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第三話。狼親子と異世界娘。

「我々を捕まえて、なにをしようと言うのだ、人間よ」

 黒い影が、二人の前に聳えていた。

 

 

 見上げるほどの体躯。見上げた先、三白眼になるほど瞳を上げたその先に、ようやく紅の瞳が一対、その下半分が姿を現した。

 

 四本あるであろうその足、左右の足までの直線距離は、目の前が全てこの影でうまるほど。目をそれぞれの方向に寄せて、やっと足が見える。

 

 氷狼ひょうろうを十倍二十倍の縮尺で巨大化させたようなその形は、今さっきまで二人と対峙していた彼を成長させた姿に間違いなかった。

 

 巨大な影の体の真ん中、その前に、ちょこんと氷狼がおすわりしていることから、その大きさが桁違いであることがわかる。

 

 

「魔力を受けてなくても、喋ってるぞ、こいつ」

 ぼんやりと黒い影を見て、疑問とも驚きとも取れる胡乱うろんな声を出したネイオット。

 

「たしかに、直接声が出てる」

 こちらも驚きの呟きを漏らしたカグハはしかし、

「わからない。ぼくたちはあなたたちを捕まえて来るように頼まれただけだから」

 すぐに気を取り直して答えた。

 

『とーさん。こいつら、特にこっちのツンツン頭はオレをおとなしくさせるって、いきなり殴りかかって来たんだ』

 明確に親子だとわかり、子供を巨大化した姿を目の前の父親に重ねて違和感がないことに納得する二人。

 

「妙な熱は貴殿の魔法か」

「あ、はい」

 問われて、少し面喰ってしまい返事が遅れたカグハ。

 

「おかしな娘だ。この世界とは違う魔力をいくつも持っている。まるで層になっているように」

 息を飲むカグハ、その声は作っている少年のそれではない彼女そのもの、輝夜姫てるのよひめの物。

 

「娘? なに言ってんだお前。こいつは男だぞ。たまにちょっと女っぽくなることがあるけどな」

 まったく親氷狼氷魔狼フェンリルの言うことを信じていないネイオットは一笑に付した。

 

 

『一目見て、わたくしの在り方を見抜く。それが、長く生きたあなた方氷狼ひょうろうの才、と言うことですか?』

『ほう。魔力を通して言葉を伝える。わたしが知る限りだが、この世界の人間にはない技術だな』

 

 カグハ(素)の事情を察したらしく、氷魔狼フェンリルは同じように口を開けることなく、さきほどのカグハの魔法と同じ方法で、魔力の波長を合わせて会話をしている。

 

『そうだな。長く生きていればこの世界の魔力の質は理解できる。ただ貴殿には知らない魔力が幾重にも感じられた、それだけのことだ』

 

『そうですか』

『それで娘。いったい貴殿はなにものだ? 横の少年ともまた別のようだが』

 

 

『わたくしは……』

 答えに詰まる。見つめ合う巨大な黒い狼と一人の少年。不思議そうに顔を見合わせる小さな狼と一人の黒髪少年。

 

『ただの……一人の人を愛し続けているだけの。……焦がれる乙女です』

 火の球の魔法があってもなお寒いこのアイスバーグと言う空間にあっても、カグハ(少女)の羞恥心は全身に熱を爆ぜさせ、真っ赤に体中を染め上げさせた。

 

「お前ら……いったい。なにを話したんだ?」

 カグハの真っ赤になると言う明らかな変化で、会話していたことを察したネイオットは、呆れた半笑いのような変な顔で疑問を、誰にともなく発した。

 

「なっ、なななっ! ないしょですっっ」

 両手を顔の前でブンブン振りながら否定を答えるその声は、まだ異界の少女のままだった。

 

「あ、ああ……そう」

 あまりにも必死なので、ネイオットは変な顔のままそう言った。

 

 

『お前、変な奴だな。最初っから。子供扱いとか犬扱いとかするのは気に入らないけど。お前、好きだ。好きだけど嫌いだ』

 

「フフフ。ありがとう」

 少年カグハに戻り切らない、少女と少年の間な声で、にこやかにそう言うカグハ。

 

「ちぇ。なんだよ、お前だけ認められやがって」

『だってお前は、最初から狩りに来たから嫌いだ』

「ああそうですか」

 諦めた溜息交じりに言いながら、三本角のような髪の毛の後ろ 後頭部をバリバリと掻いた。

 

「それで、どうするんだ? 俺達の目的は、お前たち氷狼ひょうろうを捕まえることだぞ」

 気を取り直してネイオット、狼親子のどちらにでもなく問いかける。

 

むくろであれば提供するが、それではどうだ?」

「どうする? つがいでほしいとか、生きてる奴が一番望ましいって言ってたけど」

 

「そうだなぁ」

 少し腕を組んで考える様子を見せたカグハは、フフフ となにか意味ありげに笑う。

 

「なんだ?」

「なるべく、なんだったら。死体でもいい、ってことだよね?」

「ま、まあ。たしかにな」

「ってことだから。氷魔狼フェンリルさん。お願いします」

 

「わかった。少し待っていてくれ」

 言うと見上げるほどの巨狼は、くるりと背を向けてザブザブと雪に足を埋めながら、どこかへと歩いて行く。

 

「歩き難そうだな、あいつ」

「そうだね」

 二人は、歩いて行く狼を見て楽しげに笑った。それを見て、『とーさんを笑うな』と子供狼が吼えたが、それもまた二人には楽しいことだった。

 

 

***

 

 

「これでいいかな」

 少しして、二つの狼を加えた氷魔狼フェンリルが戻って来た。今の声は魔力で発した声であるため、物を咥えていることによる声のくぐもりはない。

 

「ど……どう見ても共食いだな」

 失笑するネイオットに、「う……うん」とこちらも苦笑いするカグハ。そんな二人を無視して、氷魔狼フェンリルは加えていた物をパっと離した。

 

 ドサリと落ちて来たその一組の狼は、美しい黒の毛並みがそのままだが、体に力が入っておらず動く気配もしない。

 

 どちらも今目の前にいる親子ほどには大きくも小さくもない。おそらくは成長途中だったのだろう。

 

 

「この二匹はどちらも人間によって仕留められたものだ。だが彼等はむくろを持ち帰らなかった。いや、持ち帰れなかった、と言うべきか」

「どうしてだ?」

 

「このアイスバーグの気候だ。仕留めたところまではよかったが、彼等はこの寒さに耐え切れずにこの地を去ってしまった。そして死した二匹はこうして、朽ちることなく残ったのだ」

「なるほどな」

 

「なにかに使われるのならば、無意に殺されたままよりはよかろう」

「たしかに。そうだね」

 自分の存在が重なったのか、カグハはしんみりと頷いた。

 

「死体が腐らない温度だったのか。そりゃカグハの魔法なしじゃまともに動けねえはずだ」

「それはネイオットが準備してなかったのが悪いよ」

 

 バッサリと切り捨てられてしまい、「まいったなぁ」と苦笑い。そこで、二人と二匹に笑いが広がった。

 

 

「それで、息子よ。なにやら疼いているようだがどうした?」

 優しく問われて一つ、うんと言うのと同時に頷いて。子供狼は決意したように言葉を発した。

 

『オレ。こいつに、ついていきたい』

「なんだと?」

 驚いたのはネイオット。「えっ?」と目を見開いたのはカグハだ。

 

「娘よ。どうやらよほど気に入られたようだな」

 娘と呼ばれて困った顔をするカグハと、「頑固な奴だなぁ」と苦笑いするネイオット。

 

「ついて来てくれるのはすごく嬉しいけど。いいの? 君は」

 優しく問いかける。『おう!』と返事するのと同時に、ワンと子犬のように高い鳴き声がした。

 

 それを聞いて、人間二人が暖かな微笑みを浮かべる。

 

「って、ちょっとまて。こいつ、ってどういうことだ?」

『お前、嫌いだからな』

 即答である。

 

「こりゃ。おちついて寝てらんなそうだなぁ。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃねえ」

 困り顔のネイオットを見て、豪快に笑う氷魔狼フェンリルと楽しそうにアハハハと笑うカグハ。

 

「どうやら、息子の意思は固そうだ」

 カグハの足元にサクサクと歩いて行ってそこで止まり、カグハのことを見上げる息子を見て、父は一つ大きく頷いた。

 

「では。息子さんのこと、お預かりさせていただきます」

「ああ。頼む。ただ気を付けてほしいことがある」

「なんですか?」

 

 

「こいつはこのアイスバーグ以外を知らん。ゆえに外に出た時の温度差に戸惑うことや、それによって体を壊す可能性が高い。貴殿の魔力の許す限りでかまわん。定期的に氷魔法をかけてやってほしいのだ」

 

「それぐらいなら、お安い御用ですよ」

「頼む。後、たまにでいい、ここに顔を見せに来てくれないか?」

「わかりました」

 

「ううむ、後は……」

『とーさん。大丈夫だって。オレ、これ いる、って思ったらこいつに言う』

 

「ん、あ、ああ。そうか。わかった」

 巨大と言ってもいいほどに大きな体を持つこの氷魔狼フェンリル。今この瞬間だけは、とてもとても小さく見えた。

 

 そしてうなだれて、露骨に名残惜しさを全開にしているさまに、人間二人はまた楽しそうに笑うのであった。

 

 

「それでは。またな、息子よ。そして、心優しき人間たちよ」

 気を取り直したようで、顔を上げた氷魔狼フェンリルは、凛とした声色で息子を送り出す。

 

 それに答える息子もまた、

『行って来るよ、とーさん』

 力強く頷くのであった。

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