできる。
師匠は上級のヒール魔法使いであり、本当なら王宮で働いてもおかしくない人だ。そんな人が王都で平民を相手に医療を施すことは、前代未聞なのだそうだ。(お客さんが師匠のことをこう話しているのを聞いた)
そんなわけで彼の医療院には毎日大勢の患者が訪ねてくる。
傷を手当してもらったお礼に医療院を手伝いたいと師匠をなんとか説得して、呆れられながら患者さんの包帯巻きなどの仕事を獲得した。
次々とくる患者さんをベッドに寝かせて師匠が治療を施す。
まず入ってきたのは中年のやせたおじさんだ。苦しそうに肩を揺らし、時々咳き込んでいる。
師匠はベッドの横に立ち、いつものふざけた様子ではなく、真剣な表情でおもむろに、おじさんの体の上に手をかざした。
私はその様子を隣でじっと見ている。
『ティアーロ=デクト』
違う言語のような言葉でそう唱えると同時に、師匠の手からおじさんの体に向かってキラキラとしたサファイア色の透き通った光が現れた。
(すごい…これがヒール魔法。でも何…なんだか懐かしい感じがする。)
私はヒール魔法を見るのが初めてじゃない?
なんだかその青い光がとても身近に感じられた。不思議な感じだった。
私がその違和感に首をかしげているのには構わず、治療は進行する。
青にサファイアの光で部屋は照らされ、神聖な、清らかな空気が流れる。
師匠の手は段々位置をずらし、頭から胸、お腹のあたりに来たとき、急に青い光が強まった。一度パッと光度が強くなったあと、青い光は姿を変え、今度は赤い、真紅の光へと変わった。
(赤い光になった!ここが患部ということ…?)
固唾を呑んで見守っていた私は光の突然の変化に驚く。
だが、師匠は慣れた様子で頷くと、手をぎゅっと握った。それによって部屋を満たしていた光はだんだん小さくなり、師匠の手の中に消えた。
張り詰めていた空気が元に戻ったのを感じた。まるで天国のような清らかな空気がなくなった途端、自分がどこにいるのか思い出した。
(すごい…すごい!師匠ってば、ただのオカマじゃなかった!)
そんな失礼なことを考えながら、本心は興奮でいっぱいだった。興奮が伝わったのか、腰の黒い尻尾もぶんぶんと揺れる。
『はい、これで患部は分かったわ。内臓が損傷してるわね。でももう良くなるわ。ほとんど完治していたから。』
『えっ!?今ので治ったんですか!?』
言ってハッとした。
(やばい!手伝いなのに口出しちゃった!)
患者のおじさんも私の剣幕にびっくりしている。
『そうよ。』
さすが師匠はそんな私に顔色一つ変えずに答える。
『今のは患部を診る魔法だけど、少しの傷や損傷ならその光だけで治っちゃうわ。』
その言葉に私とおじさんは二人して感心した。
(すごいんだなぁ…魔法って。)
そんなこんなで忙しい一日を終え、私と師匠はリビングに戻ってきた。
初めて魔法を見た感動で胸がいっぱいな私に師匠は苦笑いをしていた。
『だって!すごいですよ、あの魔法!一瞬で病気が治るなんて!』
目をキラキラさせて師匠のまわりをぴょんぴょん跳ねる。すると師匠はくすっと笑って私の脇に手を入れて顔の高さが同じになるくらいまで持ち上げた。
『子供らしくないと思ってたけどそうやってるとまだまだ子供ね。可愛いわ~』
私は慌てて足をバタバタさせる。
『やややめてください!なんで急にこんなことするんですかっ!』
イケメンこわいよ~!
半泣きで顔を真っ赤にしている子供と、その子を持ち上げたままニコニコしている一見変態の攻防はしばらく続いたのであった。
✧✧✧
師匠との仲も縮まり、ヒール魔法にも慣れたこの頃。
医療院はとても楽しくて明るくて、笑いが絶えない場所だということに気づいた。師匠だからかもしれないが、皆この人なら大丈夫だという安心感のもとで治療を受けている感じがする。
(もっといたいなぁ…なんて)
ペチュニアおばさんのところへパンを買うというおつかいを頼まれて歩いている道中。私はずっとその考え事をしていた。いつまでも甘えてはいけないという思いと、どうせ行くところなんかないという思い。どちらも私の本心だ。
ここは確かに暖かいところだ。でも身寄りのない子供をずっと家に置いても師匠にとって利益なんかないだろうし、それに私は亜人だ。
人は異質なものを恐れる。
亜人という存在はまさにそうで、耳と尻尾以外、人となんの違いもないのに迫害を受ける。
現に、患者さんに『なんで亜人がいるの』とか『医療を施す場所に入れるべきじゃない』とか言われたりしたけど。
そのたびに師匠が半ギレでかばってくれた。
(師匠は実は優しいんだよなー…)
そんなことをつらつら考えながら歩いていると突然私の耳に痛みがはしった。
カツンっ
『いたっ!』
頭に当たった小石がが道に落ちる音が聞こえた。
(なに…?)
慌ててきょろきょろ見回していると、前方から声が聞こえた。
『やぁやぁ。誰かと思ったらリーヌのところの居候猫じゃないか。どうしたんだ、汚い耳なんか触って。』
この嫌味な声。半分諦めながら顔を上げると私と同じくらいの年の男の子が二人立っていた。
(やっぱりね。)
予想が当たっても全然嬉しくない。そう思って嘆息する。
『いつまでも王都にいられると思うな。汚れた獣のくせに。』
片手にまた一つ小石を持ちながら鼻を鳴らしているの方が、ドラコ・オコンネル
王都のちょっとした金持ちの家の息子らしい。詳しい事は知らないし、たいして興味もないんだけど、よくこうしてちょっかいを出してくるのだ。
『そうだぞっ!俺らの目の前に現れるなっ!』
そう言うのは、ウェスコプッチ・ダッド
チビでひょろいので、師匠にはもやしと呼ばれている。これも成金商家の息子で、ドラコの子分のようなものだ。
子供二人の罵倒なんて痛くも痒くもない。まだ可愛い方だ。そう思うものの…
(やっぱり痛い…)
ドラコの当てた石が右耳にクリーンヒットしたのだ。か弱い女の子になんてことするんだ。
(これは一言言わないと気がすまない!)
『痛いじゃない!手加減ってものを知りなさいよ!』
しかもちょっと血出てるし…耳を触った手に赤いものが少しつく。
キッとふたりを見ていると、反論されると思っていなかったのか(いつもは面倒くさいのでスルーしてる)、顔を真っ赤にしたドラコが近づいてくる。
『僕を馬鹿にするな!僕は、王都の貴族の家のものだぞ!リーヌの医療院なんて父上に頼めば簡単に潰せるんだからな!』
『はぁ?どうせそんなこと頼む勇気もないくせに!』
『なっなんだとっ!』
ついに怒りで目を吊り上げ、興奮状態のドラコが私の血がついていない方の耳を掴んだ。
『本当だからな!やってやるからな!お前こそ亜人でリーヌの足手まといのくせに!』
ギリギリギリ
耳が強く締め上げられる。
(痛い痛い痛い!)
子供と言っても男の子だからわたしより力はある。あまりの痛みに半泣きでドラコを思いっきり振り払った。
と同時に耳を押さえてドラコから距離を取る。
(耳ちぎれるかと思った…)
いまだ半泣きの私を睨みながらドラコはゆっくり起き上がる。そこに傍観者だったウェスコプッチが駆け寄った。
『ドラコ様!大丈夫ですかっ!』
それを手で制して
『全く大丈夫ではない。これを見ろ』
そう言ってスボンをたくし上げると膝に擦りむいたのだろう、血がべっとりついていた。
(うわ痛そう…)
と思ったがそのまま声に出していたらしい。
ドラコがぱっと振り返って
『他人事ではない!お前が私の体に傷をつけたんだぞ!』
と言い始めた。
普通なら、いやそれくらいの傷舐めときゃ治ると言いたいところだが、(というか師匠なら間違いなくそう言う)
まだ素直だったこの頃の私は、まあ私が振り払ったから転んだんだしな、とちょっと反省さえしていた。
というわけでとりあえず謝ることにした。
『ごめんなさい、ドラコ。大丈夫…?』
耳をぺたっと下げて一応反省した感を出してみる。
そんな私の様子に二人は意表を突かれたようだが、ドラコはにやっと笑ってゆっくり近づいてきた。
『お前、仮にも医療院に住みついてんだろ?』
そう言って言葉を切り、嫌味ったらしい口調で続けた。
『じゃあ、これくらいの傷ヒールですぐ治せるよなぁ?』
(は?)
私は、ヒール魔法なんて使えないし、そんなこと分かってるはずなのに。意味が分からなくてそのまま黙っていると、しびれを切らしたドラコがどんどん近づいてくる。
『いいのか?俺は、お前に転ばされて傷を負ったと父上に言うぞ。そうしたら医療院なんて本当に終わりかもな。』
するとここにきてやっとドラコの思考に追いついたウェスコプッチも『さすがドラコ様!素晴らしい案だ!』と言って一緒ににやにや笑う。
まずい。直感的にそう感じる。言うといったらドラコは本当に父親に話すだろう。そして、父親は医療院を訴えるかもしれない。師匠に迷惑がかかる…
(それだけは絶対に止めなきゃ)
頭をフル回転して考える。でもどうしよう。ヒール魔法なんて使えないし、薬とかも持ってないしな…。
必死に考え込んで何も言わない私に、二人は苛立ちをつのらせ、ついにドラコが
『はやくしろっ!いつまでも待たせるな!』
と言っても怪我をしている足を私の方にぐっと出してきた。
『でも、私は魔法なんて使えないよ、』
『じゃあ医療院が潰れるだけだ。』
そう冷たくあしらわれる。
(仕方ない、こうなったらやるだけやってみて、出来なかったら土下座でもして謝ろう)
そう思ってふっと息をつく。悔しさがないわけではないが、この扱いにも慣れてきたし、なにより師匠を巻き込みたくない。
私はドラコの足の前にゆっくりしゃがむ。金の髪がさらっと揺れて落ちる。耳が緊張でピンッと立っているのを感じた。
(大丈夫。毎日のように師匠のを見てたから呪文は分かる。)
ふぅーと深呼吸する。
『じゃあやってみるよ』
『いつでもやってみろよ』
出来ないと決めつけて余裕の表情でドラコは答える。
私はすっと右手をドラコの膝の前にかざして、目を閉じる。
(師匠のやっている姿を思い出して…)
ゆっくり口を開く。一言一言しっかりと発音する。
『ウインラット=マッド』
そう言い終わった瞬間、右手から青い光がパァッと照らす。
(出来た!ダメ元だったのに!)
驚きで目を見開く。と、ある違和感を感じ取った。
(あれ?でもこれなんか光強いような…)
そう思って眉をひそめた瞬間、一段と強い青い閃光があたりを包む。
あまりの眩しさに目を瞑ったーーー