序章1
唐突だがあたしの名前は瀬田春奈という。
年齢は二十二歳で大学四年生だ。家族は両親と兄が一人、姉が一人と双子の弟が二人の七人である。
お母さんに言われて現在、入浴中だ。頭を洗い、体を洗いして湯船に浸かりまったりとしていた。ふふんと鼻歌を歌っていると。
『ーーハルナ』
ふと男性の声が頭の中に響く。何故だろうと首を捻った。
すると、違和感を感じて下を向いた。ざばあとお湯が流れ落ちる音が耳に入る。
「……な、何これ?!」
驚いていたら浮遊感を感じた。何と浴槽の底には大きな穴が開いていてあたしは素っ裸の状態でそこから落ちて行っていたのだ。
「ちょっと。なんなの、これはーー!!」
叫びながらあたしは真っ暗な空間に放り出されたのだった。
ふと目をさましたら素っ裸で豪華な天蓋付きの大きなベッドの上で倒れていた。救いだったのはそのベッドのある部屋には誰もいないことだった。
この顔はちょっと美人、まずまずのスタイルのはっきりいって自信のない裸を見せなくてほっとしましたよ。
けど、綺麗に磨き上げられたドアがコンコンと鳴らされる。あたしは急いで、ベッドにあったシーツを体に巻き付けた。
「…あの、殿下。おられませんか?」
控えめなそれでいて穏やかな女性の声がドアの向こうからした。あたしは返事をしていいものか、迷う。そして、慌てる。
裸であるところを見られたら、一巻の終わりだ!
それだけはパニックになった頭の中であっても残っていた。あたしはベッドの中から出て、まず着替えを探す。だが、時は既に遅かった。
「…殿下、お返事をしてくださらないのだったら、開けさせていただきますよ」
なんと、ドアの向こうから痺れを切らした女性の声がして、開けられてしまった。
あたしは終わりだと思った。
「…ああ。あたし、怪しい者では…」
声を出したが、現れた女性は目を大きく見開いて、固まってしまった。
背中まで伸ばしたブロンドの髪、大きな二重の藍色の瞳。
薄い藍色のワンピースを身に纏ったとても綺麗な女性があたしを見つめていた。
「…あなた、殿下ではありませんね?」
目をつと細めて、女性はあたしの喉元に素早く、太腿のガーターベルトにさしていた短剣を抜いて、突きつけた。あまりの速さにあたしの脳は付いていけなかった。
「あの、殿下って誰?あたしは違います」
か細い声で言うと、短剣が近づき、喉の皮膚を切り裂く。
つと一筋の血が流れ落ちる。
海のように深い藍色の瞳は冷たく、あたしの額からは汗がしたたり落ちた。
だが、シーツは譲れない。何とか、裸を見られるのだけは死守しなくては。
そう思った時だった。
開け放たれたドアの向こうから背の高い影が現れて、女性を止めたのだ。
「…私の部屋で何をしている、スーリア。その者はどうした?」
威厳のある男性の低い声がして、スーリアと呼ばれた女性はまた、驚きのために目を見開いた。悔しいがあたしよりもずっと美人だ。
「殿下!」
大きく声をあげた女性はあたしに突きつけていた短剣を引っ込めると男性に膝をついた。
「スーリア。そこの寝台にいる女は何者だ?そなた、その女を誘惑しようとしたか」
「ち、違います。殿下のお部屋でそんなこと、するわけないではありませんか!」
慌てて否定した女性はあたしを横目で見て、すぐに男性に視線を戻した。
一人、置いてけぼりだったあたしは訳がわからずにただ、呆然とするしかなかった。
これがあたしの異世界に来た日の初日の出来事であった。