一章7
あたしは夢の中で誰かにだっこをされていた。
顔はよく見えない。
だけど、がっしりとした肩やたくましい腕でだっこをしてくれているのは男性だとわかる。けど、自分の体がすっぽりと収まっているから、おかしいことに気づく。
手や足、体そのものが縮んでしまっている。もしかして、あたし、子供に戻った?
よく見てみようとしたら、だっこをしてくれていた男性はにっこりと笑いながら、言った。
『…どうしたんだい?』
『あのね、あたしの体がちっちゃくなっちゃったの。もう、大人なのに』
『大人?春奈はまだ、子供じゃないか。だって、俺が願ったんだから』
訳の分からないことを言われて、よけいにあたしはむきになった。
『そんなことない!子供の姿は嫌!あたし、やっと、お兄ちゃんやお父さんから、独り立ちできたんだから』
『春奈。お兄ちゃんから離れていってしまうのか?』
『だって、あたし。巫女に選ばれて、役目を果たさないといけないの。好きな人もいるから、今はお兄ちゃんの所へは帰れない』
男性はそうかと言うと、あたしをそっと、下ろした。
『春奈。大きくなったな。わかった、お兄ちゃんが父さんや母さんを説得する。だから、幸せになれよ』
男性のあやふやだった顔がはっきりと見えた。
それは、懐かしい一番上の兄の顔だった。
あたしは涙が出そうになるのを我慢して、気づけば、手を振っていた。
『ごめんね、お兄ちゃん。絶対、幸せになるから!それと、好きな人を紹介するからね。いつか、元の世界に戻れたら、その人を連れて行くから!』
あたしは泣きながら、兄にそう大声で呼びかけていた。
兄は優しく微笑みながら、手を振った。
『わかった。俺も待っているよ。いや、もしよかったら、俺がそちらに行こうか。その方がいい』
『…お兄ちゃん?』
『春奈、元気でな。好きな人の名前、また教えてくれ』
『わかった、約束する』
じゃあなと兄が別れを告げると、真っ白な光が辺りを包んだ。そして、兄の姿は見えなくなった。
「…ハルナ?どうした?」
低い声で目が覚める。
あたしはゆっくりと瞼を開けると、紅い瞳がじっと見つめているのに気づいた。
「…アデルハイド様」
顔を横に向けると、アデル様の心配そうな顔が視界に入る。
「ずいぶんとうなされていたな。お兄ちゃんと寝言でいっていたが」
「…元の世界の家族に夢の中で会いました。兄に」
あたしはのそのそと起きあがった。すると、目から涙がすうと流れ落ちた。
「よほど、嫌な夢だったようだな。涙が出ている」
アデル様はあたしの目元に手で触れて、涙をぬぐい取ってくれた。その手つきが優しくて、胸がちくりと痛んだ。アデル様はあたしの涙をぬぐい取るとそっと、背中に腕を回してきた。気がついたら、抱きしめられていた。
「泣くな。やはり、疲れが出たか?」
「…そんなことはありません。ただ、懐かしくて」
「そうか。兄君に会えたから、緊張が解けたのだろうな。役目を終えたら、そなたを元に世界に帰す。そしたら、あのように危険な目にあわなくてすむ」
そう言われたけど、あたしはあることを思い出した。
お兄ちゃんに好きな人を紹介すると約束したことを。
どうしようかと思ったけど、役目が一段落した時に言おうと決意した。今はいう時ではない。
「ハルナ。今はこのままでいてくれ」
「…わかりました」
ふいに、掠れた声で言われて、あたしは嬉しくなる。
アデル様に抱きしめられるとお兄ちゃんにだっこされていた時と違った安心感があった。
お兄ちゃんよりも一回りくらいは大きな手や肩幅。それに抱きしめられていると、大丈夫だと思える。
不思議なものだ。会って、まだ、五日ほどしか経ってないのに。
あたしはアデル様が好きなのだとわかった。だけど、巫女である以上、その気持ちには蓋をするしかない。
ちくりと胸が痛んだけど、気づかぬ振りをする。
今だけ、恋人たちの真似をしてみよう。アデル様の胸に体を預けた。
しばらくして、薄暗かった部屋は明るくなった。
「もう、日が昇ったから大丈夫だろう。私は部屋に戻る」
アデル様はあたしを放すとベッドから出た。
「…ありがとうございました。次の新月の時もよろしくお願いします」
「わかった。そなたの役目が終わるまでは新月の時は側にいよう。約束する」
頷いてあたしの手を握ってから、アデル様は離れていった。
それを見送りながら、あたしは余韻に浸った。