一章6
アデル様はあたしの髪に触れた後、窓に向かう。
月玉はまだ、明るく輝いており、部屋の中の様子はうっすらとだが目で確認できた。
かちゃと音がして、窓が閉められる。
「…これで魔物が来ることはしばらくないだろう。新月の日は朝からそなたの側にいることにする。騎士みたいに護衛役に徹するから、心配するな」
窓の外に目を向けたまま、言われたのであたしは反応するのが遅れた。
「…えっ。護衛役って!?」
「…新月の日だけはそなたの護衛をすると言っているんだ。朝から張り付くがよいか?」
あたしはその言葉に戸惑った。アデル様があたしの護衛?
王子様で偉い人なのにいいのだろうか。
「はあ。アデル様の都合さえよければ。護衛していただけるのはありがたいですけど」
「そうか。では決まりだな」
アデル様はほのかに笑いながら言うと、あたしに近づいてきた。
何事かと思っていると、ベッドの上にあがってきたのだ。先日、押し倒されて、キスをされたことを思い出して、あたしは顔が熱くなった。
「…ハルナ。今度は手加減をしないと言ったが。あれは撤回する」
いきなり言われたけど、すぐに思い出した。
「そういえば、そんなことをおっしゃっていましたね。でも、どうして撤回をするんですか?」
「…そなたを傷つけたくないからだ。怖がらせたくない」
ストレートに言われて、さらに顔が熱くなるのがわかる。
「えっ。あたしはそんなに恐がりじゃないし、弱くもないですよ」
「それでもだ。そなた、契りを交わすというのがどういうことかわかっているのか?」
あたしは契りを交わすと聞いて、どんな意味だろうと思った。
首を傾げていると、アデル様はため息をついた。
「…男女がする事といったら、一つしかないだろう?」
それを言われて、あたしはもしかしてと思った。
「それって、ナニをするということ?え、アデル様、恥ずかしいことを言わないでくださいよ!」
「ナニとは。そなたの世界では情を交わすことをそのようにいうのか?」
「……そうです。ちなみにあたしはまだ恋人もいません」
顔が熱くなりながらも言うと、アデル様は意味深に笑った。
「ほう。まだ、恋人もいないのか。私が聞いた話だと女は心を優先すると言うな」
「それはあたしも知ってます。ていうか、わざわざ言わないでください!」
アデル様は声を上げて笑った。
「わかったよ。よけいなことを言ってしまったようだな。まあ、そなたが巫女である以上、手は出さない」
アデル様はあたしの頬や額に軽くキスをした。
そして、唇にもキスをする。
最初は軽く触れる程度だったけれど、二回目は少し、深く長いものになった。柔らかで温かな感触に頭がぼうとなって、思考が麻痺しそうだ。
アデル様はあたしの髪の一房を手に取る。それに軽くキスをした。
すると、あたしの上にのしかかってきた。
「…ハルナ」
低い声で呼ばれて、あたしは紅い瞳を見上げる。綺麗なルビーのような色に感嘆する。
「アデル様」
あたしも呼んでみると熱をはらんだ目で見つめられた。
耳に軽くキスをされて体がびくっとなる。
「私の名を今は呼ぶな。魔物を倒した後は気が高ぶりやすいんだ。そなたの気を受けると落ち着きはするが」
掠れた声で言われて、それには頷いた。アデル様はまたキスをしてくる。今度はもっと、深く激しくなっていた。
手は顎の辺りを撫でる。その感触にまたぼうっとなった。
「んっ」
鼻から抜けるような声がする。
それに気をよくしたのか、アデル様はじっと見つめた。額にもキスをされる。
ちょっと体から力が抜けてしまった。頭を撫でられた。
「…さすがにこれ以上はよくないか。すまない、ハルナ。無理をさせたな」
ふと、アデル様はキスするのをやめた。のしかかっていた体が横に退いて、あたしの側で寝転がった。
「…やりすぎたな。私はこの部屋で寝るが。これ以上はやらないから、そなたはゆっくり休め」
頬を撫でられながらあたしも横になった。
温かな大きな手に安心しながら、いつの間にか眠ってしまっていた。