緊急依頼
俺と青木はリリーに引っ張られ気がつくと西門にやって来ていた。
西門にはすでに多くの冒険者達が押し寄せていた、その数約50人弱である。屈強な男性冒険者や、男勝りな女性冒険者達の近くには竜車が4台用意され、運び屋と呼ばれる業者がギルドに依頼され俺達を北西にある鉱山の麓まで送り届けてくれるらしい。
「みんなよく集まってくれた! これから俺達はギルドが用意してくれた運び屋達の協力を得て、鉱山の洞窟内に潜伏しているミノタウロスブラックの討伐に向かう」
大声を上げこの場に集まった冒険者達に声をかけているこの男が大方、今回の依頼の責任者、リーダーなのだろう。
リーダーと思しき男と一緒に見覚えのある中年冒険者が頭を掻きながら並んで立っている。
間違いない、夕べ酒場で酔っ払って絡んできたザックさんだ。
頭を掻き気怠そうにしていたザックさんも、集まった冒険者達に声をかけていた。
「この依頼はマジで危険だぜっヒ! なんたって討伐対象があのミノタウロスブラックなんだからよっヒ。 悪い事は言わねぇー、腕に自信のない者は今すぐ帰んな! っヒ」
おいおい、昨日の酒が抜けてないんじゃないのか? あの人大丈夫なのかな。って人の心配している場合じゃない、青木のバカがリリーにカッコいいところ見せようと適当なこと言うからとんでもないことになったじゃないかよ。
せっかく俺が気を利かせてリザードマン討伐から難を逃れたって言うのに、これじゃあリザードマンの方がマシだったんじゃないのか。
ザックさんの言葉を聞いて不味いと感じたのか、この場をなんとか切り抜けようと悪足掻きをする青木はもはや滑稽だ。
「ザックさんもああ言ってることだし俺達は違う人助けをしないか?」
「何をおっしゃっているんですか青木さん! 青木さんは元の世界で聖魔協会と言う所のエースだったのですから、ここで困っている方を見過ごす事などできないはずですよ! リリーにはお見通しです」
涙目になりながら苦笑いを浮かべている青木は、俺に助けを求めるように悲しそうな目で見てくるのだが、すまん、俺にもどうしようもできない。
「ハハ……ハハハ……そうだね」
こうなった以上、諦めて覚悟を決めるしかない。それにこれだけたくさん冒険者がいるんだ、俺達の出る幕なんてきっとないさ。
なんて他人任せな事を考えていたら斜め後ろから嫌な視線を感じ振り返ると、矢野達がいた。
まさかこいつ等も参加しているとは予想外、というより命知らずだろ。
昨日ゴブリン1匹倒すのも手古摺ったとか言ってなかったか、それに昨日の事を根に持っているのか、めちゃくちゃ怒ってるしめちゃくちゃ睨んでくる。
確かに昨日は俺も言い過ぎたし反省もしている、だからもうお互い水に流して忘れてはもらえないだろうか。
なんて思ったけど無理そうだ、ゴブリン顔負けの鬼の形相で近づいて来る。
「あなた方もこの依頼受けるんですの!」
「クラスメイトを見殺しにしておきながら人助け、いや金儲けの間違いか!」
坂下以上に五月は容赦がないな。そういえば、昨日も五月は感情の起伏が激しかったな。谷垣の事を下の名前で呼んでいたし仲が良かったのだろうか。
「中二病に肉ダルマ! 夕べの酒場での事は聞かせてもらった。お前ら委員長達を見殺しにしたんだってな」
「なんで委員長達が死んでこんなクズ共が生きてんだよ」
突っかかってきたこの2人は夕べ、酒場で矢野達と一緒にいた堀川と田辺だ。この2人は昔から矢野とよく一緒にいて、学校ではイケメントリオなんて呼ばれていたが、矢野とは違いただの雰囲気イケメンだ。
相手にするのも馬鹿らしいので無視していると、堀川が青木の肩を掴みグッと引き寄せた。
「なにシカトしてんだよ肉ダルマ!」
俯き、拳を握り締める青木の表情が曇り、さすがに止めに入ろうかと思ったのだが、その必要はなかった。
「その手を離してください! 青木さんが嫌がってるじゃないですか!」
堀川達が声の主、リリーに目を向けると一瞬場が止まり、風になびく美しい髪と、目を奪われる程の存在感に固まり見とれてしまう。
ッハと我に返った堀川は、遊人の情景反射でリリーの手を握り、それを見た俺は一瞬ムッとしてしまった。
「貴方のような美しい人がこんな肉ダルマや中二病と一緒にいてはいけません! 僕達と一緒に行きましょう!」
いきなりおとぎ話に出てくる安っぽい王子様のような口調でリリーを勧誘し始めるが、リリーに手を払われ軽蔑の眼差しを向けられている。
いいざまだ色男と内心歓喜した事は秘密だ。
「離してください! 肉ダルマとか中二病とかってなんの事ですか? あなた方も異界送りに遭われた方なのでしょう? それなら青木さんが聖魔協会というところのエースである事も、シン様があなた方の世界を救った英雄である事もご存知でしょう!」
あちゃー。リリーの意味不明な言葉を聞き先程とは違った意味で場が止まる、止まるというより凍った。まぁそうなるよねと俺も思うのだけど、俺のせいじゃない青木のせいだ。
そんな事を知るはずもない堀川達5人は、開いた口が塞がらないといった顔で俺や青木に視線を向けてきた。
「お前達本当に最低だな! こんなに純粋そうな女の子にホラ話吹き込んで気を引こうなんて」
「最低」
「恥という言葉を知りませんの」
その件に関しては言い返す言葉もないのだが、できる事なら誰かに説明してもらいたい、俺のせいじゃないとすべては調子に乗った青木のせいだと。
「だから言っただろ、こいつらはそういう奴なんだよ。俺達が弱いとか言ってたけど結局は全部嘘なんだよ。嘘で気を引く事しか出来ないかまってちゃんは放っておいてもう行こう、竜車が出る」
確かに聖魔協会とか英雄とか嘘だよ、だけどかまってちゃんてなんだよ。
本当にいちいち癇に触る言い方しか出来ない奴だな、コイツが学校で一番モテてたってそっちの方が嘘だろ。
うちの学校の女は見る目のない奴しかいなかったのか、結局顔が良ければなんでもいいんだろ。
呆れた顔の矢野が4人に声をかけ、この場から離れていくが、呆れているのは俺も同じだ。
話の意味がわからなかったのか、不思議そうな顔で俺を見るリリーの視線が痛い、だがあとは青木に任せよう。すべてはコイツの責任だしな。
「ホラ話とはなんの事ですか?」
「なんの事だろうね。青木なら知っているんじゃないかな!」
口は災いの元だろ青木。これに懲りたらもう調子に乗って適当な事は言わない事だな。
「っえ? そ、それより俺達も竜車に乗ろう!」
上手く誤魔化したつもりなのか、深く息を吐き、リリーに見えないように俺に親指を立ててくる姿を見て、全く懲りていないと悟った。
運び屋達の竜車が出発するというので俺達は矢野達とは別の竜車に乗り込んだ。竜車に乗り込むとそこには、既に乗り込んでいた冒険者達が胡座をかいたり、談笑したりと思い思いに過ごしていた。奥にはザックさんと、集まった冒険者達に声をかけていたリーダーらしき男性の姿もあった。
ザックさんは腰から蒸留酒が入っているスキットルを取り出し、美味しそうに喉に流し込み横目でこちらを見ると、俺と青木に気がつき笑いながら片手を上げ側に来ると、俺の隣に腰を下ろした。
「よう! 竜崎と青木じゃねーかっヒ。お前達も討伐に参加してたのかよ!っヒ」
「そういうザックさんこそ!」
「まぁ俺の場合は相棒がどうしてもっていうからよっヒ」
「相棒?」
「ああ紹介するぜ」
そう言って紹介されたのがリーダーらしき男性レッグさんだ。
ザックさんより少し若く見えるレッグさんは30半ばといったところか、ちなみにザックさんは俺の見立てだと40位だと思う。
レッグさんは左目付近に大きな傷跡があり、その傷跡から歴戦の凄さが伺えた。ザックさんは酒場で会った時から感じていたが、かなり面倒みがいいようで、俺達にこの竜車に乗る他の冒険者を紹介してくれた。
レッグさんは今回ミノタウロスブラックの討伐に参加しているのは48人である事や、4編成の竜車にそれぞれ12人ずつ搭乗している事を教えてくれた。
スキットルを片手に飲んでいるザックさんと違い、レッグさんは神妙な面持ちで何かを心配している。
「無事に鉱山の麓まで辿り着ければいいのだがな」
独り言のように囁かれた言葉を聞いたしまった青木は、気になったのか言葉の真意を聞く為に質問した。
「無事に辿り着けない可能性なんてあるんですか?」
俺は心の中で聞くな青木、と叫んだのだが時既に遅しだ。
レッグさんと青木の会話によりフラグが立たなければいいのだが、聞いてしまったものは仕方がない、レッグさんの話を聞くとつまりこういう事だ。
鉱山には鉱石を採取するために無数の穴が掘られ、洞窟となった穴の中にはコボルトという魔物が住み着いている場所が複数存在するのだが、今回報奨金200万の大物指名手配魔物ミノタウロスブラックが出現した事により、そこに住むコボルト達が住処を追われ、洞窟から出てきている可能性があるらしい。
鉱石の発掘と採取をしている作業員の中には恐怖で身動きが取れず、取り残されてしまっている人もいるので、足止めを食らっている時間はないらしいのだが、最悪コボルト達と遭遇する可能性もある事を懸念していた。
竜車は時速80キロの速度で荒野を駆け抜け、最短距離で鉱山に向かうため森林を通っているのだが、竜車は全く揺れる事がない。
座布団がないので尻が痛いが乗り心地はかなりいいと言える。
かなりの速度で走っているにもかかわらず、全く揺れないので不思議に思いザックさんに聞いてみると、竜車には特殊な魔法が掛けられているので、よほどの事がない限り揺れはしないそうなのだ。
なるほどと感心していると、よほどの事が起きてしまったようだ。
ドーンと音が響いたと同時に、竜車は急ブレーキをかけて止まり、青木がゴロゴロと音を立て転がっていた。
「どうした!」
真っ先に声を上げ動いたのはレッグさんだ、レッグさんの呼びかけに応じたのは竜車の手綱を握る運び屋だ。
「コボルトの群れだ!」
運び屋の声を聞き、瞬時に指示を出すレッグさん。
「全員速やかに竜車から降り周囲の状況を確認し、以降各自の判断に任せる」
レッグさんの指示に従い、全員竜車から降り警戒しながら周囲を見渡すと、前方を走っていた竜車が横転している。横転した拍子に投げ出され下敷きになってしまっている者や、投げ出された勢いで体を強く打ちつけ身動きが取れない者、意識を失っている者もいる。
竜車は全部で四台走っていたはずだが、残りの二台が見当たらない、うまく切り抜けたのだろうか。
俺達は複数の二足歩行で毛むくじゃらの、狼の頭部を持つ魔物コボルトによって周囲を取り囲まれている。
俺は無意識のうちに心の中で魔眼発動を唱え、魔眼を発動させ鞘から剣を抜き構えた。
レッグさんやザックさんはもちろん、他の冒険者達も各々武器を手に構え、リリーも弓を手に反射的に靫に手を伸ばし矢を取り、弦を弾き構える。
その光景を見て青木も慌ててガサガサと物音を立てながら背中の剣を引っこ抜いた。
「コイツはレッサーコボルトにコボルトだなっヒ。」
「油断するなよザック! 」
ザックさんとレッグさんの遣り取りを見て、俺も青木とリリーに声をかける。
「青木、リリー!、俺から離れるなよ!」
「こんな所で逸れたら洒落にならない!」
「はい。シン様」
青木はパニックを起こすんじゃないかと心配していたのだが、意外と落ち着いている、リリーは全く動じる事なく構えている。
この世界で生まれ育ち冒険者をしているのだから当然といえば当然の事なのかもしれない。
俺の魔眼は既に魔物達を捉えている。
魔眼によるとザックさんが言っていた通り、こいつ等はレッサーコボルトとコボルトの二種類に分類されるらしい。
どうやらレッサーコボルトは、通常のコボルトより体格が小さく、ゴブリンより少し大きいくらいだ。しかしコボルトは意外と大きく魔眼で確認しても、個体差はあるものの大体150から160センチ程ある。
コボルト達は武器などは所持してはいないようだが、生まれ持った鋭い爪と牙を備えている。あの鋭い爪や牙で皮膚を抉られればただでは済まない。
コボルト達は鋭い爪と牙を武器に、一斉に襲い掛かってきたのだが、ザックさんとレッグさんのコンビは強かった。
レッグさんは両手で剣を構え、正統派剣士といった剣術なのに対し、ザックさんは片手で剣を構えフェイシングのような出で立ちで、ゆらゆらと体を揺らしながら、まるで中国武術、酔剣の如くコボルトの攻撃をスルリと躱しながら確実に仕留めるように斬りつけていく。
縦横無尽に動き回るコボルトなど、雑魚だと言わんばかりに、右へ左へコボルトを切り伏せていく二人。
二人の剣捌きは素人目から見ても達人の域に達しているのではないかと思うほど惚れ惚れするものだった。
そんな二人に触発され俺だって負けていられないと、正面から突っ込んでくるレッサーコボルトに対し、念の為スピードランナーで速度を上昇し、正面から一刀両断に切り捨てる。
真っ赤な血飛沫を上げながら倒れるレッサーコボルトをよそ目に、跳躍したコボルトに火球を放つと、一瞬ザックさんやレッグさんに他の冒険者達が何故か俺を見てきたが、今は気にせず敵に集中する。
リリーは腰に下げた靫から三矢抜き取り、手に二矢持ち、口に一矢銜え、一矢放つと逆手に持っていた二矢目を放ち、透かさず口に銜えた三矢目を放つ、的確に放たれた矢はレッサーコボルトやコボルトの額を射抜いていく。ザックさんやレッグさんに負けず劣らずの弓の名手である。
青木はリリーに、そこだとかあそこだとか言ってるだけで何もしていなかった。そんな青木の後方からコボルトが飛びかかって来たとき、レッグさんの鋭い斬撃が放たれた。
「烈風斬!」
レッグさんの放った烈風斬は、刃に風を纏わせ、振り下ろされた刃の斬撃と合わさり、鋭い鎌鼬を生み出し、青木の背後に迫っていたコボルトを真っ二つに切り裂いた。
この世界にレベルという概念が存在しているのなら、それなりのレベルに達しなければ手にする事のない力、レベルが存在しないのであれば、相当鍛錬を積まなければ到底身につくものでわない力だ。
どちらにしろ一石二鳥で手に入るものではないだろう。そんなレッグさんの烈風斬を俺の魔眼があっという間に解析し、習得してしまったらしい。
『スキル 烈風斬 解析完了及び習得』
なんの苦労もなく、また新たなスキルを覚えたと同時に、四十匹程いたコボルト達は全滅していた。
コボルトの体から魔気が放射され、各自の腕輪へと流れ込んでいく。
腕輪が魔気を吸い取るのを見ていると、リリーが憧れの先輩でも見るような眼差しで近づいて来る。
「すごいです! シン様は無詠唱魔法の使い手だったのですね!」
っえ? 無詠唱魔法って、通常魔法を使う際には詠唱が必要だったのか。今まで何も考えずに使っていたから詠唱なんて必要ないものだと思い込んでいた。
だからさっき俺が火球を使った時、みんな俺の方をチラ見したのか。
「確かにすげーなぁっヒ」
「初級魔法だとしても無詠唱は確かにすごいな」
ザックさんにレッグさんも俺に近づき言葉をかけて褒めてくれている。
だけど初級魔法の火球でこんなに称賛してもらえるなら、中級魔法の絶対零度ならどうなるんだ。まぁ自慢するようで嫌だからあえて言わないけど。
それに俺の力というより魔眼の力だしな。魔眼は俺の力だけど。
「だ、だから言ったろリリー! 竜崎はその左目に魔王を封印したって! ホ、ホラ話じゃなかっただろ」
「はい。やはりシン様が予言の……それに青木さんの指示も的確でした!」
「と、当然だよリリーちゃん! 俺は聖魔協会のエースで観測者なんだ!」
堀川の言った事をずっと気にしていたのか青木。だとしても、また適当な事を言ってすぐに調子に乗る。ブタもおだてりゃ木に登るとは言うけど、煽ててもいないのに調子に乗るからタチが悪い。まぁもう別にいいけど。
それにしてもリリーが言ってる予言て何の事だ。変なフラグ踏んでなければいいんだけど。
冷めた目で青木を見ていたら、コボルトの襲撃で横転した竜車の下敷きになっていた者や、勢いよく竜車から放り出された者たちの介抱をしている、ザックさん達を手伝う事にした。
意識を失っている者やどこかしらの骨が折れている者もいる。意識のある者にレッグさんが声をかけている。
「大丈夫か? ポーションは持っているか」
レッグさんの問いかけに男は首を横に振っり応えている。ポーションといえばゲームなどで出てくる回復薬の事だけど、やっぱりこの世界には存在するのか。
「誰か回復魔法使える奴いねぇーかっヒ?」
「残念だが今回は緊急依頼だったからヒーラーは二名しかいない。ちなみに二名共ここにはいない、別の竜車に乗っている」
ザックさんとレッグさんの話を聞いていると、ヒーラーはこの世界にはあまりいないのか、今回たまたまいないのか分からないが、どちらにしても48人の冒険者に対して、緊急だったとはいえヒーラー少なすぎだろ。って回復魔法ヒール使えるから俺も一応ヒーラーなのか。
まだ鉱山に辿り着いてもいないのに、ここで味方が減るのは得策じゃない。
仕方ない、俺がヒールで癒してやるか。
と、思ったのも束の間、リリーがザックさん達に声をかけ、ヒールが使えると話している。
考えてみれば当然かもしれない、俺達の世界ではエルフって確か、光の精霊なんだよな。
こちらの世界で同じかは分からないけど、使えるって言ってるんだから間違ってても問題ない。
リリーは頭を強く打ち、意識なく横たわる冒険者に手を翳し呪文を唱え始めた。
「全ての生命に安らぎと癒しを与える光よ、汝に祝福の加護を与えたまえ、ヒール」
横たわる男の元に魔法陣が出現し、眩い光に包まれた。
数秒ほどで光は消え、男はゆっくりと目を開け、意識を取り戻した。
男が意識を取り戻した事を確認すると、リリーはそっと微笑んでいた。俺にはそんなリリーが女神にしか見えなかった。
「全員回復するとなると、かなり魔力を消耗しますね……」
魔法って使うと魔力が消耗して疲れるのか、じゃあなんで俺疲れないいんだ。
それとも俺は人より魔力が多いのか、どちらにせよ使い物にならない青木より、明らかに優秀なリリーをこんなところで消耗させるわけには行かないので、後は俺がやるか。
今この場には俺を含めた24名の冒険者がいて、そのうち負傷している冒険者は8名いる。
俺は意識を集中し、魔眼で捉えた8人に標準を定める。魔眼の補正も加わり難なく対象8人全員同時に回復魔法ヒールを発動させる。
「ヒール」
負傷した8人の元に魔法陣が形成され、眩い光に包まれ無事全員の治療が完了した。
治療し終わると妙な視線を数多く感じ、ふと周りを見渡すと、青木以外のこの場に居合わせた全員が、驚愕に目を見開き、言葉を失い固まっていた。
「すごいです。シン様!」
「なんだよ今のっヒ。同時に八つの魔法陣を展開させ、発動させるなんて聞いた事もねぇーっヒ!」
「しかも火球の時と同様無詠唱だ。この目で見ていなければ到底信じられん!」
驚愕に目を丸くしていた彼らが興奮した様子で一斉に口を開いていた。
そんな彼らの様子を目の当たりにした青木は、一体何がすごいのだろうと首をかしげキョロキョロと冒険者たちの様子を伺っていた。
俺も青木と同じだ、自分が凄い事をした感覚がない。ただ一人一人ヒールをかけていくのがめんどくさかったので、同時に行っただけの事なのだが、彼らからしたら常識的ではなかったようだ。
その後も少しの間、リリーやザックさんにレッグさん、それに他の冒険者から色々と質問攻めにあってしまった。そんな彼らの姿を見て、鼻高々にしていた青木の事が気になったけど、もういつもの事なので放って置く。
だが無詠唱で火球だけではなくヒールも扱える事が知られ、今回の討伐のリーダー的存在のレッグさんの、俺達三人に対する評価が上がり、即戦力に加えられたのは俺からすればあまり嬉しくない事だ。
それにリリーはともかく、なぜ青木まで評価が上がっているのか俺には意味がわからない。
コボルトの群れを倒し、負傷した冒険者達の傷も癒えた事で、安堵していた俺達だったが、一瞬で表情を曇らせる戦慄の断末魔が響き渡り、止まり木で羽を休めていた鳥たちも、一斉に驚き飛び去ってゆく。
「ああぁぁぁああぁ」
森林のあちこちから響き渡る絶望に似た叫びを聞き、レッグさんは迷う事なく即座に指示を出す。
「俺達はこのまま直進する、お前たちは北西と南西の方角を頼む」
「油断するなよ! 並の冒険者がコボルト如きに殺られたりしねぇーっヒ、ひょっとしたらコボルトキングが群れを率いていたのかもしれねぇっヒ」
俺たちに警告と、新手の可能性を告げると、振り返る事なくザックさん達は走り去ってしまった。
俺と青木とリリーの3人は、レッグさんの指示通り、警戒しながらも出来るだけ素早く北西方面へと移動を開始していた、森林を移動している間も、時折襲い来るコボルトを前衛で俺が斬り、後方からリリーが矢で射抜いていく。
基本とも言える陣形で、危うい場面を作り出す事なく、抜群のコンビネーションで進んでいく。俺とリリーは言葉を交わさずとも阿吽の呼吸が取れるようになっていた。
そんな中突然、女性の悲鳴が響き渡り、俺達は足を止め耳を澄まし、残響を頼りに声の主の位置を特定するため声を潜めた。
「シン様! 声は向こう側からです」
リリーは両耳に手を添え、特徴的な尖った耳をピクっと動かし、一切迷う事なく指を指し声の主の方角を指し示す。
「先行く!」
リリーと青木に先に一人で向かう事を告げ、リリーが指差す方向に体を向け、スピードランナーを発動させると力強く地面を蹴り上げ走り出す。