今日のダダ漏れ思考ネタ(第6回)
DJIという、ドローンのメーカーからスマホ向けのジンバル(カメラの揺れを抑える機器?)の広告をInstagramで見た。
その広告に「近年の技術はすごい」といった内容のコメントが付いていて、そうやなぁと思うと同時に、難しい時代になったなぁと感じた。
これまで人間が習得してきた技術を、機械やソフトが代わりに実現してくれる。
カメラのジンバルだけじゃなく、工作機械や工事現場、ソフトウェアだって今では実際に絵の具を紙に塗るのではなくて、画面上で筆のように塗ったり、紙ではできない取り消しもできる。
それはとても素晴らしいことだと思う。
ではこれからの人間の役割は何だろう?
機械やソフトが技術をカバーしてくれるということは、人間はそれを使うアイデアを考えることが主な仕事になっていく。
しかしこれは言うは易し、行うは難しだ。
新しい発想なんて、そうそう簡単に生まれるものじゃない。
工作機械やペイントソフトやジンバルを与えられて、じゃこれで何か商品になるものを作ってきてねって言われて、わかりましたって言えるだろうか?
使い方はすぐ習得できるだろう。
難しそうなら研修だってできる。
でも、新しいアイデアを思いつくなんてことはすぐにできるわけもない。
ロボットやAIが人間の仕事を奪うという発想は、私も極端かなと思うが、実はこういった身近な技術の方が、それ自体を仕事の種としてきた人達の仕事を奪っていっているのではないかと感じてしまった。
これまでは、そういう新しいものを思い描ける人材が時々出てくれば良いよね。思いついたら作れる技術を磨いておくよ。
っていう社会だったのが、これからはアイデアを出せるのが当たり前。作る人材はそんなたくさん必要ないっていう社会になっていくのかもしれない。
少子高齢化で人材が足りない日本としては、そうなっていくのは良いことなのかもしれないけれど、誰もが適応できる事かと言われれば、無理じゃないかと思うのだが。
それとも新しい教育方法で、そういった人材が育成できるということなのだろうか。
幸いにも、まだ技術で仕事を頂けているので私の年代としてはギリギリセーフだが。
これから10年後に社会に出る子供達は大丈夫なんだろうか…。




