メバチマグロに祝福を。
大学のサークル仲間4人での宅飲み。今夜は唯一寮ではなく、普通のアパートで暮らしている後輩の湊の家での飲み会だったので、壁の薄さを気にせず大声で喋ったりして、かなり盛り上がった。
これから俺達がこの日本の未来を明るくし、次の世代への目標になるのだ。そんな事を飽きずに何時迄も語り合い、スーパーで激安だった大量のメバチマグロをつまみに酒を交わした。
〜
気付けばもう朝だ。夏の朝日が眩しい。うーん。頭が痛い。飲み過ぎた……あと腹も……何か変だな……トイレに行こう。
……あれ。トイレのドアが開かない。湊か? 他の2人は床でパンツ一丁でまだ寝ている。
「おーい。湊。入っているのか?」
「……はい……お腹が……」
どうやら湊も腹の調子がおかしいらしい。……嫌な予感がした。あのマグロか? 怪しい。いや、怪しくない。絶対マグロだ。そんな事考えているうちに急激に腹が痛くなってきた。
「お、おぉい……湊……あとどの位で出れるんだ……?」
「分かんない……です……波があって……」
「こっちもヤバいんだ……取り敢えず一旦交代しないか……うっ! は、早く!」
「分かりました……」
水の流れる音がした。これで一安心だ。俺もかなりヤバい。力を抜いたらすぐ出てしまいそうだ。
湊が顔を真っ青にして出てきた。
「お、おい……大丈夫かよ……」
「は、早く入ってください……また入るんですから……」
「わ、分かった。できるだけ早く済ませる」
俺はすぐさまトイレに入るとパンツを下ろし、便座に座った。危なかった。本当に危なかった。
でもこれはかなり幸福な時だ。まだ全然腹は痛いが、間に合った瞬間はかなり中毒性のある幸福感だ。
「ふ〜……完全に食あたりだ……」
ドンドンドン!
「わ! 湊! もう限界なのか!?」
「早く開けてくれ! も、もうダメだ!」
この声は佑だ。佑も腹が痛いのか? そしたらこれはもう食中毒だぞ……
「おーーいーー! まだかよぉ!? もう漏れちゃうよぉ〜!」
「ま、待ってくれ! あと少し! それにまだ拭いてない!」
「あぁぁぁ! だめだ! 湊! 隣! お隣さんの家のトイレを!」
「だ、だめですよ! 隣は青木さんですよ!?」
「え……青木さんって、あの青木さんか!?」
なんだと!? 青木さんが隣の部屋に!? 青木さんは俺達4人の憧れの人だぞ。
青木さんは大学の同級生だ。ちょっとばかし昭和感が漂いつつも、その容姿が今の流行でもあり読者モデルの仕事をやっている。勿論4人で1つの雑誌を回し読みする位のファンだ。
そんな青木さんが……隣に……昨夜の俺達の大きな声も聞かれてたって事なのか……我慢していたのかな……俺はトイレットペーパーを握りしめ落胆した。
すると佑がまた叫び出した。
「青木さんじゃまずいってぇ〜! 反対側の隣は!?」
「ウチは角部屋ですよ!?」
「あーもう! 隣の隣!」
「隣の隣は怖いヤンキーですよぉ〜。この前なんて髪型がコーンローでしたよ! 無理ですって!」
……コーンローだと? あみあみの髪型のやつか。そんな髪型の奴も青木さんの隣って事になるのか……それはそれで何だか面白いな。……でもあの髪型……どうやって洗うんだろうか? 俺は想像し、考えた。……ふっ! 笑えるなぁ。
「クスクス」
「おい! お前何笑ってるんだ!? 早く出ろ! もうダメだ! うぅ〜ヤバいです!」
おぉ、ヤバすぎて敬語になっちゃってるな。相当ヤバそうだ。だが俺もまだヤバいぞ。負けない。
「まだ止まらないんだ! コンビニで済ましてくれるか!?」
「コンビニ!?」
「そ、そうですよ! 先輩! 一緒にコンビニ行きましょう!」
「わ、分かった! ……財布! 財布は!?」
「財布なんて要りませんよ〜! 早く行きましょうよ〜! 僕ももう限界ですぅ〜!」
「わ、わかった……」
…………
……行ったか。これで一安心だ。誰にも邪魔させる事なく済ませられるし、コーンローの事にも集中できる。かなり蒸し暑い空間だが、贅沢は言えない。
……待て。あと1人居る。直人だ。アイツまだ寝ているのか? これは時間の問題だな……アイツは普段からトイレの回数が多い奴だし、口数も少ないから何を起こすかわからない。要注意だ。
ガチャガチャ
「!!!」
「おい……入ってるのか?」
起きた! 直人が起きてしまった。まだ腹が痛いのに!
「は、入ってるぞ。腹が痛くてな。な、直人も……か?」
「……俺は違うけど……」
お、直人は違うのか。強靭な内臓の持ち主だな。すると俺も安心したせいか、腹痛が収まってきた。そしたら譲ってやろう。
だがいつ波がまた来るか分からない。一応直人にはマグロで腹が痛くなった事は話さないでおこう。
俺は水を流し、トイレから出た。
「……湊と佑は?」
「コンビニに行ったぞ」
「ふーん」
直人がトイレに入った。まぁ小さい方だろうし、すぐ出て来るだろう。そにしても青木さんが隣に住んでるなんて知らなかったぞ。湊のヤツ……今までわざと言わなかったんだな。帰ってきたら3人で羽交い締めして懲らしめてやろう。
俺はスマホでコーンローの画像検索した……ふむふむ。こりゃ凄い技術だ。だけど洗うのは厳しそうだな。数週間に1回程度か……
…………
直人。遅くないか? 小さい方だろ? 俺はトイレのドアをノックして直人に話しかけた。
「直人〜。どうしたんだ〜」
「……が……」
「あ〜? 聞こえないぞー」
「……腹が……痛い……」
……ダメだ。終わった。直人もこんな状態だと……! 最悪だ。俺も急にまた腹が……
「な、直人。実は俺もまだ痛いんだ。は、早く済ませられるか?」
「……無理……」
そりゃそうだろうな。この腹の痛みは普通じゃない。俺の腸が悲鳴を上げている。
冷や汗が出てきた。止まらない。全ての思考が追いつかない。さっきまでコーンローの事を調べていた余裕ある自分に戻りたい。俺は腹を抱えながらトイレの前に座り込んだ。
止まらない冷や汗。昨日の記憶。メバチマグロ。青木さん。コーンロー。グルグルと俺の脳の中を抉るように駆け回った。
「うぅ! 直人! まだなのか!?」
「〜♪」
直人の奴! トイレで動画見てやがる! ふざけるな! こっちはもう爆発寸前なんだぞ! 俺はドアを叩いた。
「おい直人! 動画見てる余裕あるなら交代してくれ! 頼む! な!?」
「……コンビニ行けば?」
「あの距離……間に合いそうにないんだ! 頼むよ!」
「……ベランダ……」
「ベランダ?」
……そうか! ベランダだ! 排水溝もあるし、水で流せる! 男同士の部屋だし、最悪アイツらに見られてもすぐに笑い話になるヤツだ。イケる。いい案だ。モラル的にはとんでもない話だが、今は緊急事態だ。神様だって見逃してくれるだろう。
俺は四つん這いになりながらもベランダへ向かい、鍵を開け、ベランダの端へ座った。
「……ふぅ〜。危なかったぁ〜」
「フンフ〜ン♪」
ん? 隣のベランダからハミングが聞こえる……この透き通った声……
それから俺達はもう一緒に飲む事は無かった。
サークルも解散して、俺達は孤立した。勿論、すれ違っても顔を背ける様になった。
キッカケはマグロでもなく、青木さんの悲鳴。あの悲鳴の大きさは今後の人生で2度と聞く事はないだろう。
警察沙汰になり、俺達は腹痛の中、事情聴取。青木さんは酷いショックで引っ越してしまった。
俺達は別に仲が悪くなったわけじゃない。集まるとダメなのだ。集まっちゃいけないのだ。集まるとまた何かが起こるのが怖かったのだ。
俺達の瞳は曇ったまま卒業し、就職した。
15年後。
今の俺達はとても仲が良いです。とは言っても卒業したら呪縛が解けた様にすぐに4人で飲む様になりました。
青木さんの事は残念だったけれど、こっちも被害者みたいなものだから、別に罪悪感はそんなに無かったかな。
コンビニに行った湊と佑は3時間くらい帰ってこなかったし、直人が1番ノーダメージだったのが腹が立つけれど、それも過去の話。今こうして4人で楽しく飲んでいられるのもあのメバチマグロのお陰かもしれない。
ありがとう! 激安のメバチマグロ!
完
汚くてごめんなさいでした。




