序章9
あたしが考えに耽っている間に中級神官の二人が立ち上がり、かすかに物音がする。
その音と気配にやっと意識が浮上した。
顔を前に向けると、そこには昨日会ったウェル神官長が奥の扉から入ってくるところだった。
セドさんがドアを閉めると神官長はその手に小さな赤い箱を大事そうに持ちながら、こちらへとやってくる。そして、礼拝堂の中心ー女神らしき像の前まで歩み寄るとあたしの方を見た。
「…カティス神の御使いの方よ。月の女神の神殿にようこそいらした。これより、月玉、ルシア神の首飾りをあなたに授けよう」
セドさんがあたしに来るように促した。 礼拝堂の真ん中に通る道をゆっくりと進んだ。歩きにくい衣装をさばきながら神官長のすぐ前までやってきた。
「セダ殿、神官長の前まできたらひざまずいてください。良いと言われるまで、頭を上げず声も出さないでいただきたいのです」
小声で言われてその通りにした。
ひざまずいて頭を下げたら影が動いた。
「…御使いの方、顔を上げられよ」
神官長の厳かな声がして頭を上げる。
赤い箱をセドさんが開いた状態で両手で持っていた。神官長が中に入っていたペンダントを手に取る。
しゃらりとかすかな音が鳴って白い宝石があつらえられたペンダントが目に入った。大きな窓ガラスから差し込んだ朝の光の中、宝石は虹色に輝いていた。
見入っていると、神官長が屈む姿勢になったのに気が付く。そして、ペンダントの華奢な鎖が頭をくぐり、あたしの首にかけられた。
すでにホックは繋がった状態で宝石の部分が胸元で揺れる。
「…月の女神の祝福とご加護があなたにありますように。これによりあなたは正式に月玉の巫女となる。役目に励まれよ」
神官長があたしの胸元にペンダントが揺れているのを確認すると立ち上がって声を張り上げた。
すると、セドさんや二人の神官が恭しく礼をした。
「巫女殿、儀式は終わりました。話をされても良いですよ」
神官長は穏やかな口調でそう言ってきた。
あたしはふうと大きく息を吐き出すと、立ち上がる。
「…ああ、緊張した。儀式というのも疲れるな。テストよりも緊張するかも」
つい呟くと神官長や他の人たちは唖然となる。
「てすと?巫女殿は不可思議な言葉を使われますな。それは異世界の言葉ですか?」
「あ、はい。試験という意味になります」
慌てて答えると神官長はふむと納得したような表情になった。
「なるほど。時間がありましたら、また異世界の話を聞かせていただきたいものですな」
笑いながら言われたけど、セドさんが鋭い目つきであたしを見てきたので肩をすくませた。
それに気が付いていないのか、神官長は背中を向けて奥へと戻っていった。
見送りながら、あたしは責任重大だなと思った。
朝の光はそんなの関係なく礼拝堂に差し込み、女神像を浮かび上がらせていた。
その後、あたしは部屋に戻った。胸元には華奢な銀製の鎖と蔦草模様をあしらった銀の土台に白い楕円形の宝石がはめ込まれたペンダントが下がっている。
宝石の大きさはだいたい、五センチもあったらいいところだろうか。
中級の神官さんたちは宝石を「月涙石」と呼んでいた。
月の女神の涙という意味らしい。きれいだけど悲しい感じの名前だと思った。部屋に帰ると、あわただしくゾフィさんやスーリアさんたちが荷物を皆でまとめる為に走り回っていた。
あたし用に贈られたらしいドレスなどの衣類、調度品や生活に必要な物をスーツケースなどに詰め込んだ。あたしも手伝ったのだが、身一つでこちらへ来たから、荷物は思ったより少なかった。
半日もしないうちに終わり、あたしは夕食を取って、部屋に付いていた浴室でお風呂に入った。
あがった後で髪に薔薇からとれるらしい香油を付けてもらう。とても、良い香りで体にもクリームを塗り込んでもらって、気分はお姫様だ。るんるん気分でいたら、エステを行ってくれたシルビアさんが笑っていた。
「セダ様、明日からは神殿に移られますから。こんな贅沢ができるのも最後ですよ」
爆弾を投下してきた。
あたしはそうですかとうなだれながらシルビアさんにとりあえずは礼を言う。それを聞いたシルビアさんは丁寧にお辞儀をして修行頑張ってくださいと嫌みだかわからないことをのたまって部屋を出て行った。