序章10
翌日の朝方も夜が明けきらないうちに起こされて、沐浴、水浴びをする。
冬場になったら、水浴びはきついな。
そんなことを思いながら、ナイトドレスを脱ぎ、巫女さんが着るという白い上下の衣服に袖を通す。着替えを手伝ってくれたのはスーリアさんとゾフィさんだった。
「…今日は話してもいいと神官長様から許可が出ています。セダ様、シェーンに行くまでは後七日の猶予があります。その間に神殿で巫女としての基礎知識や月玉の扱い方などを学んでいただきたいと殿下からのお言葉です」
「…あの、アデル殿下がそうおっしゃっていたんですか?」
あたしが尋ねるとゾフィさんは頷いた。
「ええ。殿下は対にあたるあなたが使い物にならなくては足手まといになるだけだとおっしゃられて。だから、神官長様に掛け合ったのです。セダ様に巫女としての基礎知識や能力の使い方、制御の仕方などを叩き込んでくれと。神官長様は二つ返事で請け合ってくださいました」
あたしは内心、アデル様はスパルタ法が好きなのかと思う。それを快く請け合った神官長も同類かとツッコんだ。
「…わかりました。後で殿下には文句を言っておきます。あんたは鬼かと」
「…セダ様。殿下に直接、危害まで加えたら、即刻王宮を追放するように陛下に申し上げますよ。覚悟はあるのでしょうね?」
にこりと笑顔で言われたが、部屋の体感温度が下がったのは気のせいだろうか。あたしは渋々、頷いた。
後で、アデル様には文句を書き連ねた手紙を送っておこう。そう決定したあたしはスーリアさんに笑いかけた。
あたしはスーリアさんと無言の腹のさぐり合いをした後、月の神殿に向かった。後ろには荷物を入れたスーツケースを持った下級の神官たちが続く。ちなみに、朝食は小麦粉と水だけで作られたパンと野菜だけが入ったスープ、サラダだった。
動物性の食品はなく、甘い物も食べさせてはもらえなかった。ゾフィさんやスーリアさんは巫女や神官は普段から、厳しい戒律の中で暮らし、神に祈りを捧げているのだと教えてくれた。
肉や乳製品、甘いものなどは汚れ(けがれ)になり、清らかさを失わせるという理由があるから、駄目だということであった。修行の妨げになるからと。
まるで、日本のお坊さんみたいだなというのがあたしの感想だった。
「…月の巫女様、神殿までは我らがお供をします。中に入られましたら、巫女や見習いの者たちがお出迎えをいたしますので。後で副神官長も来られます」
「副神官長も男性なんですか?」
「いえ。副神官長は闇の巫女でもあられます。先代が神殿を出られた後は月玉を守っておられました」
あたしはその話を聞いて驚いた。副神官長は女性なのか。
頷きながら、さらに尋ねた。
「お名前は何とおっしゃるのでしょうか?」
「アナスタシア様とおっしゃいます。皆からはアーシェ様と呼ばれておいでです」
神官はにこやかに笑いながら、答えてくれた。
アナスタシア様か。どこかで聞いた名前だなと思った。
あたしは神官たちから、副神官長ーアナスタシア様のことをいろいろと訊きながら、月の神殿に入った。
中に入ると、黒髪に琥珀色の瞳をした美女が待ちかまえていた。夢の中で会ったカティス様にそっくりだっので、あたしはまたも驚きのあまり、ぽかんとしてしまう。
そう、目の前の美女は目元などが本当にカティス様によく似ていたのだ。雰囲気も似ているから、間違えそうになった。
「…あなたが新しい月の巫女殿ですね?初めまして、わたくしは副神官長を務めさせていただいております、アナスタシアと申します。カティス神にご加護をいただいている闇の巫女でもあります」
銀製の鈴を鳴らしたような涼しげな声で、あたしは美人というのは凡人とは声も違うのかと感嘆した。
「…初めまして。ハルナ・セダといいます。あなたがアナスタシア様だったんですね。カティス様にあまりにも似ているから、間違えそうになりました」
「まあ、ご冗談を。女神様と似ているなど恐れ多いですわ。わたくしはカティス様のお姿を拝見したことはありませんので。巫女殿、いえ。ハルナ様はお会いになったことがあるのですね?」
あたしは素直に頷いた。
カティス様は誰にでも姿を現すわけではないのか。そんな方なのに会うだけではなく、話もしたのはあたしくらいだろう。
うらやましいですわとアナスタシア様は笑いながらあたしに言ってきた。
その表情は寂しげなものだった。