序章12
翌日になって、巫女としての修行の日々が始まった。
あたしの部屋は先代の巫女が使っていたらしい。
それもそのはず、お部屋の隅に一つの肖像画を見つけたからだ。身支度をした後、朝食をお盆に乗せて持ってきてくれた巫女さんに訊いてみた。
すると、彼女は困ったようにしながらも答えてくれた。
「…見てしまったんですね。あの、肖像画に若い女性が描かれていたでしょう。その方が先代の月玉の巫女様です」
「えっ。その、何歳くらいの方だったんですか?」
「確か、この神殿を出られた時で二十四くらいにはなられていたかと。今から三年も前の話ですが。騎士団の副団長、現在の団長と結婚をなさいましてからは都を離れて郊外にお住まいです」
へえと頷くと巫女さんは小声でこう言ってきた。
「あまり、大きな声ではいえませんが。先代は名をハンナ様とおっしゃいまして。とても、艶やかでお美しい方でした。もともとは伯爵家の出身だったので、上品で優しい性格をなさっていました。けど、巫女になられたのは十歳の時だったそうで。修行を苦痛に感じておいででした」
巫女さんは痛ましげに目を伏せる。
「そうだったんですか。ハンナ様といったんですね。あの、今はどうされているんでしょう?」
「…確か、今は二人ほど、お子さまがおられるようです。三人目を懐妊なさったと聞いておりますけど」
子沢山だなとあたしは思った。まあ、人のことはいえないけど。
あたしも五人兄弟の三番目だった。
つい、家族のことを思い出して、鼻の奥がつんとなった。
その後、あたしは身支度をすませて、朝ご飯を食べる。
今日は発酵させてないらしいナンもどきとトマトと玉葱などの野菜だけの赤い色のスープ、茶色のお茶だった。ナンもどきは味がなく、冷たい。
それを同じく、ぬるい感じのスープに浸して口に入れた。
「…思ったよりはおいしい」
一人で呟くも部屋の隅にいた巫女さんが睨みつけてきた。
慌てて、口を閉ざして黙々とスープとナンもどきを咀嚼した。
すぐに、朝食は終わり、次の予定を告げられる。
「…月玉の巫女様。朝の礼拝の時間になりますので。女神像のある礼拝堂に行きましょう。それが終わったら、二代前の巫女様のお部屋に行き、講義を受ける予定になっていまして。お昼からは副神官長のアナスタシア様に月玉や魔術の鍛錬をしていただきます」
すらすらと言われた予定にあたしはへなへなと座り込みそうになった。
「そ、そんなにやらなければいけないことが山積みなんですか?」
巫女さんはしれっとした顔で頷いた。
「ええ。アナスタシア様や二代前の巫女様方とて、毎日、だらしなく過ごされているわけではありません。朝から夜まで忙しくなさっておいでです」
あたしは仕方なく、重い腰を上げた。異世界で巫女やるのも楽じゃない。
それでも、予定をこなすために部屋を出たのであった。
あたしはまず、月の女神ルシア様の像がある礼拝堂に赴いた。横には世話係の巫女さんもとい、セシリアさんがいる。
まっすぐな茶色の髪と同じ色の瞳であまり、目立たない。
だが、冷静沈着で隙のない人だ。そして、どこか、あのスーリアさんに似ている。
そう思いながらも女神像の前でひざまずいて、両手を胸の前で組み、祈ってみる。すると、何故か、また目の前が歪んだ気がした。
あたしが目を疑っている間にその歪んだ空間から、また、どこかに放り出される感覚がする。この感覚は神様があたしに伝えたいことがある時に自分の側に連れ込む為のものだということに気づいた。そうしていると、目の前が真っ暗になる。
意識を一瞬、手放したのか。
目を開けるとそこは真っ白な霧がかかった空間が広がっていた。あたしの側にはのぞき込む人影があって、見覚えのある黒髪と琥珀色があった。
闇の女神でカルーシェ王国の守護神、カティス様。けど、隣に見知らぬ人がいて、首を傾げる。
「気が付いたみたいね。また、呼んでしまってごめんなさい。ハルナちゃん」
にこやかに笑いながら、カティス様は言った。隣にいるのは女性らしかった。
純粋な銀色の髪と黒い瞳、整いすぎた顔立ちが目を引いた。 中性的な雰囲気の美女だった。
「…ああ、まだ紹介してなかったわね。こちらが私の姉、月の女神のルシアよ」
「…初めまして。わらわがカティスの姉にして、創造神の娘のルシアだ。よろしく」
微笑みながら、自己紹介をしてくださったのであった。