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9/13

男の覚悟

俺達の目の前には二メートルを超える胡桃色の肌をした化け物がいる。

 そいつは二本足で立ち、頭部から牛のような二本の角を生やし、手には巨大な斧を持ち、鼻息荒く襲いかかってきた。


 ロウダさんは不意を突かれ、深手を負い倒れ込み、止めを刺そうと斧を振り上げる化け物に、レッグさんは透かさず剣を抜き斧を受け止める。ザックさんも援護する為剣を抜き、透かさず化け物の背後に回る。


 俺はすぐさま魔眼を発動させ、血を流し倒れこむロウダさんにヒールを掛けた。

 ロウダさんは直ぐに立ち上がり「助かったよ」と言うと、直ぐに腰につけていた鞭を手に、レッグさんとザックさんの援護に専念する。


 リリーも靫から矢を抜き、弓を構え矢を弦に掛け、戦闘態勢に入る。

 青木はジタバタしていた。


 俺は魔眼で目の前の化け物を確認し、情報を入手した。

 魔眼の情報によるとコイツはミノタウロスだ。

 だが討伐対象のミノタウロスブラックではない。


 ミノタウロスブラックだけではなく、通常のミノタウロスまで現れるのかよと嫌気がさしそうなのだが、そんな呑気な事を言っている場合ではない。


 目の前のミノタウロスが強いのだ!


 コボルトを簡単に倒してしまうレッグさんとザックさん、それにロウダさんの三人掛りでも手古摺っている。


 ミノタウロスは両手で握り締めた斧を、右から左へ振り回し、メジャーリーガーも真っ青なフルスイングで猛攻撃を仕掛け、レッグさんはそれを両手で構える剣で受け止めるのだが、吹き飛ばされてしまう。


 透かさずザックさんがフォローに入りミノタウロスの正面に回り、ミノタウロスの斧を躱す訳でも受け止める訳でもなく、見事にあしらい隙を伺っている。


 その隙を作る為、ロウダさんは鞭をミノタウロスの首に巻きつけ、少し反り返った隙を突き、リリーが構えていた矢を放ち、ミノタウロスの肩に刺さった瞬間、ザックさんがゆらっと揺れ、見事な酔剣でミノタウロスの首を刎ね落とした。


 ミノタウロスの首が落ちた事を確認すると、皆安堵の表情を浮かべた。


 俺は怪我をしているかもしれないレッグさんに念の為ヒールを掛け、レッグさんに大丈夫か確認すると「大丈夫だ、すまない」と問題なさそうだったので胸を撫で下ろすと、青木が近づき、なぜか嬉しそうにみんなに声を掛けた。


 「意外と大したことなかったな。でもこれでようやく帰れるな」


 青木は今のがミノタウロスブラックだと思っているみたいだが、現実はそんなに甘くわないんだ青木。


 可哀想だが真実を教えてやるかと青木に話し掛けようとしたのだが、俺より先にレッグさんが青木に酷な現実を突きつけた。


「コイツはミノタウロスブラックじゃないんだ!」

「そうね。これは只のミノタウロスよ」

「っえ!」


 青木の笑顔は一瞬で失われ、物凄くがっかりしていたのだが、意外とすぐに立ち直り、ザックさんを見て何かを納得し、頷いた。


「でもザックさんみたいな強い人が居たら問題ないですよね。俺の実力もまた出し損ねたや」


 何言ってんだこのバカ、実力もクソもお前ゴブリンにさえ殺されかけてたろ。言ってしまえば坂下や五月と同レベル、いやそれ以下かもしれないだろ。


 また適当なこと言って後で痛い目見ても知らないからな。

 青木のバカはともかく、レッグさんのあの深刻な顔は何なんだ?


「ミノタウロスブラックはこんなもんじゃない!」


 こんなもんじゃないってまるでミノタウロスブラックと戦った事があるみたいな口振りだな。


「俺は過去にミノタウロスブラックと戦った事があるんだ」


 やっぱり戦った事があったのか。でもミノタウロスブラックが今も生きてるという事は勝てなかったのか。


「っえ! その時に倒さなかったんですか?」


 青木は疑問に思った事をすぐに口に出してしまうな。

 そんなのミノタウロスブラックが生きている時点で分かるだろう。


「ああ。でも倒さなかったんじゃない……倒せなかったんだ」


 レッグさんの言葉を聞き青木だけじゃなくリリーもロウダさんも表情が暗くなり、唯一ザックさんは瞑想していた。


 レッグさんはミノタウロスブラックの事を、過去の事を話してくれた。


 結論から言うとレッグさんのパーティーはレッグさんを残し全滅したらしい。


 仲間の中にはレッグさんが想いを寄せていた人も居たらしいのだけど、その人も死んでしまい、以降レッグさんは仲間の敵を討つため打倒ミノタウロスブラックを掲げ、八年もの間ずっと追いつずけているらしい。


 その後、ミノタウロスブラックを追いかけパルムにやって来たレッグさんは、ザックさんと知り合いパーティーを組んだのだと。


 みんな深刻そうな顔をしているけど、いまいちピンと来ない。


 殺人事件のニュースを見ても可哀想だと思うけど、それ以上は何も感じない感覚に似ている。


 だがもしも自分がレッグさんと同じ立場だったら、レッグさんのように憎き敵を地の果てまでも追いかけているだろう。


 できる事ならそんなレッグさんの悲しい人生も今日で終わらせてあげたい。

 それを一番望んでいるのはザックさんかもしれない。


 俺達は気を引き締め、再びミノタウロスブラックを探すべく移動を開始した直後、俺の足元が崩落し体が宙に舞う。


 近くにいたリリーが咄嗟に手を差し伸べ、俺はリリーの手を掴んだのだけどリリーの力では俺を支え引き上げる事ができずに、俺とリリーは崩落した穴に落ちてしまった。






 ◇◆◇◆






 それは突然の事だった。


 俺の近くを歩いていた竜崎の体が突如宙に浮き、近くにいたリリーが助けようと竜崎の手を掴んだのだけど、支えきれずに落ちてしまったのだ。


 俺はそんな二人を見てパニックを起こしそうになったのだけど、すぐにレッグさんが「問題ない」といい俺の肩に手を置き、俺を冷静にしようとしてくれている。


 ザックさんも穴を覗き込み「そこまで深くない、すぐに合流できるっヒ」と言っていたので俺は落ち着きを取り戻した。


 ザックさんの話によれば鉱山内の洞窟は魔晶石を掘り起こすため、掘り進めた結果、地層が緩くなっている箇所があるから気をつけろと言うのだけど、そういう事は最初に言っててもらいたいものだ。


 まぁ竜崎の事だから大丈夫だとは思うけど。


 とはいえここからは四人で行動することになったのだけど……不味い。

 これは不味い! これまでは竜崎が俺の分まで戦ってくれていたから俺はここまで来れたのだけど、今はいない。


 さらにザックさん達は本気で俺が竜崎のように戦えると思っているのだ。

 確かに俺にもユニークスキルは存在する。

 だけど未だに使い方がさっぱりわからないんだ。


 仮に戦闘の中で何かのきっかけで発動できたとしても、それが必ずしも戦闘向きの能力だとは限らないんだ。


 この状況は不味すぎる。


「二人とは逸れる形となったけど、君だけでも居てくれて助かった」

「全くだっヒ。俺とレッグとロウダの三人ならミノタウロスブラックに出くわしたとしても逃げる事も考えるのだがっヒ。まぁ四人ならやれなくもないかっヒ」

「期待してるよ」


 何言ってんだよこの人達は! 俺のこの体型見たらわかるだろう、とても戦闘向きじゃないだろ!

 それに何で俺の事をこんなに買い被ってるんだよ!


 まさかさっき言った俺の実力ってのを信じてるんじゃないだろうな。

 そんなの冗談に決まってるだろ! てか俺を本気で戦力として頭数に入れてるんだったら痛い目見るぞ!


 って痛い目見るのは俺か! 俺が痛い目に遭った時には俺死んでるんじゃないか?

 大体ゴブリンすら倒せない俺が、レッグさんが勝てなかった程の化け物にどうしろって言うんだ。


 もしもの時は三人を置いて逃げるか、そんなこと俺にできるのか?


 俺に優しくしてくれた人達を見捨てて一人逃げるなんて……出来るわけないじゃないか。

 俺に出来る事と言えば三人の盾になることくらいだ。


 竜崎の魔眼の分析によれば俺の加護『倒れぬ者』は攻撃を受け、そのダメージ量に応じて防御力を増すらしいから盾くらいにはなるか。


 だけど一撃で瀕死、或は即死だったら糞の役にも立たないじゃないか!


「あぁー」


 堪らず叫んでしまった。

 三人が立ち止まりこっちを見てるじゃないか。

 だけど俺を見る三人の様子がなんか変だ。


「流石だな」

「やるじゃねぇーかっヒ」

「真っ先に敵に気づくとは、たんしたもんじゃないかい」


 っえ! 堪らず叫んだだけなんだが、敵なんていたのか!

 それで俺を見る目が変だったのか。

 目を凝らして前方を視てみると、確かにコボルトの残党が潜んでいる。


 コボルトの残党をザックさんとレッグさんの二人が、息の合ったコンビネーションで瞬殺し、ザックさんが振り向き俺に親指を立ててくるから、つい思わず親指を立て返してしまった。


 何やってんだよ俺。あー気分が悪くなってきた。

 この洞窟の中は酸素が薄いんじゃないか? 俺の体型には合わないな。


 待てよ! これを理由に戦線離脱はできないだろうか?

 言うんだ拓斗! 言わなきゃ死ぬぞ、それに勘違いしてる三人も危険になるんだ。


「あ、あの――」


 俺が前方を歩く三人に話しかけた直後、俺達の耳に戦慄の残響が届いたんだ。

 俺は身が固まり、前方を見据える三人が深刻な顔で振り返り俺を見る。


「この声は別のパーティーのものだ!」

「そう遠くないんじゃないかい?」

「急ぐぜっヒ」

「あ、うん」


 つい返事しちゃった……。

 三人は駆け出しレッグさんは俺に「早くしろ」って言うから仕方なく三人の後ろを追いかけ走り出した。


 クソっ、どこまで走るんだよ、この体型は走ることに適さないんだぞ。

 思わず愚痴を言いそうになったのだけど、すぐに前方の三人が足を止め、広く開けた空間の前で身を固めている。


 俺も前方の三人の元に駆け寄り、開けた空間に目をやると、そこには無残な姿で横たわる五人の冒険者と、浅黒い肌に三メートル程の巨体で、俺の二の腕ほどの太さの角を頭部に二本生やした化け物がいる。


 化け物は右手に黒々とした大剣を持ち、左手で冒険者の首を掴み上げている。

 身体からは禍々しい黒いオーラを放ち、血のように赤い瞳で掲げる男を睨みつけている。


 左手で掴み上げる男の胴体を、右手で握り締める大剣で切り裂いた。

 胴体を真っ二つに切り裂かれた男の下半身は地面に落ち、内臓が飛び出した上半身を後方へと投げ捨てると、じっとこちらを見た。


 化け物がこちらを見た瞬間体が震え、鼓動がドクンドクンと大きな音を立てて鳴っているのが分かり、ありえない速度で脈を刻んでいるのだと気づいた。


 ザックさん、レッグさん、ロウダさんも迂闊に動けないのか固まっている。


 一体どれくらい動けずにいたのだろう、一時間か? いや、僅か三秒ほどだ。

 僅か三秒を一時間に感じてしまう程の恐怖と絶望をコイツからは感じるのだ。


 だが次の瞬間、固まっていたレッグさんが鬨の声を上げながら、右手に持つ剣を両手に構え、十メートルほど前方にいる化け物に向かい駆け出したのだ。


 その姿を見て不味いと判断したのか、ザックさんがレッグさんを追いかける形で走り出し。

 レッグさんは積年の恨みで我を忘れてしまったのか、俺の目に映るレッグさんは別人だった。


 いつもの冷静でお手本のようだったレッグさんの剣術は、お世辞にも綺麗と言えない剣捌きになり、本来の型がそこにはなかった。


 ザックさんは「落ち着けレッグ」と呼びかけているがその声はレッグさんに届いていなかった。


 ザックさんもまたいつもの「っヒ」がそこにはなかった。

 突然の相棒の暴走と目の前の化け物に、酔も冷めてしまったのだろう。

 それは同時にユニークスキル『酒豪』も効果を無くしてしまった事を意味していた。


 ザックさんの『酒豪』は酔う程に強くなるというもの、更にザックさんの剣術は酔剣だ。

 酔っていないザックさんなどザックさんではない。


 禍々しいその化け物は、レッグさんの攻撃をまるで意味をなさないと軽くあしらい、大剣を振り上げた。


 刹那、俺は直感した、レッグさんは死んだと。

 それほどそのひと振りは凄まじかった。


 だがレッグさんは生きていた! 咄嗟にザックさんが飛び込み紙一重で躱していたのだ。


 だが俺の視界には血飛沫を上げるザックさんがいた。

 ザックさんの左腕は宙を舞、俺の目の前にボテッと降ってきたのだ。

 それとほぼ同時にレッグさんの悲痛な叫びが響き渡った。


「ザァッーク!」


 レッグさんは倒れ込むザックさんを腕に抱え、何度もザックさんの名を口にしている。

 ザックさんは激痛に顔を歪ませている。

 レッグさんはザックさんの顔と失った左腕に目をやり、表情が固まった。


 ザックさんは責任から絶望の表情に変わったレッグさんの顔を、薄らと片目を開き確認すると、額から大量の汗を流し笑を浮かべた。


「なんて顔してやがんだ相棒……」

「ザック……すまない」


 止め処なく流れ落ちるその涙を頬で受け止め、満面の笑顔でレッグさんに問いかける。


「敵……取るんだろ? 一人じゃ無理かもしれねぇーが、お前は一人じゃねぇ。仲間を頼れ。頼もしい仲間が俺の他に四人もいるんだ」

「ザック……」


 二人の遣り取りを離れた場所から見ていた俺は涙が止まらなかった。

 それと同時時に自分自身が嫌になる。

 何もできない弱い自分と、二人をじっと見ているあの化け物から今すぐに逃げ出したいと思っている自分が、堪らなく情けなくて嫌だった。


 じっと二人を見ていた化け物が一歩二人に近づいた。

 逃げろって言わなきゃ、伝えなきゃ。

 だけど声が出ない。


 化け物がそっと二人に近づき、再び右手に持つ大剣を振り上げると、振り上げた化け物の腕に何かが巻き付いた。


 ロウダさんの鞭だ。

 ロウダさんは気配を殺し、化け物の背後に回り込み、見事な鞭捌きで化け物の腕を止めた。


 レッグさんは化け物の気配に気づくとザックさんを抱えたまま跳躍し、化け物から距離を取った。


 化け物は腕に巻きついた鞭を眺め、力任せに引っ張ると、鞭を手にするロウダさんの体が弧を描き地面に叩きつけられた。

 激しく体を地に打ちつけたロウダさんは身悶え吐血した。


 レッグさんはザックさんを傍らに寝かすと立ち上がり、ゆっくりと瞳を閉じ息を整え、傍らで横たわるザックさんをチラッと確認し剣を構えた。


「全てを今終わらせる」


 なにかを呟き再び化け物へと走り込み、剣を交えるが、それは先程までのレッグさんではなく、いつもの冷静でお手本のような剣技のレッグさんだった。


 ロウダさんはその隙に起き上がろうとするが、片膝を突いて咳き込み、苦しそうな表情で化け物と剣を交えるレッグさんの背中を見ていた。


 けたたましい鉄の衝突で火花飛び散る攻防が繰り広げられていたのだが、突然レッグさんが後方へと飛び、驚愕に目を見開き化け物を見据えてる。


 一体何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間理解した。


「オマエ、あの時の人間か?」


 化け物が言葉を喋った!

 この魔物(モンスター)は言葉を理解し話せるのか!


 レッグさんも咳き込むロウダさんも、壁に凭れながら座り込むザックさんもみんな喫驚している。


「俺を覚えているのか?」


 レッグさんはすぐに見開いていた目を細め、構えを解かず問いただしている。

 レッグさんの言葉を聞き、邪悪に笑った化け物は、嬉しそうにレッグさんの問に答えた。


「ああ、旨かった。ずっと心残りだった、あの時食べ損ねた一匹が」


 旨かった、その言葉を聞いたレッグさんの表情は変貌し、憎しみで膨れ上がった血管は今にも張り裂けそうだった。


「その顔の傷を見てピンときた。あの時の泣き喚いていた奴だと。俺を探していたのか?」


 怒りと憎しみに体が震えるレッグさん。

 まるでレッグさんの怒りを誘うように話を続ける化け物。


「ガハハハハ、傑作だ。餌がノコノコ現れるとは。その程度の腕で俺に勝てると本気で思っていたのか? 身の程を知れ、人間」


 もう駄目だ。

 もうザックさんでも今のレッグさんを止めることはできないだろう。


 レッグさんは両手で剣を握り締め、腰を落とし絶叫した。


 脇目も振らず化け物に突撃し、無我夢中に剣を振り回すレッグさん。

 レッグさんの剣を躱し受け止め、まるで小さな子供に剣の稽古をつける大人のように物ともせず。


 力の差は歴然だった。

 仲間の敵を打つため鍛え上げた剣も、この化け物には通用しない。

 それはレッグさんが冷静を欠いたからじゃない。


 レッグさんは先程とは違い、怒りの中でもいつもの綺麗な剣捌きなのだ。

 それでも、それでもこの化け物には全く歯が立たない。


 レッグさんは化け物の剣を躱すため、再び後方へと飛び体制を立て直そうとしたのだが、化け物が黒々とした大剣を地に突き刺すと、地が黒々と放光した。


 光は地層を変化させ、鋭く研ぎ澄まされた地層が何重にも連なり、直線上に居たレッグさんに襲いかかる。


 レッグさんは身を転がし回避しようとしたのだが、回避しきれず脇腹を掠めた。

 掠めただけなのにレッグさんの脇腹からは夥しい出血が見られた。


 堪らず膝を突き、唇を噛み締めている。

 禍々しい化け物はレッグさんに止めを刺そうとゆっくり前進している。


 レッグさんは苦痛に耐える表情で化け物を睨みつけているが、恐らくもう動けないのだ。

 誰かレッグさんを援護してくれ!


 叫びかけて、その言葉を飲み込んだ。

 いったい誰が援護できるんだよ。

 もうみんな満身創痍じゃないか。


 ザックさんは勿論、ロウダさんだってもう動きたくても動けないんだ。


 じゃあ誰がレッグさんを援護し助けるんだ。

 今動けるのは俺しかいないじゃないか!


 だけど俺に何ができるって言うんだ。

 俺には能力()がない。

 二人のような優れた剣術もない。

 俺は……無力だ。


 止めを刺そうと禍々しいオーラを放つ化け物は、そっとレッグさんの正面で立ち止まり、レッグさんを見下ろしている。

 レッグさんは最後の力を振り絞るように何かを叫んだ。


 「青木! お前だけでも逃げろ! 竜崎達と合流しここから離れろ!」


 何言ってんだよあの人! 人の心配してる場合じゃないだろ。


 壁に凭れかかり瀕死の重傷を負ってるザックさんも力を振り絞り俺に向かって叫んでいる。


「俺達はもう無理だ。だがオメェはまだ走れる。いけぇ!」


 ロウダさんも微かな声で俺の顔を見ながら何かを言ってる。


「行きなぁ!」


 なんなんだよ! クッソ、何なんだよ!

 さっきから涙が止まらないじゃないか。


 ごめん……本当にごめんなさい。


 俺は走っていた。

 許してくれないかもしれない。

 きっと竜崎にも馬鹿野郎って、なんでそんな事したんだって怒られるかもしれない。


 なぜそんなバカな事をしたのか自分でも分からない。

 だけど気がついたときには走っていたんだ。


 俺は走り込み、禍々しい化け物に体当たりをしていた。


 勢いをつけた俺の全体重を乗せた体当たりだったのだが、そいつはびくともせず、俺を虫螻を見るように見下ろし、気が付くと俺は吹き飛んでいた。


 全身に激痛が走り、大量の鼻血が零れ落ち、痛みで頭が可笑しくなりそうだった。

 ぼんやりとする意識の中で、みんなの声が聞こえる。


「なんで逃げない!」

「逃げろって言ってんだろバカヤロウー」

「何考えてんだいあんた!」


 みんなやっぱり怒ってる。

 でも自分が死ぬかもしれないのに、俺を気遣ってくれるみんなを見捨てて、一人逃げ出す事なんてできるはずないじゃないか。


 俺は袖で鼻血を拭い、地面に手を突き顔を上げ、化け物に視線を向けた。

 化け物はゴミでも見るみたいに俺を見ていた。


 涙が止まらない、それは目の前の化け物が怖いからじゃない。

 悔しくて、悔しくて。止めることができないんだ。


 どうして俺はこんなにも非力なんだ。

 勝てなくたっていい、倒せなくてもいい。

 せめて奴をあの場から遠ざける事ができたら、せめて一矢報いることができたら。


 その時だ!

 俺の頭に何かが流れ込んでくる。

 情報? 経験? わからない。


 だけど俺にはそれが力だと何故かわかったんだ。

 これが夕べ二人が言っていた閃きなのだと直感した。


 俺は痛みを堪え、立ち上がり。

 腰を落として四股を踏む姿勢を取り、右掌を力一杯突き出し叫んだ。


「真空張り手!」


 俺の掌から掌を型どった強烈な光の風が吹き荒れ、俺の髪は逆立ち、禍々しい化け物の土手っ腹に掌型の光が命中し、数メートル後退させた。


「青木!」

「おめぇ!」

「あんた!」


 みんな俺を馬鹿だと思うか?

 だけどね、俺にだって意地があるんだ。

 守りたいものがあるんだよ。守られっぱなしは嫌なんだ。

 俺だって憧れの主人公たちみたいになりたいんだ。


 禍々しい化け物は後ろに吹き飛んだけど、ダメージらしきものは感じられない。

 ただ化け物を後ろに押しただけだった。

 それでも体当たりで一ミリも動かせなかった化け物を、数メートル動かせたんだ。


 俺の力ではこれくらいしかできないけど、何もできなかったさっきよりはマシだ。

 ザックさんにレッグさん、それにロウダさんはもう駄目だ。


 それでも俺には希望がある。竜崎だ!

 竜崎がここに辿り着くまでの間、時間を稼ぐんだ。


 やってやる、やってやるよ。

 俺がただのデブじゃないってところを見せてやる。

 俺を虫螻のように、ゴミのように見下した事を後悔させてやる。


 涙を拭き覚悟を決めるんだ。


 こう見えても俺は保育園の頃、町内のわんぱく相撲大会でチャンピオンだったんだ。

 俺は両手を膝に乗せ、体を斜めに傾け、大きく右足を上げ四股を踏み。

 ドスーンと音を響かせ、じっと俺を見るミノタウロスブラックを睨みつけ叫んだ。


「張り手相撲を見せてやるよ牛野郎!」


 こうして俺の命懸けの相撲が始まった。

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