出会い
永久の森を去り、街に帰ってきた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
街は昼間とは雰囲気が変わり、街の至る所で明かりが灯る。
露天から漂うお肉の香ばしい香りと、酒場から聞こえる楽しそうな声に自然と笑みが溢れた。
俺も早くあの中に混ざって美味し物でも食べて嫌な事など忘れたいと思い、足早にギルドへと向かった。
ギルドの扉を開け、中に入ると、ギルドの中でも既に屈強な男達が杯を掲げながら武勇伝を語り合っていた。
屈強な男達の隙間を縫いながら支払い窓口へと進み、窓口のお姉さんに今日倒したゴブリンの報酬をどうすれば受け取れるのか伺うと。
お姉さんは笑顔で透明なクリスタルを取り出し、クリスタルに腕輪を近づけるように促した。
腕輪をクリスタルに近づけると、腕輪から黒い霧、魔気が発生しクリスタルへと流れ込んでいく。
魔気が流れ込むとクリスタルは薄黒く変色した。
お姉さんは机の下から鉄の天秤を取り出し、魔気を吸収したクリスタルを魔法陣が刻まれた天秤に掛けると「11500ルカですね」と微笑み1万ルカ札と千ルカ札、五百ルカ硬貨を手渡された。
てっきり金貨や銀貨で支払われるのかと思いきや、どうやらこちらの通貨は元の世界と大差ないようだ。
変色したクリスタルが気になったので聞いてみると、クリスタルは魔晶石と呼ばれるモノで、魔気を吸収する事で質のいい魔晶石へ変わり価値が上がるのだと教えてもらった。
ちなみにゴブリン23匹程度の魔気では魔晶石の価値はほとんど変わらないのだと。
それと言うまでもなく青木は一匹も魔物を狩っていないので報酬はない。
本当はもっと色々聞きたい事があったのだけど、なにせ朝食べてから何も口にしていないので、空腹でもはや限界だった。
受付のお姉さんにお礼を言って俺たちは早々にギルドを後にした。
ギルドを後にした俺達は近くにあった酒場へと入った。
店内にはカウンター席とテーブル席が設けられ、忙しなくウエイトレスの女の子達が料理を運び、店内の中央には楽器を手にした男の奏でる音色に合わせ踊り子の女の子が、煌びやかな衣装を身に纏い楽しげに踊っている。
店内にいる客達は杯を掲げる者や、指笛を鳴らす者、踊りに加わり陽気にステップを踏む者など様々な人々で溢れ返っている。
俺達は取り敢えず空いていたカウンター席に腰を下ろした。
すると直ぐに猫耳を生やした亜人の女の子がオーダーを取りに来てくれた。
「お客さん達見ない顔だニャン、ウチの店は初めてかニャン?」
ウエイトレスの女の子に目を奪われそうになったのだが、あまりジロジロ見ると失礼なのですぐに質問を返した。
「この店というかこの世界が初めてかな」
猫耳の女の子は俺と青木を交互に見てなるほどと頷き、水の入った木製のコップを俺たちの前にそっと置き、脇に挟んでいたメニュー表を差し出してきた。
「それは大変だったニャン。この店はパルムで一番の酒場、ムーンだニャン! 私はルーナ、ちなみに奥で調理しているあの人がこの店の女将さんのビッグママだニャン」
ルーナと名乗る亜人のウエイトレスが指差すカウンターの奥で、豪快に鍋を振り調理をしている大柄の女性がこの店の主らしい。
俺はルーナに渡されたメニュー表を開き真っ先に値段を確認する。
酒場ということもあり手頃な価格に少しホッとしたのだが、メニューを見てもどんな料理なのかさっぱりわからなかったので、メニュー表をルーナに返しおすすめの料理をお願いした。
「わかったニャン! 安くて美味しくてお腹いっぱいになる物をチョイスするニャン」
俺が値段を確認しホッとした事に気づいたのか、ルーナが気を利かせてくれたみたいだ。
「それはめちゃくちゃ助かるよ! ありがとうルーナ」
「どういたしましてニャン」
ルーナはカウンター奥で調理しているビッグママにオーダーを伝えると次のお客さんの所に行ってしまった。
俺はルーナが運んできてくれた木製のコップを手に取り、乾いた喉に流し込む。
疲れきった体に染み渡る甘酸っぱいレモン水がこの店の細やかな気配りと、サービス精神によるものなんだと感じられた。
隣に座る青木もレモン水を一気に流し込むと目を輝かせながら興奮気味に語ってきた。
「まるでおとぎ話だ! ファンタジーだ! 語尾にニャンだぞニャン! メイド喫茶の紛い物とは理由が違う!」
「ああ、流石にニャンは反則だよな!」
いつも通りの他愛もない話に花を咲かせていると、俺たちの前に次々と料理が並べられ、空腹に耐え兼ねて腹が鳴る。
隣に座る青木はヨダレを垂らしながら、待てと言われお預けをくらっている犬のようだ。
全ての料理がテーブルに並ぶと、料理を運んできてくれたルーナが「召し上がれニャン」と声をかけてくれた、その一言で俺達は目の前の料理に貪りついた。
「「いただきまーす」」
テーブルに並ぶ品には米が使われている料理があり、見た目も味もスペイン料理のパエリアそのものだった。
他にもミートソースを使った肉のソテー等、どれも一流レストランに出てきても遜色ない程の絶品だ。
もちろん一流レストランなんて行った事もないのだけど。
あまりの旨さと感動に思わず声が出る。
「うまい! マジで美味い!」
俺の声がデカ過ぎてカウンターの奥に居たこの店の主、ビッグママに聞こえたのか満足そうな笑顔で近づいてきた。
「ワハハハー、いい食いっぷりだね! そんなに美味い美味い言ってくれたら作り甲斐があるってもんだよ」
上機嫌で腕を組み、カウンターを挟んで向かえに立つビッグママからは妙な安心感が感じられる。
「お世辞とか抜きでマジで今まで食った飯の中で一番美味しいですよ!」
「こんなに美味しい料理は元の世界でも食べたことないよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいね! ところでお前さん達元の世界って? 異界送りに遭ったのかい?」
俺達は食事をしながら酒場、ムーンに来るまでの経緯をビッグママとルーナに話した。
「そりゃ大変だったね」
「たった二人でゴブリンをそんなに倒すなんてすごいニャン!」
俺達が話していると突然、後ろの席で食事をしていた数名が近寄り声を荒げた。
「今の話どういう事ですの!?」
「直美達が死んだって!」
「詳しく説明してくれないか?」
俺達に詰め寄り声を荒げたのは校内一のイケメン矢野祐也と、金髪縦ロールの坂下美穂にスポーツ系女子の五月沙也加だ。
どうやら矢野達もこの店で食事をしていたらしい。
矢野達が座っていた席にチラッと目をやると、堀川悟と田辺明彦の二人がこちらを気にする事もなく食事をしている。
俺は三人に永久の森での出来事を話した。
谷垣達を救出に行ったが既に手遅れだった事、その後谷垣を見取り、この街に帰ってきた事を説明すると五月が俺を睨みつけ、店内に響き渡る声量で怒鳴り散らした。
「嘘だー! そんなの嘘に決まってる! 直美達5人で勝てなかった魔物を肉ダルマと中二病の二人で倒したなんて信じない!」
黙って聞いていた矢野も五月の言葉に同調した。
「確かにちょっと信じられないな! 俺達でもゴブリン一匹倒すのにかなり手こずった。それをたった二人でゴブリンの巣に行き18匹も仕留めたって、いくらなんでも作りすぎだ!」
「正確には中二病の竜崎だけでですわ!」
三人の疑惑の眼差しが俺に向けられ、まるでお前達が谷垣達を見殺しにし、弱ったゴブリンに止めを刺し、自分達の手柄にしたのだろうと言われているようだった。
「何が言いたいんだよ」
俺はその視線に耐え切れず目を背け咄嗟に反論しようとした時、五月の目が充血し必死に涙を堪えているのが見えた。
「どうして見殺しにしたの?」
五月の理不尽な物言いに、黙っていた青木が堪らず声を出す。
「み、見殺しってなんだよ! 俺達は助けようとしたって言ってるだろ!」
青木が反論すると坂下はカッと睨みつけ、坂下の迫力に青木は萎縮してしまった。
萎縮した青木に透かさず坂下が詰め寄る。
「そんなの信じられないって言ってるんですのよ! 貴方私たちの言葉をちゃんと聞いてらしたの?」
何を言っても恐らく信じないだろうと黙っていたら、矢野が犯罪者を見るような目で俺を見て嘆息をつき、俺の感情を逆なでする。
「本当のことを言ってくれないか? 本当は谷垣さん達を見捨てて自分達だけで逃げたんだろ!」
見捨てた? 何言ってんだこいつ。
傍若無人な態度と言葉に頭に血が上った俺は溜め込んでいた不満の数々をぶちまけてしまった。
「見捨てたってなんだよ? 見捨てたのはお前達の方だろ? 勝手にそれぞれパーティーを組んでいなくなったのはお前達だろ? 相談して42人でちゃんとパーティー組んでいたらこんな最悪の自体は避けられただろ!」
頭の中ではわかっている、これ以上言ってはいけない事も、だけど一度火種を切った感情を止めれるほど俺は人が出来ていないんだ。
その所為で言わなくていい事まで口にし、相手を傷つけてしまう。普段からあまり良く思っていない矢野だったから余計に強く言ってしまったのかもしれない。
「俺がゴブリンの巣で18匹倒した事が信じられないってか? それはお前が弱いからだろ! なんで弱いお前基準で話が進むんだよ」
店内に俺の言葉が響き渡り、先程まで陽気に包まれていた店内のお客さん達が何事かとざわつきこちらを見ていた。
矢野は眉間にシワを寄せながら黙って俺の言葉を聞き、堪えていた五月の頬には涙が流れていた。
「だったら言ってくれればよかったじゃない! みんなで力を合わせようって」
「そうですわ! 私達もみんなパニックでそんな事を考えている余裕なんてなかったのよ!」
「言おうとしたよ! だけどその時にはもうみんないなかったんだよ!」
矢野は涙を流しながら異議を唱える五月の肩を抱き寄せ、見下し憐れむような目で俺の心を抉るように言葉を放つ。
「もういい! 竜崎……お前最低のクズ野郎だ。もう行こう」
捨て台詞を吐き矢野は坂下と五月を連れ、席で食事をしていた残りの二人に声をかけ、五人で店を出て行ってしまった。
俺は項垂れテーブルに頭を沈め、やり場のない思いを押し殺していた。
そんな俺を気にかけてくれたのか、ビッグママやルーナは優しく言葉をかけてくれた。
「お前さんが言い過ぎた所もあったかもしれないが気にする事はない」
「そうだニャン! 異界送りに遭って大変なのはお互い様だニャン」
会ったばっかりの俺を慰めてくれているのだろう。
その言葉に少し勇気付けられ頭を上げると、すぐ近くの席で飲んでいた冒険者風の男が近寄り酔った口調で話しかけてきた。
「ビッグママやルーナの言う通りだっヒ! 冒険者ならテメェの身はテメェで守れってんだ! それが冒険者のルールってもんだろっヒ。この世は弱肉強食なんだからよっヒ」
ものすごい酒の臭いと、馴れ馴れしい陽気な中年オヤジが俺の頭に手を置きくしゃくしゃと優しく撫でてきた。
「誰だよ!」
思わず突っ込んでしまった青木の言葉を受け、中年オヤジが自己紹介し始めた。
「俺かぁ! 俺の名はザック! お前達と同じ冒険者にしてお前達の先輩だな。まぁわかんねー事があったらなんでも聞いてくれよっヒ」
ザックと名乗るこの中年は、中年とは思えない程に鍛え抜かれた肉体で服の上からでもはっきりと分かるほど胸板は厚く、二の腕は丸太のように太く逞しかった。
わからない事があったら何でも聞いていいと言うので早速聞いてみる。
「じゃあ質問なんですけど、この街で今からでも泊まれる安い宿って知りませんか?」
「あぁ? お前らまだ宿決めてねーのかよ! そうだなぁ――」
中年冒険者ザックとの遣り取りを側で聞いていたビッグママが話に割り込んできた。
「寝るだけでいいならこの店の二階の物置部屋が空いてるから、そこでよけりゃ使いな」
ビッグママのその言葉に俺と青木は歓喜し、先程まで暗かった雰囲気が一気に吹き飛んだ。
「「いいんですか?」」
「構わないさ。異界送りに遭ったばかりで大変だろう。毛布ぐらいしか用意してやれないけど、この街にいる間はそこを使うといい! ただし飯はここで食えよ!」
「「はい」」
俺と青木は二つ返事だった。
人生捨てたもんじゃない、嫌な事があった後にはいい事があるもんだ。
それからビッグママとルーナとザックさん達と少し話をし、ルーナに案内され二階の物置部屋へと移動した。
物置部屋とビッグママは言っていたけど物なんて全然なく、綺麗な六畳ほどの部屋だった。
普段全然運動なんてしないし、したとしても体育の授業くらいなのに、今日は慣れない森を走り回り、ゴブリン達との死闘を繰り広げたからなのか、俺達は部屋に入ると泥のように眠りに落ちた。
目が覚めると床で寝ていた所為なのか、或は昨日走り回ったり、慣れない剣を振り回していたからなのか、体の節々が痛い。
寝ている青木を起こして一階に降りると既に酒場ムーンは昼の営業を開始していた。
ビッグママと目が合うと俺達は軽く会釈し「何か食べていきな」と言うビッグママの言葉に従い、昨日と同じ席に着き、ビッグママ特性サンドイッチを食べて支払いを済ませ酒場ムーンを後にした。
店を後にする際、お会計をしてくれたルーナが「いってらっしゃい」と手を振り送り出してくれた。
ムーンを後にした俺達は再びギルドへと来ていた。
というのも昨日の晩飯に4000ルカ、先ほどのサンドイッチに1000ルカ使い残金が6500ルカとなってしまったので、効率よく所持金を増やす為にギルドで何かいい依頼がないかと確認しに来たのだ。
依頼受付用窓口で今ある依頼を確認していたのだがいまいちパッとしない。
なぜなら依頼内容の質が判らないからだ。
例えば初日に聞いた隣街までの宅配や商人の護衛は時間もかかる上に、盗賊等に襲われる危険もある。
今見ている依頼も鉱山に潜むコボルトの討伐依頼なんだが、コボルトの数も強さもまるで判らない。
どうしたもんかと考えていると、ギルド内に張り出されている手配書をじーっと眺めている金髪の美少女が視界に入ってきた。
青木は俺の腕を掴み金髪美少女を凝視しながら毎度お馴染みの興奮であわあわしている。
「りゅ竜崎! エ、エルフだよなあれ!」
「まぁどう見てもエルフだな」
「何でそんなに落ち着いていられるんだよお前!」
コイツはもう本当にめんどくさい。いちいちオーバーリアクションしないと気が済まないのか?
そもそも猫耳生やしたルーナのような亜人種がいるならエルフがいたって何もいまさら驚くことじゃないだろと思うのだが、青木に言っても無駄か。
「これでも驚いているよ」
青木の馬鹿でかい声が聞こえたのか、エルフの美少女がこちらに近づいてきた! 気分を害してしまったのだろうか?
だとしたら謝ろう、こんな所で美少女と揉めたくはないからな。
「あの、私の顔になにか付いてますか? それともこの街ではエルフは嫌われているのですか?」
間近で見たエルフの美少女は本当に美少女だった。
晴れ渡った日の空のような瞳に、背中まで伸びた美しい金色の髪に、緑を基調とした服とショートパンツ、茶色のニーハイブーツから覗かせる太ももがなんともいい難い。
更に手に弓を持ち、腰に付けた靫が俺のエルフ像そのまんまなのだ。
青木の馬鹿の所為でこんな美少女に嫌われるのは嫌なのでとにかく誤解を解く事にした。
「違うんだ! 実は俺達昨日界送りってやつに遭って、この世界に来たばかりでエルフを見るのが初めてで嬉しかったんだ!」
美少女はキョトンとした表情で俺の瞳を真っ直ぐに見つめ不思議そうに尋ねる。
「エルフを見るのが嬉しいのですか?」
「そりゃもう嬉しいよ! 憧れだったんで!」
話に割り込んできた青木を手で遮り、話を続ける。
「俺達の居た世界ではエルフはおとぎ話というか、神秘的な存在として語られていたんだ。だから君を見た瞬間に嬉しくなったんだ」
「フフフそうだったんですね。てっきりリリーが何か気分を害する事をしてしまったのではないかと心配しちゃった」
手を口に当て、お上品に微笑む美少女はまさに天使! いや女神だと本気で思ってしまった。
それくらい彼女の笑顔は美しかった。
できる事ならお近づきになりたい、そう思った俺は女神に自己紹介して距離を縮めようと行動に出る。
「そういえば自己紹介がまだだったね。俺は竜崎慎一。で、こっちが青木拓斗。さっき言った通り異世界から来たんだ!」
先に名乗り自己紹介した事が好印象だったのか、女神は微笑み直ぐに名乗ってくれた。
「リリー……私はリリー=アスリッド=ベルです。此処よりずっと西からやってきました」
リリーと言い、すぐに私と言い直すところからきっと、普段は自分の事を名前で呼んでいるのかな。それにさっきも自分のことをリリーと呼んでいたし。
「エルフの国からやってきたの?」
「私たちの住む場所は国というより集落に近いかもしれませんね」
「さっき掲示板に貼られている手配書を見ていたようだったけど?」
うーん……と少し困った様子になってしまったので、何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと少し不安になったのだけど、リリーは恥ずかしそうに笑みを浮かべ。
「お金が……必要なんです。それで手っ取り早く稼げないものかと。」
この機を俺は逃さない、透かさず誘うべし。
「なら俺達と一緒に狩りをしない? 俺達も2人より3人の方が心強いし! もちろん取り分は均等に3等分で」
そうこれはチャンスだ。
自慢じゃないが俺は女の子の友達がいない、だから物心ついてからは一度も女の子と遊んだこともない。
だからこれはチャンスなんだ、苦節十八年ようやく迎えた春、例えそれが人間の女の子じゃなかったとしてもいい。
いやむしろエルフがいい。
「それはいい考えだよ!」
「本当ですか! 是非お願いします」
リリーは迷うことなく俺達とパーティーを組むことを承諾してくれた。
嬉しさのあまり、ついガッツポーズをしてしまいリリーにクスッと笑われてしまったが今の俺は気にしない。
この時の俺は有頂天だったが、後にこの出会いは運命だったのではないかと感じる。
だがこの時の俺達はまだ、この選択が後に自分達の人生の大きな分岐点になる事など予想もしていなかった。
リリーがパーティーに加わったので、俺達は何処に狩りに行くかを話し合っていた。
昨日は窓口のお姉さんに教えてもらった永久の森に狩りに行ったのだが、あの森は基本的に最弱のゴブリンしかいない。
リリーの先ほどの口振りではゴブリンを大量に狩っても意味ないだろう。
なぜなら昨日のゴブリン狩りで分かった事は、ゴブリン一匹の単価は500ルカだという事だ。
手配書を見ていたほどお金が必要なんだとしたら、そんなもん何十匹狩ろうがなんの足しにもならないだろう。
それに何よりあの森にはできる事ならもう、俺も青木も近づきたくない。
さぁどうしたもんかと考えていたらリリーが提案してきた。
「此処から南東の方角に沼地があるんですが、そこにはリザードマンが多く生息しているので、効率よく狩りができるんじゃないでしょうか?」
「リ、リザードマン!?」
リリーの言葉に青木は明らかに動揺している。
無理もないゴブリンからいきなりレベルが跳ね上がっているのだ。
というかコイツは昨日ゴブリンすら一匹も狩れていないんだ、それが次の日にはリザードマン狩りなんて青木に死ねと言ってるようなもんだろ。
まぁもちろんリリーには何の悪気もないのだけど。
もしかしてリリーって見た目によらずめちゃくちゃ強いのか?
だとしたら一緒に狩りに行こうとか誘っておいて俺達めっちゃ足でまといなんじゃねーか。
とはいえリザードマンは青木には酷だし、俺だって辛い、というか怖い、それとなく別のモノに誘導してみるか。
「リザードマンなぁ……そうだなぁ。でもあの辺りはそこそこの冒険者が結構狩りに行ってるから、狩場を確保するのも大変なんじゃないかなぁ? なぁ青木?」
「お……おう! そうだな! 俺達クラスになったらもっと人の為に成る事をしながら稼いだほうがいいんじゃないか?」
俺の意図に気がつき、咄嗟に話を合わせてくる辺りはさすがだ。伊達に付き合いが長いわけじゃない。
「それもそうですね! お二人はそんなところまで見越しているのですね! 元の世界でもかなり名のある冒険者だったのですね!」
リリーの何気ない一言に調子に乗って大ボラを吹き出す青木は、それがさらに自分の首を絞める事を知らないのだろうか。
「もちろんだよ! 元いた世界では俺は聖魔協会って所のエースで、竜崎は魔王をその左目に封印した英雄なんだから」
このバカ何言ってんだよ。うわぁ、リリーの瞳が輝いてるじゃないか。この肉ダルマ責任取れるのかよ、ダメだ青木のバカ完全に調子に乗ってやがる。
「す、すごいです! この出会いは偶然ではなかったのですね! メルナー様の予言は正しかったんだわ」
ああ、信じちゃったよ、ってっえ? メルナー様って誰、予言てなに。
ほら見ろ肉ダルマ。テメェーのおかげでとんでもない事になってるじゃねーかよ。
「シン様! お願いが――」
リリーが何か言いかけたその時、ギルド内にカンカンカンと音が鳴り響き、窓口のお姉さんが慌てた様子で窓口から飛び出して来た。
「緊急依頼です! 手の空いておられる冒険者の方は出来るだけ参加してください! 依頼内容は此処から北西にある鉱山で、指名手配魔物ミノタウロスブラックが確認され、多くの鉱石所の作業員が洞窟内に取り残されています! 依頼を受けられる方は今から15分後に西門にお集まりください!」
俺と青木は何事かと立ち尽くしていると、リリーは俺の正面に回り込み瞳を輝かせ、まるでヒーローショーを見に来た子供が憧れのヒーローを間近で見るような目で俺を見てきた。
「シン様! 先程青木さんが言っていた人の為とはこのことですね! さぁ行きましょう!」
「「え?」」
口は災いの元と言うけれど、青木は災いどころではない貧乏神だ。 いや、死神だ。
ってか指名手配魔物ミノタウロスブラックってなんだよ!
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。m(_ _)m