序章11
アナスタシア様は気を取り直すように言った。
「ハルナ様、唐突ではありますけど。もしよろしければ、わたくしのことはアーシェとお呼びください。これからはこの神殿の主としてあなたは暮らしていくのですから。わたくしは闇を司る者ではありますが、あなたとは同等の身分です。何かありましたら、いつでもお呼びください」
「ありがとうございます。アーシェ様、よろしくお願いします」
礼儀正しく感謝を述べるとアーシェ様はにっこりと笑ってくれた。まるで、薔薇の花が咲いたようで見とれてしまう。
やっぱり、美人はどんな表情をしても様になる。
そう思っていたら、アーシェ様は真面目な顔つきになった。あまりの変わりように驚いていると、あたしに近づいてきたのだ。アーシェ様はあたしの両手をそっと持って、握ってくる。
綺麗な琥珀色の瞳は透明で吸い込まれそうだ。
「ハルナ様、月玉を扱えるのはあなただけ。先代の巫女は神殿には来れませんから。先ヶ代の巫女が奥にいられます。その方や神官長に月玉の使い方や治癒魔法などを習ってください」
小声でアーシェ様にそう言われて、あたしは頷くしかない。満足そうに笑うと、おでこをこつんと同じ場所に当ててきた。
ちょっと、近いって!
あたしは慌てて離れようとしたけれど、アーシェ様の手の力が強くて出来なかった。
見かけはすらりとした印象のたおやかな女性なのに、どこからこんな力が出るのだろう。人は見かけによらないと思った。アーシェ様は額を当てたままで不思議な呪文を唱え始めた。あたしの体はたちまち、暖かな何かに包まれる。アーシェ様の目は閉じられてている。
「…かの者に加護を。我はカティス神に仕えし者。月神ルシア神に今、請わむ。月玉に力を!」
呪文を唱え終わると真っ白な柔らかな光が目に入る。あたしから離れると、アーシェ様の体が黒いものに包まれる。
反対にあたしの体とペンダントー月玉は白と黄色の光に包まれていた。
「月玉の封印を今、解きました。本来は巫女自身にやらせるのですが、あなたは霊力の使い方を知りませんからね。特別にわたくしがやりました。先ほどのようにルシア様に祈ってみてください。月玉を通じて力を貸してくださるはずです」
穏やかに言われてもあたしはにわかには信じられなかった。
「…あの、祈るだけでいいんですか?」
「もちろん、鎮めの呪文や浄化、治癒の魔術は巫女にとっては必須科目です。まあ、あなたはまず、巫女としての基礎から身につけた方がよいでしょうから。わたくしが七日間、みっちり教えて差し上げます」
なにげに怖いことをいいながらもアーシェ様はあたしに笑いかけてくる。
先行き不安だなと思いつつ、神殿での生活はスタートしたのだった。
神殿に入ってから、あたしは奥にある一室に案内された。そこに王宮から持ってきた荷物を運び入れる。
ドレスをしまうクローゼットはあったので、巫女さんたちにそこに入れてもらった。本当は自分のことは自分でが規則らしい。
けど、あたしが第三王子の客人であり、陛下、国王からも認められた姫巫女だと知っているからか、巫女さんたちは文句を言わずに片づけを手伝ってくれる。
それに感謝しながら、白の巻頭衣を脱いでこちらで用意してもらった麻で出来たシャツとズボンに着替える。
「…では、わたしどもはこれで失礼します。また、何かあれば、お呼びください」
巫女さんのうちの一人があたしに声をかけてくれた。それに頷いて答えると巫女さんたちは部屋から、出ていった。
部屋の中はクリーム色の壁紙と白の床で統一されている。
王宮から持ってきた調度品と違和感はなくてあたしはほっとした。
備え付けのベッドは天蓋こそ付いてないけれどふかふかで大きかった。たぶん、ダブルのサイズはあるだろう。
そんなことを思いながらも脇の小さなテーブルに置かれた月玉の淡い光に癒される。そのまま、あたしは目を閉じた。