森とゴブリン
ユニークスキルや加護の事は今は置いといて、親切な受付のお姉さんから聞いた依頼について考えよう。
なんたって元の世界に帰還する方法が見つかるまでの間、この世界で生きていかないといけないんだ。
それにはまず先立つものがいる、金だ。
金がないと食べるものすら買えない。
そこでギルドの依頼についてなんだけど。
お姉さんの話だとギルドでは様々な人から様々な依頼を請負、ギルドに在籍する者に仕事を流している。ギルドは国を問わず世界中に存在するらしい、何処のギルドで登録をしても扱いは変わらないとの事。
仕事内容は簡単な依頼だと、隣街までのお使いらしいのだが、隣街と言っても徒歩だと三日は掛かるらしく、道中魔物や盗賊に襲われる危険もあるんだとか。
魔物の強さもわからないうちは遠出はかなり危険だ。
何より一つの依頼をパーティーを組んで受けたとしても、報酬額が上がるわじゃない。
魔物を倒して得られる魔気も、止めを刺した奴にしか入らないらしいし、俺達は山中先生を含めると42人とかなりの大所帯だ。
流石に42人でパーティーを組むのは効率が悪い。かといって弱い者を見捨てるのも違う、この世界で頼れるのは3年3組のクラスメイトだけなんだ。
効率よく稼ぐには6人ひと組のパーティーを7チーム作り、2チーム12人ずつで行動して、余った1チームは緊急時の救援、又は援護チームにして、緊急時チームをローテーションで回せば休息も取れるな。
クラスのみんなの前で話すのは得意じゃないけど、とりあえず俺の意見を聞いてもらうか、と頭の中で考えを整理し振り返ると、青木が神妙な顔で立っていた。
「どうしたんだ青木?」
「竜崎、俺とパーティー組んでくれるか?」
「何言ってんだ当たり前だろ!」
俺の言葉に安堵の表情を見せる青木、そんな青木に俺は今しがた考えたプランを話そう。
「俺の考えを聞いてくれ青木!」
「考え?」
「俺たちは42人もいるだろ? だから最初に6人ひと組のパーティーを7チーム編成してだな――」
「ちょっと待ってくれ竜崎!」
「ん? なんだよ?」
「もうみんな……行っちゃったよ」
「は? 行っちゃったって何が? 何処へ?」
なに言ってんだよこいつ、行ったって何がだよ、俺もお前もここにいるだろ。
まさか40人でパーティー組んで俺達は見捨てられたってか? ぼっちか? ふたりぼっちなのか?
「落ち着けよ竜崎! みんなそれぞれパーティー組んで行ったんだよ! 矢野は坂下達と5人で、鮫島達も4人でパーティー組んで、残ったのは俺と竜崎だけなんだ。俺だって止めようとしたんだ、でも俺はみんなから肉ダルマって言われてキモがられてるだろ……怖いんだよ、影で言われるのはいいんだ、もう慣れてるから、でもやっぱり面と向かって言われると思うと、声かけられなかったんだ」
唐突過ぎて、何がなんだか分かんなくなって、血液が脳に大量に流れ込み、血管がはち切れるんじゃなかって思う程に怒りがこみ上げてきた。
この異世界で俺達は協力しないといけないんじゃないのか? どんな魔物がいてどんな危険な目に遭遇するかも分からない、だからこそ俺達は互いに手を取り合って、力を合わせないといけないんだ。
それなのになんの相談もしないで、それぞれパーティー組んで好き勝手やりますってか?
ふざけるなよ――!
「ごめんな……」
爆発しそうな俺の怒りは俯き、拳を握り締め立ち尽くす青木が視界に入ったと同時に消えていた。
お前は何も悪くない、お前が謝る事なんて何もないんだよ青木。
ほんと馬鹿だよな俺、41人の頼れる仲間? いらねーよ! 信じられる仲間は一人で十分だろ?
冒険は始まったばかりなんだ。
これから築き上げればいいんだ。俺と青木で信じられる仲間とのまだ未ぬ出会いを信じて。
「なにしけた面してんだよ相棒!」
「でも竜崎、俺達二人じゃ……」
「忘れたか青木! 我はかつて世界を恐怖と絶望の淵へ追いやった魔王を封印し! この左目に魔王を宿す者!」
左手で左目を覆い隠し、中二病全開のポーズを決めるが……顔が焼ける程熱くて、恥ずかしくて死にそうだ。
「竜崎……」
微かに聞こえた、俯き悔しそうに拳を握り締める青木が俺の名前を呼ぶ声。
その声はどこか儚げで、だけど何かを決心した声のようだった。
俯いて、立ち尽くしていた青木の握り締められた拳に力が込められるのが分かった。
「フハハハハーー忘れるものか! 俺は青木拓斗、聖魔協会から送り込まれた観測者! この状況も偶然ではなく必然、全てはシナリオ通り。お前を見定めるのに大勢の前では都合が悪いのでな!」
目と目が一瞬合って、俺達はただ笑い合った、この世界に来て初めてバカ笑いしたんだ。
そんな俺達の遣り取りを、遠巻きに見ていた冒険者達は気味悪かっただろうな!
「な、何なんだあいつら?」
「おいよせ、関わんねー方がいい」
「ああいう輩が一番タチが悪いんだ」
「だな、触らぬ神に祟りなしだな!」
そして俺は青木に教えてやった。
「ちなみにだな相棒、観測者は監視者じゃないぞ、ただ見てるだけの存在だから見定めるは違うんじゃないか?」
「そ、そなことは知ってるよ……ただ観測者って響きがかっこいいだろ!」
なんていつもと変わらない会話を楽しみながら、再びお姉さんのところに行き、俺達は冒険者見習いという事で、初心者用の装備を一式レンタルしギルドを後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
街を歩きながら、街の南に位置する門を目指していた。
南に位置する門は俺たちが始めに通ってきた門とは別の門だ。
俺達が一番最初に通った門は街の東に位置し、街の出入り口は東西南北に位置する四ヶ所、俺達はギルドのお姉さんに比較的安全な魔物の狩場を教わった。
街の南西に永久の森と呼ばれる森が存在し、見習い冒険者でも比較的に倒しやすいゴブリンが結構生息しているらしい。
俺のゲームの知識からしてもゴブリンは雑魚と相場が決まってる。
だけどこれはゲームじゃない現実だ。いくら相手が最弱の魔物でも、殺される事もあるのだから油断はしないつもりだ。
とはいえ俺達も冒険者なのだ、ゴブリンに臆していてはこの先冒険者としては生きていけないだろ。
レンタル装備の甲斐もあって、見た目も少しは冒険者らしくなっただろ。
装備といっても鎧を着用しているわけじゃない。
ポンチョのようなふわっとした上着、といってもポンチョではない。
袖丈がしっかり手首まであり、首元は長く、顎を引いたら口元まで隠れそうだ。パンツは至って普通、靴は上履きからブーツへと履き替えた。
鎧も試してみたけど、重すぎてまともに動けそうになかったので却下、鎧ほど耐久性はないけど、この服も一応魔力コーティングってのがされていて、耐久性はそこそこあるらしい。学生服よりは断然いい。
もちろん青木が着用しているのも魔力コーティングされている。
ちなみに武器は二人共剣を選択し、俺は腰からぶら提げ、青木は肩から背中に背負っている、なんでもその方が勇者ぽいんだと。
ちなみにここはカルタ王国のパルムと呼ばれる街。
そして俺達は今、南門を通り、南西方面に向かい歩行しているのだが、永久の森に着くまでに青木がスキルや加護を得ているのかだけ確認しておく。
「ところで青木、お前はなんかスキルとかあったのか?」
「ああ、どんな能力なのかまではわからないけど、ユニークスキルが二種と加護が一種あったよ」
青木にもユニークスキルが二種と、加護が一種存在していたということは、ひょっとしたらユニークスキルと加護は誰もが得られている能力なのかもな。
「そうかやっぱり能力まではわからないのか。使い方とか分かるか?」
「さっき何度か試してみたんだけどダメみたい。発動条件とかあるのかな?」
てかコイツもう試してたのかよ。俺はまだ試してもないんだけど、いきなり戦闘で使うよりも使えるなら試していた方がいいな。
ただ使うって言っても青木と同様どうすればいいのか分からん。
「魔眼発動……とか言えばいいのか?」
半分冗談で口にした瞬間、俺の左目から黒い靄が噴出し、靄は俺の左目数センチ手前で小さな魔法陣を描き、左目から5cm程距離を取り宙に浮いている。
情景反射で咄嗟に左に頭を振ると、魔法陣も目の位置に合わせて移動し、まるで見えない糸か何かでくっついているようだ。そして頭を左に振った事で俺の左側を並んで歩く青木が目に飛び込んできた。
視界に映る青木の顔は輝きに満ちていた。
「りゅ、竜崎! お前マジで魔眼の使い手だったのか! 俺はてっきり中二病をこじらせた痛い奴だとばかり思っていた」
「お前にだけは言われとうないわー。つーかお前俺のことそんな風に思ってたのかよ」
「っあつい本音が」
「っあつい本音がじゃねーよ! それに俺はもう中二病は克服したんだよ」
「中二病を克服したって何の冗談だよ、ハハ笑える、お前は一生中二のチェリーで俺の親友さ」
「黙れ!」
青木とくだらない言い合いをしていて気づかなかったが、左目に映る魔法陣の中に何か書いてある。
『身長162cm 体重101kg バストウエストヒップ エトセトラ』
おそらく青木の情報を、魔法陣を通して俺に教えているんだ。
この情報が正しいのか青木に直接聞いてみて確かめておく。
「青木って身長162cm体重101kgか?」
何気なく聞いたつもりが地雷だったようだ。青木はまるで日光の猿の如く顔を真っ赤に染め上げ、怒涛の勢いで唾を撒き散らしながら反論してきた。
「確かに身長は合っているけど体重は間違ってる、二週間前に体重を量った時には99kgだったんだ! それが101kgだと! 寝言は寝てから言うもんだろ? わかってるのか二週間だぞ二週間! たった二週間で2kgも増量するわけな――」
こんなに怒る事なのか、正直俺にはその2kgの差が分からん、それに最後の方何言ってんのか分かんねぇし、でもひとつ判った事がある、青木の前で体重の話は禁句だな。
「頭から湯気が出てるぞ青木! とにかく一旦落ち着け、なぁ」
「そうだな、でもなんで体重は外れてたにしても身長がわかったんだ?」
いや外れてないから、多分合ってるからと心の中で叫んでみたものの、口にはしない、めんどくさい事になりそうだから。そんな事はいいとして、俺は目的地に向かうまでの間に左目に張り付いてる魔法陣について青木と話し合った。
青木は先程までの沸騰しかけたヤカンとは違い、冷静さを取り戻し、右手を顎に当て、俺の魔眼について考えてくれているようだ。
「情報収集系のユニークスキルなのかな? まだ情報が足りないな」
青木もユニークスキルが二種あるらしいが一体なんという名のスキル名なんだろ。
「青木のユニークスキルはなんてスキルなんだ?」
「俺のはユニークスキル観測者と魔王の右腕、加護が倒れぬ者だな。せめて使い方ぐらい記載してて欲しいよな」
観測者ってどこかで聞いた事あるフレーズだなと苦笑いを浮かべ、もうひとつのユニークスキル魔王の右腕にしても加護の方にしても、当たり前だけど、スキル名だけじゃさっぱり分からない。
俺の魔眼もそうだけど、青木の観測者も俺達の過去の言動に関係している名前のスキルなのは何故なんだろう。
他のクラスメイト達も、過去の自分に関係のある事がユニークスキルになっているのだろうか。いない奴らの事を考えても仕方ないか。
俺は言葉にする事で魔眼を発動する事ができたが、青木は既にユニークスキルの発動を試みたみたいだが、発動はしなかったらしい。
青木のユニークスキルには何らかの発動条件があるのだろ。
何故なら俺の『中二病』も、言葉にしても発動しなかったからだ。
仮に発動条件があるのなら、何も分からない状態で条件を満たす事はかなり厳しそうだ。
今俺達が唯一使えるスキルは俺のこの魔眼だけだ。
それなのに俺たちは今から魔物と戦わなきゃいけないんだ、そうしなければこの世界で金銭を得る手段がない、金銭がなければ食料を得る手段もない。
つまり生きはていけない。
青木の推測通り、ユニークスキル『魔眼』が情報収集用のスキルだとすれば不味い。
一応戦う為の剣は持ってはいるものの、剣なんてもちろん振った事がない。
青木はその体型からも分かるように運動神経がない、俺も人の事は言えないが、青木よりはマシと言うだけで運動神経がいい方とは言い難い。
つまりこのまま魔物に遭遇して戦闘になったら、いくら相手が弱小のゴブリンでもヤバイだろうなと考えている。
考えているうちにどうやら永久の森についてしまったようだ。
所狭しと木々が覆い尽くし、陽の光を遮断し、森に立ち入る事は許さないと言わんばかりに大きな大木が立ちはだかっていた。
肌でひしひしと感じる物言わぬ威圧感に、思わず臆してしまいそうになるが、勇猛に果敢に踏み込まなければ、この先この世界で生きてなどいけない。
森に入口なんてものはなく、茂みや木々を縫うように進んで行くと、獣道と呼べる道筋へと抜け、湿った風が流れ込んできて背筋に力が入り、薄気味悪い空気感を漂わせる。森が放つ不気味さは、都会育ちで自然とは縁遠い生活をしていた俺に、妙な緊張感を持たせる。
なにより先程から鳥のような動物の鳴き声が森中に響き渡り、まるで森が俺達を拒んでいるようにも感じ取れた。
「不気味だな」
コクりと喉を鳴らし、引きずった顔には額から汗が流れ、青木の囁くような言葉を聞いた俺も、青木と顔を見合わせ頷き、ふと疑問に思った事を口にした。
「見習い冒険者が来る森なのに、俺たち以外に誰もいないのか?」
「この森かなり深そうだからもっと先に行けば誰かに会うかも、って見てよあれ!」
青木が驚いた顔で指指さした方角に視線をやると、見覚えのある黒縁眼鏡が落ちている。
眼鏡の元まで駆け寄り、眼鏡を拾い上げた手に、ねちゃっとした感触が指先に伝わり、途端に背筋が凍る。左背後にいた青木に視線を送ると、青ざめた表情で眼鏡を凝視していた。
「これって……」
「ああ」
俺達にはこの眼鏡の持ち主に心当たりがあった。
俺達と同じくこの世界に来た三年三組の一人、委員長の谷垣直美だ。
眼鏡が落ちていた周囲をよく観察してみると、先程までは緊張であまり周りが見えていなかったが、眼鏡が落ちていた辺に所々血痕が付着している。
さらに何かを引きずった跡が見て取れる。
「これヤバくないか……谷垣さんは確か5人パーティーを組んでいたんだ、それなのにやられたとすると、2人の俺達に勝ち目なんてないじゃないか!」
血痕の付着した眼鏡を肉眼で確認した青木は、動揺し、髪をかきむしり狼狽えている。
「落ち着け青木! まだ谷垣達が殺られたと決まった訳じゃない。怪我をして動けなくなってどこかに身を潜めているのかもしれない!」
「だけどー」
俺は青木の言葉を遮り、青木を落ち着かせるように話を続けた。
「もし怪我をして動けない状況にいるのなら助けを待っているはずだ! 血の量からしても一度街に戻って助けを呼びに帰っている時間はない! 分かるだろ青木、考えている時間はないんだ!」
「そう……だな」
青木にはそう言ったものの、俺達二人が助けに行ってどうにかなる状況なのか? それに考えたくはないが既に手遅れになっている可能性だってある。
この永久の森にはゴブリンが多く生息しているらしいが、いくら最弱魔物とはいえ、数で圧倒されれば一溜まりもない。そもそも一度も魔物と戦った事のない俺達で何ができるというのだろう。
もしも望みがあるとするならユニークスキルだ! だが肝心の魔眼の使い方が分からない。
っクソどうすりゃいいんだよ!
「竜崎!」
思考を巡らせていると、突然青木が声を荒げて俺の名前を叫んだ。
考える事を止め、青木の視線の先へと目を凝らし、意識を集中させる。
カサカサと茂みが擦れ合う音に緊張は高まり、無意識の間に拳を握り締め、右足を一歩引き、駆け出す準備をしていた。
これが動物的本能なのだろう。得体の知れない未知の恐怖に襲われた時、考えるよりも先に体が動き、人もまた野生の動物に近くなるのだろう。
「青木逃げる準備しと――」
青木に逃げる意思を伝えようとした直後、右頬に微かな痛みが生じ、右手で頬に触れると、ヌメっとした感触が指先に伝わると同時に、それが自らの体内に流れる血液で、皮膚が裂け、溢れ落ちたものだと悟る。
直後茂みの奥から小さな人影を見つける、『否』それは人ではなくゴブリン、身長は小さく小学生低学年程の体型で、手にはそれぞれ剣に槍に弓を所持している。
茂みから姿を現したゴブリンの数は3……4………5匹!
剣を手にするゴブリンが2匹、さらに弓を持つゴブリンが二匹、最後に槍を掲げるゴブリンが1匹の計5匹だ。
ゴブリンはこちらを威嚇し、弓を手にしているゴブリンが矢を構えている。
間違いない、この頬の痛みはあの矢が掠ってできたものだ。直撃していたら死んでたんじゃないのか、躊躇する事なく矢を放ち、人間を恐る事もなく姿を見せるゴブリンが5匹も……無理だ。
まともにやって勝てるきがしない、こっちは2人なんだ、ここは一度引いて作戦を立てるべきだ。
「青木ここは一度引くぞ!」
「お、おう」
俺は青木に逃げる事を伝え、全速力で駆け出し、流し目で後方を振り返ると、青木は俺とは逆の方向へと駆け出していた。
「くっそ」
思わず愚痴が溢れる、このままだと状況は最悪だ。現に俺の後方にはゴブリンが3匹も追いかけてきている。剣に槍に弓、なんでよりによって俺の方に3匹も来るんだよ。
なぜこうなったのかを必死に思い出していたんだが、もうそれどころじゃない。
額からは汗が流れ落ち、心拍数が上昇していくのが分かる、とにかくこのままだと時期に体力が尽きて俺の足が止まるのも時間の問題だ。
逆方向へと走り出していった青木はダルマ体型だ、俺より先に足が止まる事は容易に想像がつく、体力が完全に無くなってからだと勝機はなくなる。
やるなら今しかない。
俺は走るのを止め、後方から迫り来るゴブリンへと向きを変え、左腰に提げていた剣の柄に右手を伸ばし、そのまま鞘から抜刀しゴブリン達を迎え撃つ事にした、咄嗟にあの言葉を口にしていたのは動物的感だったのか、頼れるものが他になかったからなのかは分からない。
「魔眼発動!」
言葉が引き金となり、左目から漆黒の靄が溢れ出し、弧を描いた靄は円形状の魔法陣を創り上げた。
振り向くと同時に抜刀し、何らかのスキルを使った事に警戒したのか、ゴブリンは3匹とも俺から距離を取り、横並びになる形でその場に留まり、こちらの出方を伺っている。
ゴブリン達と対峙する形になった俺は、向かって右側の弓を手にするゴブリンに視線を向ける、すると左目に張り付く魔法陣の中に文字が浮かび上がる。
『種族 ゴブリン 雄 身長86cm体重19kg 木製の弓 予測される弓矢の射程距離7m 有効手段火属性魔法 初級魔法火球使用可能』
な、なんだ? 確かに青木を左目に張り付いている魔法陣を通して見た時にも、青木の個人情報が記されていたが、今回は射程距離や有効手段まで教えてくれているようだ!
それに火球使用可能と書かれているが、最初に腕輪の機能で確認した時には魔法は一切なかったはずだ。
それなのに現在は魔法が使用可能とはどういう事なのだろう。
念の為残りの2匹も視てみると、弓のゴブリン同様に情報が記される。
『種族、ゴブリン雄、身長84cm体重17kg、短剣、有効手段火属性魔法、初級魔法火球使用可能』
『種族、ゴブリン雄、身長88cm体重20kg、石槍、有効手段火属性魔法、初級魔法火球使用可能』
もしも本当に火球が使えるならやれる!
ただ問題はどうやって使用するかだ。もしユニークスキル魔眼と同じなら、言葉に反応して発動するのか、或は念じることで発動するかだ。
青木の事も心配だ。時間はない、考えるより動けだ! 右手は剣で塞がっている、左手に意識を集中させるんだ。
「っは!」
あまりにも簡単に出来てしまったのでつい驚いた、というのも左の掌に意識を集中させると、左目に張り付いている魔法陣から更に魔法陣が出現し、左の掌に数cm間隔を空け宙に浮いている。
左目の魔法陣の直径が5cm程度なのに対して、掌の魔法陣は直径30cmもありかなり大きい。
俺は左手を前に翳し、正面で睨みを利かせて剣を手にするゴブリンに標的を定め、力一杯に叫んだ。
「火球!」
火球の掛け声と同時に魔法陣から40cm程の火球が発射され、周囲に熱風が吹き荒れ、豪っと轟音が響き渡り、直線上にいるゴブリンに命中した。
火球を全身に受けたゴブリンは10m以上後方へと吹き飛び、瞬時に消し炭と化した。
「す、すげぇ!」
思わずその威力と初めての魔法に感極まり言葉が漏れる、だが安心するのはまだ早い、敵はまだ2匹残っているのだから。
その刹那、左目の魔法陣が警告を知らせる。
『危険、後方への回避行動をお勧めします』
少し焦りはしたものの、魔眼の指示に従い後方へ華麗なステップを決めた直後、右斜め前方から矢が目の前を通り過ぎ、左前方から槍を持ったゴブリンが駆け込み鼻先を槍が掠めた。
あとコンマ数秒遅れていたらタダでは済まなかっただろう。
魔眼の指示に助けられた。
だが今のではっきりした、このユニークスキル魔眼はかなり優秀だ、敵の攻撃を感知し、知らせてくれるのだから、回避行動さえしっかりと行っていれば敵の攻撃をまともに受ける事もない。
意識を敵に集中させ、左前方にいる槍ゴブリンに再び火球を放ち、右前方から距離を取り、矢を放ってくる姑息なゴブリンに突撃し、右手に構える剣を突き刺した。
大量の血液を撒き散らしながら弓ゴブリンは呻き声を上げ、その声量が小さくなっていくにつれて、ピクリとも動かなくなった。
初めて生き物をこの手にかけたからなのか、鼓動は高鳴り息が荒れ、剣の柄を持つ右手は硬直し、開く事ができなかった。
全身に浴びた返り血の生臭さと、周囲から立ち込める生き物の焼ける臭いで、吐き気を感じたがグッと堪えた。
3匹のゴブリンの横たわる肉体から真っ黒な霧が放出され、左腕に装着していた腕輪へと流れ込む。
それはまるで腕輪が魂を喰らっているように見え、さながら冒険者は死神のようだと感じた。
安堵したと同時に、なんとも言い難い罪悪感に苛まされそうになる心を押し殺し、ここまで走ってきた道のりを振り返り、友の身を案じた。
「無事でいてくれよ青木! 今行くからな!」
立ち止まる事はしないのだと、踏み出した一歩に力を込め、今歩き出す。
ご愛読ありがとうございます。