一章 月の神殿での日々1
あたしは驚きすぎて、頭が真っ白状態だった。
今、目の前にいる銀髪の美人さんが月の女神様?!
あまりの事実に思考が追いつかない。
「…ハルナ殿、そなたを呼んだはカティスじゃが。これから、加護を与えるのはわらわじゃ。よろしゅう頼むぞ」
古風な言葉遣いでいわれたけど、あたしは頷くしかなかった。
すると、カティス様はくすりと笑った。
「ごめんなさいね。最初はあなたに闇の巫女になってもらいたかったのだけど。その役はアナスタシアがこなしているから、無理があったの。そこで姉のルシアや兄の太陽神とも話し合った結果、闇とも相性の良い月の巫女になってもらおうと決めたのよ。ルシアがハルナちゃんを守護し、力を与えると言ってくれたしね」
詳しく説明をされて、あたしは納得した。そういう事情があったのか。
「…カティスとて、そなたを守っている。わらわが託した月玉と一緒にカティスのつけている腕輪を渡したらどうじゃ?」
ルシア様がカティス様に視線を送る。
カティス様はしばし考え込むと右腕につけていた銀色の腕輪、ブレスレットをはずした。とても繊細な装飾が施された綺麗な物だった。
それをあたしに手渡してきたので思わず、受け取った。
見かけによらず、ずしりと重かった。
「…ハルナちゃん。本当は二柱の神の加護を得るのは危険なことなの。あなたが私の闇の力に引き込まれないか心配だわ」
眉を寄せながら言うカティス様にかぶせるようにルシア様が言い放つ。
「だったら、闇に引き込まれぬ方法を教えればよい」
あたしはどんな方法かと固唾を呑んだ。
そして、少しの間があった後、ルシア様はこう言った。
「…太陽の剣に選ばれた者ー光の神子の気を分けてもらえばよい。そのために光の神子の元に送り届けたのじゃからな。まあ、気を分けてもらう手っ取り早い方法は互いに触れあえばよいのじゃが。そなたにできるかな?」
「ルシア。ハルナちゃんが本気にしてしまうわよ。その、触れあうといったって、無理強いはしないわ。手を繋ぐのが一番なんだけど」
困ったように肩をすくめながら、カティス様がフォローをしてくれる。ルシア様、なかなか際どいこと言うなあ。
そう思いながら、頷いたけど。
ルシア様は意味深に笑う。その笑い方に違和感を覚えた。
「ハルナ殿、結界の修復と魔物退治が一段落したら、あの王子に言うと良い。いや、今からいっても面白そうじゃ。あたしに触れてくださいとな」
「なっ?!ルシア様、あたしはいえません。そんなこと!」
手をぶんぶんと振りながら答えるとルシア様はお腹を抱えて、笑い出した。
「冗談じゃ。まあ、あの堅物の神子がそなたに手を出すことはないだろうが。でも、闇と月の気は近いからな。新月の日は気をつけよ。その時は光の神子の側にいた方がよい。魔物を引き寄せてしまうかもしれぬからな」
あたしがまた頷いたら、ルシア様が指をぱちりと鳴らした。意識が急に遠のいて、目の前が真っ暗になる。
「もう、時間切れじゃ。ハルナ殿、また会おうぞ」
それが最後に聞いたルシア様の言葉だった。
「…巫女様!お気を確かに!」
人の叫ぶ声がして、重い瞼を無理矢理開けた。あたしは起きあがろうとした。けれど、空間がまた歪んだ気がして、ずきりと頭が痛む。
「…ああっ。あまり、無理に動かれないでください。つい、先ほどお倒れになられたのですから」
シルビアさんに慌てて、再び、ベッドに寝かされる。
「…倒れてしまったんですか、あたしは。心配かけてすみません」
「謝らないでください。ご体調が優れないのに、気づかなかったわたしが悪いのです。先ほど、殿下に叱られました」
簡潔に説明をされたけど、あたしは殿下という言葉に驚いていた。
「あの、気を使ってもらうのはありがたいんですけど。殿下というのは…」
「もちろん、光の神子のアデルハイド殿下のことですよ?」
その名を聞いて、さらに仰天してしまい、あたしは大きな声をあげていた。
「ええっ?!月の神殿にアデル殿下、来られてたんですか!」
「…来ていたら、悪いか?」
低い声がして横に目をやると、そこには背の高い男性の姿があった。白いワイシャツに薄茶色のジャケット、黒のズボンと綺麗に磨かれた革靴といった出で立ちのアデル様だった。
「…ア、アデル様」
「私の名を覚えているということは大丈夫そうだな。だが、月の巫女殿はよほど神に好かれていると見える。意識を失ってしまったのはこれで二度目だ」
淡々と告げるアデル様の表情は冷たいものであたしはうなだれてしまう。
あたしだって、好きで倒れているわけじゃない。カティス様やルシア様は話をしたくて呼んだのだろうけど。
こちらの身にもなってもらいたいものだ。