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コボルトキング

 青木とリリーを残し、一人飛び出した事に少し抵抗があった。


 青木は未だにユニークスキルを扱えないから、魔物(モンスター)に襲われたとしてもまともに戦えないだろう、だがリリーがいるなら大丈夫だと判断し、スピードランナーで駆け出したのだが。


 リリーの弓では接近戦には対応できないのではないだろうか、一抹の不安が脳裏を過る。

 まぁ最悪青木が身を挺して、リリーをサポートすれば大丈夫だろ。倒れぬ者の加護で防御力だけは高いみたいだしな。


 それに先ほどの悲鳴はかなり切羽詰っている状況だと推測できる。

 正直、見ず知らずの奴を命懸けで助けるほど、俺はお人好しでもないし、意味もなく手当たり次第に人助けをする漫画の主人公でもない。


 ただ今回は、ミノタウロスブラックを討伐する為に協力体制にある仲間、何よりここで悲鳴の相手を見捨てたら、リリーに嫌われそうで嫌なのだ。なにせ初めての女友達だからな。


 まぁそんな理由で一人で走っている、スピードランナーで速度を上げた俺に、二人はついてこれないからやむ得ない。


 俺はスピードランナーで軽快に飛ばし、木々を縫うように声の主の元まで全速力で駆け抜けると。見覚えのある金髪縦ロールの女性が尻餅をつき、泣きながら後ずさりしている姿を捉えた。


 間違いない坂下美穂だ。おそらく恐怖のあまり腰が抜けたのだろう、あれでは腰に提げている剣も意味を持たない。


 坂下の正面には魔眼によって確認できた、ハイコボルトという種のコボルトと、その背後にコボルトが2匹確認できた。


 ハイコボルトはコボルトよりも大きく、体長は180を超えている。更にでっかいだけではなく剣を所持している。


 ハイコボルトは片手に持つ剣で坂下に止めを刺そうと大きく振り上げたが、坂下は腰が抜けているのか、恐怖で足がすくんでいるのか逃げようとしない。


 このままでは最悪の結果を招くと思い、俺は限界まで速度を上げ、坂下の対面で剣を掲げるハイコボルトの正面に割って入り、坂下に背を向ける形で頭上高くに振り上げられた刃が、坂下に振り下ろされる寸前でハイコボルトの刃を鞘から抜いた剣で受け止めた。


 キーンとけたたましい音が鳴り響くと同時に、加速した体を止める為に踏ん張るブーツが、地面と擦れ合い砂埃を巻き起こす。


 両手で握った剣でハイコボルトの刃を受け止めながら、首を回し坂下に目を向けると、坂下は小刻みに震えながらワニのような大口をあけ、大きな瞳をパチパチさせながら俺を見ていた。


「何やってんだ坂下! 逃げろ!」


 俺の言葉で我に返った坂下は、手で涙を拭いながら困惑した声出す。


「竜崎! どうして? なんでですの!」

「話は後だ坂下! 俺から離れるんだ!」


 俺の言葉を聞き、負傷した腕を抑えながら坂下が立ち上り俺の傍から離れると、ハイコボルトは後方に飛び、体制を立て直し獣の脚力で地面を蹴り、一気に間合いを詰め剣を振るってきたが、体をひねり俺はそれを回避し、先程覚えたスキルを試してみる。


「烈風斬!」


 放たれた斬撃は真空の刃となり、ハイコボルトを真っ二つに切り裂いた。

 先程レッグさんが使った技だ。その威力は折り紙つきなのだが、感覚的にレッグさんの烈風斬より威力がないような気がする。それでもハイコボルトを一撃で仕留めたのだから贅沢は言えない。


 威力の差は恐らく剣技の差だと感じていた。魔法と違いスキルは個人の能力で威力や性能が変わるのかもしれない。


 ハイコボルトを仕留めたことで残りは二匹なのだが。自分達より上位のハイコボルトが倒された事で、コボルト達はこちらを警戒している。


 警戒しているとはいえ所詮は獣。鋭い牙を見せつけるように威嚇し、左右斜めから鋭い爪を伸ばし仕掛けてくるが、俺は手に持っていた剣を地面に突き刺し、両手を伸ばして得意の魔法を繰り出す。


「ダブル火球(ファイヤーボール)


 両掌に形成された魔法陣から繰り出された炎の塊を受け、コボルトはあっけなく消し炭となってしまった。


 スピードランナーは別として、やはり攻撃系はスキルよりも魔法の方が効率がいい。

周囲に他のコボルトがいない事を確認し、坂下に近づき、傷ついた体をヒールを使用し癒してやる。


 傷が治った事に驚いたのか、俺がコボルト達を瞬殺した事に驚いたのか、俺をじっと見つめ治ったばかりの腕をギュッと握り恥ずかしそうに俯き小さく呟いた。


「ごめんなさい……」


 何に対しての謝罪だったのだろう。でもそんな事はどうでもいい、俺は今気分がいい。それは謝ってもらったからじゃない、きっと誰かをちゃんと救えた……いや違う、俺は楽しかったんだ、これが強者の愉悦感てやつなのだろう。


「シン様!」

「竜崎!」


 青木とリリーの声が聞こえて何故か安心感を得てしまう。どうやら無事に二人も追いついてきたようだ。合流した二人は辺りを見渡し、状況を確認しホッとしたのか緊張が薄れていく。


「倒したのか! 流石は俺の相棒だな」

「本当に流石です。シン様」


 確かにお前の相棒だが、無駄に自信満々な態度で言われると、青木が強そうに見えるのが何かな、それとずっと気になっていたのだが、リリーはなぜ俺に様をつけて呼ぶのだろう、リリーが様付けで呼ぶから坂下の俺を見る目もなんか痛い。


「リリー、そのシン様ってのは小っ恥ずかしいな。普通にシンて呼び捨てにしてもらったほうが嬉しいかなぁ」

「そうですか……ではそう呼ばせていただきますね。シン」


 リリーが一瞬不満そうな顔を見せたのは気の所為だろうか。とはいえ女の子にシンなんて呼び捨てにされたのなんていつ以来だろう。小学校低学年の頃以来かもしれない。異界送りに遭って良かったかもなんて思っちゃいそうだ。


「あの! お願いがありますの! 私と一緒に祐也達を捜してもらいたいんですの!」


 せっかく感動に浸ってたというのに空気を読まない奴だ。


「そういえば坂下一人か……逸れたのか?」

「突然魔物(モンスター)に襲われて気がついたら一人だったんですの」


 仲間と逸れて心細いのは分かるが、正直面倒だな。それに俺は矢野が好きではない、むしろ嫌いだ。

 俺とは正反対に青木はやる気満々の顔をしているけどな。


「矢野達を捜そう!」

「そうですね! リリーもお手伝いします」

「……」


 やっぱりこうなるのか。リリーまで捜すって言うんだもんな、ここで面倒だなんて言えないよな。


「感謝しますわ!」


 感謝されてもな別に嬉しくない。それに俺はまだ捜すなんて言ってない、なんて口が裂けても言えない。

 まぁ青木と女神リリーに感謝するんだな。

 といってもどこを捜せばいいのかわからないので、取り敢えず鉱山方面に向かって森林を警戒しながら歩行する事にした。


 四方から聞こえていた断末魔は消え、不気味な静けさが、木々のざわめきや鳥の囀りを明確に知らせると、それが相反である為に薄気味悪さを演出していた。


「聞いても宜しくて?」


 この雰囲気に耐え兼ねたのか、或は自分が喋らなきゃと気を使ったのか。


「なに?」

「谷垣さん達のこと本当ですの?」


 その事か、やっぱり信じていなかったか。


「ああ、夕べ酒場で話した通りだよ。……残念だった」

「私の傷を治してくださった……魔法でも治せなかったんですの?」

「竜崎の回復魔法ヒールには限界があるんだよ」

「青木の言うようにあの魔法は完璧じゃないんだ」

「ヒールの上位に位置する回復魔法は人種には扱えないですからね」

「そうですの……」


 いまリリーがさらっととんでもない事を言ったな。ヒールより上があるとか、まぁ魔眼が提示しなかったのだからどのみち俺には扱えないんだけどな。


 それともリリーの言うように俺が人間だからなのか、もしくは魔眼をまだ扱えきれていないからなのか、リリーは扱えるのか、もし俺が扱えていたら谷垣を救う事ができたのか。過ぎた事を考えても仕方ないな。


 それにしても矢野達が見つからないな。

 坂下は逸れたと言っていたからそんなに遠くに行ってるとも思えないんだけどな。


 もし仮にコボルトに襲われていたとしても矢野達なら青木と違い、ユニークスキルを使いこなしているはずだから、まぁ問題ないだろ。


「そういえば、坂下達はどんなスキルを持っているんだ?」

「スキル? ああ、この腕輪で見られる映像に表示されてあるやつの事ですわね。それでしたらまだ誰も手に入れてませんわ。そういえば竜崎は既に幾つか手に入れているんですのね、一体どうやったら手に入るんですの?」

「は?」

「えっ? ちょっと待ってよ! ユニークスキル二種と加護一種は最初から記載されていたでしょ」

「そんなもの記載されていなかったですわ」


 馬鹿な! 青木の言う通り俺たちは最初から記載されていたのに、坂下達には無かったってどういう事だ。やはり俺が一番最初に考えていた事は正しかったのか、つまり才能だ。


 青木が今言ったように、俺達二人共ユニークスキル二種に加護一種が記載されていたから、てっきりみんな同じだと思ってしまったが、『才能』もしくはこの世界に転移した時に何らかの条件を満たしていた者にユニークスキルや加護は与えられるんだ。


 仮に条件イコール才能だった場合、思い当たる節があるとするなら、それは想い込みだ。

 ずっと疑問に感じていた、なぜ俺のユニークスキルは魔眼なのか、青木のユニークスキルもなぜ観測者などという名なのか。


 この二つはまだ俺が中二病だった頃によく青木と語り合っていた設定だ。

 あの頃、俺は本気で自分が特別な存在で選ばれた者だと思い込んでいた、そう考えればこのユニークスキルも納得がいく。


 俺の考えがもし正しければ、異界送りに遭った異世界人の中で力を手にする事ができる者は『中二病』、或はそれに近い想い込みや、特殊な設定を持っている奴だ。


 それなら谷垣達が5人パーティーを組んでいたのに、ゴブリンに殺られた事も納得いく。谷垣達はユニークスキルも加護も得ていなかったからだ。

 だとしたら矢野達はユニークスキルも加護も駆使せずにゴブリンを倒したのか。


だとすると状況は不味いんじゃないのか、コボルトは明らかにゴブリンより強い。さすがに嫌いな奴でも死なれると目覚めが悪い。




 ◇◆◇◆◇◆




「いやぁああぁああぁ」


 閑散とした森林に再び寒声が響き、一様に顔が強張り足が止まる。真っ先に音を発したのは坂下だった。


「この声……間違いありませんわ! 沙也加の声ですわ!」


 強張る表情が青ざめて、狼狽えながらも気丈に振舞おうとする姿に彼女の芯の強さが窺えた。


「急ごう!」

「声からして遠くないですよ」


 さすがに今の悲鳴を聞き状況が好ましくないと判断したのか、青木もリリーも真剣な面持ちで事を急ごうとするのだが、彼らの足では五月の元に辿り着いた時には手遅れになっている可能性がある。


「俺が先に行く。お前たちは後から来い!」


 俺の言葉に頷き応える彼らに背を向け、前を向き走り出すと。


「沙也加達をお願いしますわ!」


 すでに遥か後方にいた坂下の悲痛な願いを背中で受け、全速力で振り返る事なく駆け抜けた。駆け出し五分もしないうちに人影を捉える。


 矢野だ。矢野は満身創痍になりながらも、一際体格のいいコボルトと対峙していた。コボルトは右手で剣を握り、左足で堀川らしき人物を踏みつけている。


 側には仰向けで倒れる田辺らしき人物に泣きつく五月の姿が見える。

 魔眼がはっきりコボルトの姿を捉えた時、警告を促した。


『危険度未知数 特殊個体 コボルトキングと推測 直ちに避難を推奨します』


 マジかよ! コイツがザックさんの言っていたコボルトキング。魔眼が避難を推奨する程の魔物(モンスター)、これまでのコボルトとは次元が違う事はひと目でわかる。


 体長は2メートルを超え、毛並みは針金のように逆立ち、生半可な剣技では刃を皮膚に到達させる事すら許さないだろう。

 正真正銘の化け物だ!


「うおおおぉぉぉ」


 全身を狂気で身に纏った様なコボルトキングは、上空に向け咆哮を上げると、左足で踏んづけていた堀川らしき人物を後方に蹴飛ばし、今にも倒れそうな矢野に明確な殺意を向け、止めを刺そうとしていた。


 コボルトキングは矢野の目前まで前進し、まるで虫螻を見る様な目で見下ろしながら、右手に持つ剣を水平に振りかざし、矢野の首を跳ね飛ばそうと行動に出た。

刹那、俺は叫んだ。


「矢野伏せろー! 火球(ファイヤーボール)!」


 それは無意識という咄嗟の行動だった。俺は右手に力を込め、これまでで一番の火球(ファイヤーボール)をコボルトキングの顔面目掛けて放ったのだ。


 矢野もまた咄嗟に俺の声に反応し、瞬時に身を屈めコボルトキングの一撃を間一髪で躱した。標的を仕留め損ねたコボルトキングの刃は空を斬り、俺の放った渾身の火球(ファイヤーボール)を見事に顔面に受け止めた。


 矢野は満身創痍の体を引きずりコボルトキングと距離を置く為その場から離れ、火球(ファイヤーボール)が飛んできた方向に顔を向け、俺と目が合うなり戸惑いの表情を見せた。


 五月も倒れる田辺らしき人物にしがみ付いていた顔を上げ、俺を見るなり驚いていた。


 田辺と堀川の状態は分からないが、取り敢えず二人が無事な事に安心したのも束の間、全身に悪寒が走りこれまで感じた事のない恐怖を体感し、不気味な視線に目を向けると。


 顔から煙を上げたコボルトキングが、先ほど矢野に向けていた殺意とは明らかに違う、憎悪にも似た怒気を俺に向け、目が合った瞬間鋭い眼光で睨みつけ、悪声の咆哮を浴びせてきた。


「ぐうおおおぉぉぉ」


 完全に怒り狂っているコボルトキングの咆哮に思わず後ずさりしてしまいそうになるのだが、弱みを見せてはいけない。獣は背を向けたり相手が臆していると感じたら迷わず襲いかかってくる、それが動物の本能なのだから。


 恐怖に震えそうになる体を拳を握り、押さえつけ、冷静になれと自分に言い聞かす。


 そうコボルトキングがブチギレた事は別段構わないのだ、むしろあれを喰らって怒らない奴はいないのだから。それよりも問題は顔面にクリーンヒットしたはずの渾身の火球(ファイヤーボール)が全く効いていないという事だ。


 だけど考えろ、所詮は初級魔法だ、特殊個体とかいう化け物に通用しなくても不思議ではない。そう俺にはまだ切り札、絶対零度(スノーフリーズ)があるのだから。絶対零度(スノーフリーズ)は中級魔法だ! ゴブリンを数十匹も瞬殺した魔法だ、コボルトキングと言えど、さすがに効くはずだ。


『警告、特殊個体コボルトキングは厚い毛で覆われており、体温が異常に高いため絶対零度(スノーフリーズ)は効果を得られない可能性があります』


 冗談だろ……。

 完全に思考が停止しかけた直後、その隙を逃さず憎悪に満ちたコボルトキングは俊敏に動き、気がつくと目前で剣を振ってきた。


 慌てて鞘から剣を抜き、コボルトキングの刃を両手で構えた剣で受け止めるが、強烈なひと振りを受け止めた剣の柄を握り締める手はジンジンと痺れ、初めて感じた明確な『死』と言う恐怖に顔が引きつり『逃げたい』その言葉が脳裏を過ぎった時、強烈なコボルトキングの前蹴りが土手っ腹に叩き込まれた。


 勢いよく後方に吹き飛び、内臓が口から飛び出してしまいそうな程の激痛が襲い、瞬刻、呼吸ができなくなり堪らずその場で身悶える、地面に手を突きむせ返すと、鮮やかな薔薇のような血が飛び散った。


 なんだよこれ。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ、とにかく回復、ヒールだ。


回復しようと立ち上がろうとするが、コボルトキングは容赦なく襲い来る。人では到底手に入らない脚力で地面を蹴りつけ前方へ跳躍し、俺に剣を突き刺そうと迫り来る。


 回避、ヒール、ダメだどちらも間に合わない。『死』を直感した瞬間、宙を舞ったコボルトキングの目に、ズバッと矢が突き刺さり鮮血が飛び散った。


「大丈夫ですか? シン!」


 もう終わったと思った。泣きそうになりながら柔らかくも力強い声に目を向けると、そこには女神、いやリリー達が立っていた。


 リリーは深手を負った俺を見て、離れた距離から両掌をこちらに向け、何かを呟くと俺の元に燐光の魔法陣が形成され、暖かく優しい光が体を包み、スッと痛みが引いていく。


「リリー! 助かった」


 リリーと一緒にやって来た二人にも目を向けると、この場の状況を目の当たりにした青木は顔を歪め、坂下は絶望に膝から崩れ落ちた。


 無理もない、矢野は満身創痍で立っているだけでも精一杯の状況で、五月は倒れ込み動かない田辺にしがみつき、堀川もまた無残な姿で横たわっているのだから。


「あんまりですわ」

「……酷い」


 坂下は満身創痍の矢野と泣き崩れる五月を見て、二人に近付こうと立ち上がり一歩足を踏み出した、その姿を見た矢野は声を荒げた。


「なんで来たんだ美穂! お前だけでも逃げるんだ! この化け物には敵わない!」

「大丈夫ですわ! きっと竜崎が倒してくれますわ!」


 迫真の痛ましい叫びに足を止める坂下。それでも絶望に打ちひしがれる矢野に希望を持ってもらおうと言葉をかけたのだが、既に心が折れてしまい、その上俺の事を良く思っていない矢野に言葉は届かない。


「無理だ! 例え竜崎が特殊な技を手に入れていたとしても、俺と堀川と田辺の三人でも手も足も出なかったんだ! 昼行灯の竜崎なんかがどうにかできる相手じゃない!」


 確かに今しがたの戦いを目撃していた矢野には、俺がコボルトキングに敵うなど微塵も思わないだろう。


「馬鹿にするなぁー!」


 青木……!


「それが命を懸けて戦う男に言う言葉か! 竜崎は命を懸けて誰よりも早く駆けつけ、血を吐きながらも戦い、決して諦める事なくお前を守りながら戦っているんだぞ!」

「青木さん」


 この青木(バカ)どこまで俺を買い被っているんだよ、なんでそこまで俺に期待できるんだよ。俺は今すぐ逃げたいと思っていたんだぞ、俺はお前が思うような英雄じゃないんだぞ。


「どうしたんだよ竜崎! そんなのお前らしくないだろ! お前は最強の魔眼の使い手なんだ、俺の最強の相棒なんだよ。ずっと一人でいた俺の初めての友達なんだよ、希望なんだよ。お前は俺の世界を救ってくれた英雄なんだよ!」


 張り詰めた場に青木の声が木霊する。




 ◇◆◇◆◇◆




 俺は小学生の頃からこのメタボな体型を理由に周囲から結構なイジメを受けていた、それは中学に上がると更にエスカレートし、俺が歩くだけで臭いと鼻を抓む者、言葉による暴力なんて日常茶飯だった。


 ある時、腹痛でトイレに駆け込んだ俺の頭上から大量の水が浴びせられ、顔を上げるとバケツを持ったクラスメイトが俺を嘲笑い、トイレには複数の乾いた笑いが響いていた。


 堪らずトイレから駆け出し、ずぶ濡れのまま家に帰れば親が心配するから、公園で時間を潰していると、突然背後から声が聞こえた。


「水の精霊ウンディーネでも怒らせたか。奴らは意外と気が短いからな」


 滑り台の先端に座り込んでいた俺に、最上部で腕を組みカッコ付ける男が訳の分からない事を言ってきた。


「だが安心しろ、時は全てを乾かし、いずれ全てを拭い去る。今は己を誇れずとも、いずれ誇れる日が来るさ、タイムイズマネー、時は金なりだ」


 慰めてくれているつもりだったのか、そいつはそれだけ言うと去っていった。その後高校に入り、同じクラスのお前を見た時、俺嬉しくて、友達になりたくて、思わず自分は観測者だ、お前を見定めるなんて行っちゃったんだ。


 お前は俺達の最初の出会いを覚えていないだろ、でも俺はあのくだらない励ましに救われたんだ。



 ◇◆◇◆◇◆



「そんな犬なんかにお前は負けるなよー」

「……青木」


 大丈夫、リリーのヒールで傷は癒えた。やれるはずだ。

 俺の魔眼は俺の想いの力だ、だとしたら仲間()の想いを魔眼(お前)は裏切れないだろ、頼むよ。奴を倒せるだけの力を貸してくれ。


『承諾 炎火消滅剣の使用をおすすめします』


「ふふ」


 つい笑いが溢れちまうじゃねーかよ、それになんだこの胸の高鳴りは。

 先程までの恐怖が吹き飛んでいき、全身からメラメラと闘志が湧き上がるこの感覚は。


 きっと俺はずっと待っていたんだ、自分の為じゃなく、誰かの為に熱くなれる瞬間を、憧れの主人公たちのような、ヒーローになる瞬間を!



 コボルトキングは左目に突き刺さった矢を抜き取り、剣を構える俺に鋭い眼差しを向け、怒り狂った金切り声で三度目の咆哮を轟かせた。


「ぐぎゃああぁあぁぁ」


 コボルトキングの咆哮にこの場にい合わせた全員が息を呑み身を構える。

 心配などしていないと言わんばかりの曇りなき眼で俺を見つめる青木とリリー、きっとこの二人は無条件で俺を信じてくれる。

 なら俺はその想いに最大限応えるだけだ。


「青木! それにリリー、俺はお前達の期待を裏切ったりしねぇーよ! お前達が俺を信じてくれる限り、俺はその期待に全身全霊で応えてやる!」


 俺は息を整え構えていた剣に力を込め、鋭い眼球をこちらに向けるコボルトキングを睨み返した。挑発されたと感じたのか、狂ったように大口を開け、唾液を撒き散らしながら、正面から突っ込んでくるコボルトキングを迎え撃つ。


「燃え盛れ! 炎火消滅剣!」


 コボルトキングが真正面に来た時、俺の剣は燃え盛る炎の剣と化していた。


 炎が刃を包み込み、炎の剣先は2メートル程炎上し、豪っという轟音と同時にコボルトキングの固く多い茂った針金のような毛を焼き払い、皮膚を切り裂き骨を断ち切り、憎悪の塊のようなその体を真っ二つに焼き斬っていた。


「凄すぎですわ!」

「シンすごいです!」

「竜崎……やっぱり俺の見込んだ男だけの事はあるぜ!」


 その切れ味と威力に思わず歓声が上がり、恐怖が支配していた場に黄色い声が響き渡った。

 俺は剣を鞘に収め、呆然と立ちすくむ矢野の元に行き、ヒールで傷を癒し。


 矢野は歓喜する事も安堵する事もなく、苦虫を噛み潰した顔を見せ、俯いた。

 そんな矢野に声を掛ける事もせず、横たわる堀川と田辺の元に交互に行き、彼らの死亡を確認し、掌を顔に翳し、ゆっくりと瞳を閉じさせた。


その光景を見ていた矢野と坂下と五月は、悟ったように泣き崩れ、俺と青木にリリーの三人は、かける言葉が見つからず立ち尽くす事しかできなかった。

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