第1章 始まりの物語編
魔法の国メルカディア王国。
その王宮の中の一室では外の輝かしい朝とは正反対の不穏な空気が流れていた。
『あーら、あなたまだいらっしゃったのぉ?どれほどこの国の名前に傷をつければすむのかしら!』
豪華な一室の中で侍女と思われる女が四人ほど、一人の少女を囲んでいた。蔑むように少女に対して言葉を放つ。
四方から責められても何も言わない少女に侍女たちは徐々に苛立ちを募らせる。
『聞いていらっしゃるの!?私達を馬鹿になさるのもいい加減にして!』
パシャッ
そういってリーダー格の一人が持っていたグラスの水を少女に勢い良くかけた。
水をまともにかぶった少女の髪からポタポタと水が落ちる。
少女は輝くように波打つ淡い金髪に、知的なライトターコイズ色の瞳を伏せ、じっと床の方を見つめているようだった。
少女の名前はフレイア・ビィ・レオーヴィア
この王宮専属の医術師であり、人を癒やし治療できる希少なヒール属性の持ち主であった。
加えて、陶器のように白くきめ細やかな肌、水を受けて輝きを増す金髪に、桃色のきゅっと閉じた唇、体から放つ清廉なオーラさえもが彼女が誰もが振り返るような美貌を持っていることを示していた。
では、なぜ才色兼備で類まれなる医術師の彼女が、そんな所業を受けるのか
それは彼女の美貌を上回るほどひときわ目立つものが容姿にあったからだ。
業を煮やした侍女は眉を怒らせながら罵詈雑言を履き続ける。
『はやく王宮からでていけっ!この汚らしい獣が!!!!』
と同時に、存在を主張するかのようにフレイアの輝く金髪の中からピンと張った黒い猫耳が揺れる。また彼女の腰辺りからはこれまた黒猫を思わせる黒い尻尾が不快そうに毛を立たせた。
……そう、フレイアは亜人だったのだ。
数世紀も前、この大陸には亜人と人が溢れ手を取り合いながら共存してきた。
だが、人間の貴族界で娯楽として亜人狩りが始まったことをきっかけに、亜人は奴隷として売られ人間に蔑まれながらその個体数をへらし、今では大陸にも片手で数えられるほどしか生き残っていないという。
ほとんどの人間が亜人を瞳に写すことなく生涯を終えるというのに、その亜人差別は未だ根強く大陸にはびこっていた。
フレイアは、とある事情で王宮で働き始めて半年、このような嫌がらせを毎日のように受けていた。
それは王宮の人間だけにとどまらず、王宮に来る前もたくさんの人間に亜人というだけで、ひどい差別を受け続けてきた。
『……あら、』
朝日に当たって金髪を輝かせながらフレイアはずっと俯いていた顔をゆっくりと上げる。
するとおもむろに周辺で雑巾がけをしていた他の侍女のもとから汚れたバケツをひっつかみ、つかつかと彼女は戻ってきた。
――まあ、結局のところ何が言いたいのかというと、
『毎日毎日ご苦労なことですね。…でも、お水の使い方がまちがっていますよ?』
――幼い頃から嫌がらせに耐えてきた彼女が
『――お水を人にかける時はね―こうするんですよっ!!!』
バシャッ‼
――このように成長するのは仕方ないことなのだろう――
お分かりだろうか、今フレイアは思いっきりバケツの中の汚水を侍女四人にぶっかけたのだ。
しかもそれはそれは楽しそうに輝かんばかりの笑顔で。
侍女たちの髪からポタポタと水が落ちる。
彼女たちは信じられないように呆然としながらフレイアを見たら。
フレイアはというと、天使のような顔で
『あら、お似合いですね、写真に撮りたいくらいだわ♡』
と言って鼻歌を歌いながら去っていった。
こうして今日も彼女は平和に生きぬいていく。そう平和に。
――もう一度言おう
――幼い頃からあらゆる人に亜人というだけで蔑まれてきた彼女が――
――このように成長するのは仕方ないことなのだろう――
いや、仕方ないか??
『ぎゃぁぁぁぁ!!』
ワンテンポ遅れて何が起こったのかようやく理解した侍女の口から悲鳴がこぼれた。
フレイアは、
『今日もいい日になりそう!』
そう言って、その黒い尻尾を楽しそうにゆらゆらと揺れさせた。
――これはそんな彼女の物語――