序章3
呆然としたままのあたしにカティス様はさらに説明を続ける。
『…ちなみに、あなたが先ほど会った男がカルーシェの第三王子、名をアデルハイド・カルーシェ。アデルと呼ばれているわ。彼が太陽の剣の所持者だから。私の名と月玉のことを言えば、王子はわかってくれるはずよ』
春奈ちゃん、頑張ってねと言われて、カティス様はあたしの背中をそっと押した。体が落ちる感覚がして、目をつむったら、真っ暗闇になった。
「大丈夫か?」
低い心地よい声で瞼を開けた。目の前にはルビーの紅の瞳があった。
温かな感触がして、そっとそれに触れようとしたら、男性があたしの手を握ってきた。ごつごつとした骨ばった大きな手で何故か、安心する。
「…どうした?」
問いかけられたので、答えることにした。
「あの、あたし。あの後、どうなったのでしょうか?」
「覚えていないのか?あの後、そなたは気を失ったんだ。仕方ないから、侍女に着替えをさせたが。急ぎだったから、ナイトドレスと二、三着の衣服しか用意できなかった」
苦笑する男性に先ほど、夢の中で言われた言葉を思い出した。
確か、この人がアデルハイドさんだっけ。殿下と呼べばいいのだろうか。
「…あの、お名前は何とおっしゃるのでしょうか?」
とりあえず、もう一度名前を尋ねてみることにした。男性は目を少し、見開きながらも答えてくれた。
「アデルハイドだ。アデルハイド・カルーシェ。この国の王の第三子だ。第三王子ともいえるが」
穏やかに教える男性にあたしは驚きのあまり、固まってしまった。殿下と呼ばれていたということは、王族!
あまりの事実に呆然となる。しかも、王子様ですよ。本物ですか。
「…あの、本当にごめんなさい。今すぐ、お部屋を出ます。後、ドレスもありがとうございました。あたし、お礼もできなくて申し訳ないとは思ってます。家に帰りますので」
そういって、立ち上がった。アデルハイド様、略してアデル様は何ともいえない顔をしたけど、あたしはお構いなしにベッドから出た。そして、ドアを開けて部屋からも出ようとした。だが、アデル様は引き留めてくる。
「待て。そなた、名はなんという?それに、家に帰るといったって、王宮から近いのか。遠いのだったら、私の従者に送らせる。一人で若い娘が夜中にうろつくのは危ない」
早口で言われたけど、あたしはいいですからと断って部屋から出ようとした。アデル様は大股で歩いて、なんとあたしの腕を掴んだ。
「…本当に待て。そなた、この王宮の入り口までの道順はわかるのか。しかも、そんな薄着でうろついていたら、騎士や他の男たちにとっては目の毒だ。せめて、外出できる格好でいたほうがいいだろう」
ため息をつきながら言われて、あたしは今着ている服を見てみた。
手触りはすごくいいのだけど、確かにかなり布地が薄い。ブラを付けていないから、胸の形や体の線が露わになっている。あたしはそのことに気づいて、慌てて胸を隠した。しかも、アデル様、夜中だといわなかったか。
この時、何故この国の言葉がわかるのかとかしゃべれるのかはスルーした。たぶん、カティス様あたりが神様の不思議な力でわかるようにしてくれたのだろう。それで納得しながら、あたしは仕方なくアデル様にお願いすることにした。
「あの、殿下。昼間に着る衣服はないですか?」
「…あるにはあるが。もしかして、今から家に帰るつもりか?」
こくりと頷いた。だが、アデル様は顔をしかめて、眉間を指で揉んだ。
「やめておけ。今の時間帯に外に出たら、夜盗や魔物に出くわすだけだ。他国でも魔物が頻繁に出没すると報告を受けているほどだからな」
「…魔物ですか。そういえば、さっきも言われたな。月玉の作る結界がないから、現れるようになったって」
それをつい、口にしていたら、あたしは腕をまた掴まれた。
「何故、それをそなたが知っている。月玉はこの国の中でもごくわずかな者しか知らないのに」
質問に答えられずにいるとアデル様は舌打ちをした。あたしの腕を掴んだまま、大きな声を出した。
「…スーリア!それに、ダレス。神官長を呼んでこい。後、宰相補佐もだ」
アデル様はあたしを睨みつけ、ずるずると引きずるように部屋にあるソファーまで連れて行った。そして、あたしに対しての尋問が始まった。