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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男子高校生が女子高校生の背後に縄を見た話

作者: saki

サブタイトル それは残酷で、けれども確かな真実でした。

真新しい制服、見なれていない化粧。雑音が満たす空間、作り物の笑顔の中にそんな君は居た。緩く巻いた髪を手元で遊ばせながら、けだるそうにしている。僕は君の後ろに、そんな雰囲気とは似ても似つかない物を見た。

それが始まり。


自分は言ってしまえば至って普通の男子高校生だ。派手でもなく、根暗でもない。クラスに話せる程度の友人も居るし、成績だって悪くない。そんな僕が君に興味を持ったのは、進学してすぐの事。他のクラスメイトが友達作りをしている中、僕はなぜか君から目が離せなくなった。

いや、理由はわかっている。派手な彼女の後ろにぶら下がっているそれだ。頑丈な作りの先っぽが程良い大きさの穴になっているそれ。僕にはどう見たってそれが首吊りに使われる為の縄としか思えなかった。

最初は幻覚かと思った、または見間違い。でも何度見たってその縄が消えることはない。

なんでそんなところにそんな物が。純粋にその疑問を誰かと共有しようと思い、その時新しく出来た友人に僕は声をかける。あそこにあるあれはなんだろうね、そんな風に。だが、その友人は暫く彼女の方を見てから、「そんなもの、どこにもないよ」

とはっきり言い、疲れでも溜まっていると心配してきた。

僕は意味が分からず、しばしの間何も返すことが出来なかった。


僕の視界には未だに頑丈な縄が映っている。


それから半年が経ったが、僕の目にはいつも通り縄が映っている。どうやらそいつは僕にしか見えていないようで、あの後他の人間にも聞いてみたが皆同じ様な反応をするばかりだった。

今日も彼女はけだるそうにそこに居て、縄も彼女の後ろでゆらゆらと揺れている。

思えば彼女の周りには常に誰かしら人が居て、機嫌を取るようにへらへら笑っている気がした。それに対しても彼女は興味があるのか無いのかわからない表情のままだ。

「何、お前あいつに気があるのか」

対して親しい訳でもない友人が、そういって僕の肩を叩く。そいつの顔もあそこにいる奴らと同じだ。薄っぺらい偽物の笑顔、あまり好きにはなれない。

「別に、そんなんじゃないよ」

そうだ、そんなんじゃない。そもそも僕が見ているのは彼女と、その後ろにぶら下がっている縄だ。気があるなんて馬鹿げた表現、とても似合わない。そんなやりとりをしている間も、何かを訴えている様に彼女の背後に存在する縄。

僕はただ、その縄を見つめているだけだ。


新しいクラスにも君は居た。今日もけだるげに外を眺めている。そしてあの縄も、まだそこにあった。古ぼけもせず、時の流れすら感じさせない姿のまま。

いつものようにそれを見ていたときだ。彼女の取り巻きの一人だったそいつの手が、縄の輪っかに触れそうになって。

「あっ!」

無意識だった。傍で何らかの話をしたであろう友人も、縄に触ろうとした女も。彼女も、僕の方を見ていた。クラスの人間が何事かという目をしている。どうやら声が出ただけでなく席から立ち上がっていたようで、その行動は周りの興味を随分引いてしまったらしい。どう誤魔化せばいいかと目を泳がせていると、彼女がくすりと笑った。

「なにか面白いものでも、外にあったの?」

彼女はわかっていたはずだ、そんなものありはしなかったことを。でも彼女はそう言って微笑んだ。僕は助け船に乗るようにありもしない話を喋った。彼女はその話を笑顔で聞いて、どこにもないそれを一緒に探してくれた。


その表情に、いやその奥にある何かに自分は惚れたのかもしれない。その時をきっかけに僕たちは親しくなり、やがて交際を始めた。


交際を始めて一年と少しが経った夏のある日、僕は彼女の家へと招かれた。今まで色々な場所に遊びに行ったけど、彼女の家に行くのは初めてだ。

ただいま、彼女がドアを開けながら言う。家の中は思った以上に静かで、ひんやりと冷たい感じがした。

「おじゃまします」

頭を下げながらそのまま靴を脱ぎ、揃える。彼女は上に続く階段を指さし、先に行っててと言いながら奥へと消えた。その指示に従い階段を登ると、部屋が二つ。一つは鍵がかかっていたのでもう一つの部屋へと入る。

思った以上に物が少ない、最初に抱いた印象はそれだった。勉強机と本棚、プラスチックの衣装ケースに小さなガラスの机。それに古びたベットが一つ。あるのはそれだけだ。

「好きなところに座って」

後ろから彼女が階段を登りながら声をかけてくるまで、僕は呆然と立ち尽くしていた。あの縄を見たときと同じように、その部屋から目が離せなくなっていたからだ。慌ててガラスの机の傍に座ると、彼女は机に持ってきたお茶を置いて、向かい側に腰を下ろす。

暫くの間、部屋の中に重い沈黙が流れた。こんな風になったことは彼女と知り合ってから一度もない。

机に置かれたグラスに水滴が付き始めた頃、彼女は口を開いた。

「今、家に誰も居ないから」

僕は無意識につばを飲み込んでいた、その音がやけに耳につく。同じ体制で居たせいで痺れる足を無理矢理動かし、彼女の傍へと。彼女も全てをわかっていたかのようにベットへ向かう。

ぎしりとスプリングが軋む音が静かな空間に響く。ゆっくりと彼女の体を押し倒して、お互いに相手の顔を見つめた。

「ねぇ、いいの?もし今したら、もう後には戻れないよ」

念を押すように彼女は言った。その瞳は頼りなさげにゆらゆらと揺れている。二人の背後にあるであろう、あの縄と同じように、揺れている。

「後戻りなんて、もう出来ないよ」


机の上でグラスの氷が、カランと音を立てて崩れた。


窓の外で桜が満開になっている、風に吹かれて散る花を僕は素直に美しいと思った。明日はついに卒業式だ。その日を境に、僕たちは高校生でなくなる。

あの日以来一度も足を踏み入れていない空間、春先の暖かい時期でもそこは依然として冷たい。家に入る時に彼女はもう、ただいまとは言わなかった。二人で階段を登る、もう最後なんだなと改めて考えていた。

彼女の部屋に、ガラスの机はない。あるのは木の椅子と、あの縄だ。

「準備は出来てるから」

彼女は今までで一番綺麗に笑った。その笑顔はそこら辺に咲いている花や、天にだだっぴろく広がる澄んだ青空よりも美しい。

誰よりも、何よりも、君は綺麗だった。

「お願い、ね」

彼女はそう言って僕に背を向け、椅子に足をかける。僕にはその後ろ姿がスローモーションに、でもはっきりと見えた。彼女が椅子に乗った瞬間、僕は全力でその椅子を蹴り飛ばす。バランスを崩し床に落ちた君の体に、飛びかかるように馬乗りになって、それから。

「約束破ってごめん…ごめん」

君の首に手を伸ばして、出せる全ての力を使って首を絞めた。ぎちぎちと皮膚が、骨が、嫌な音を立てて軋む。君は抵抗しなかった、信じられないと言った表情で僕の手を掴むだけ。僕は何度も強く君の首を絞めた、君の手の力が無くなっても、ずっと絞め続けた。しくじらないように、必ず殺せるように。

どれほどそうしていたかはわからない。僕は余計な傷を付けないように気を付けながら、彼女の首からそっと手を離した。その時見た彼女の美しい笑顔、それは死のうとしたあの時よりもずっと綺麗だった。

「僕も行かなきゃ」

部屋の隅に転がっている椅子を引き寄せて、元々あった位置に置き直す。彼女がそうした様に僕も椅子に足をかけ、彼女が遺してくれた片道切符を受け取り、そうして。

全力で、椅子を蹴り飛ばした。



夕暮れの教室で、僕は君と一つの契約をした。それは君を殺す契約だ。

「私ね、人生で一番綺麗な時に死にたいの」

「女子高校生の時期って人生で最も充実してて、素晴らしくて、綺麗」

「だからね、お願い。私が綺麗じゃなくなる前に、私を殺して」

橙色の光に照らされた君の横顔は、僕の人生の中で見てきたどの物よりも美しくて、綺麗だ。でも君はそれではだめだと言う、君の最も美しい時は。

「人の最も美しい時はね、」

素敵な死を迎えた時だと私は思うんだ。


あぁ、僕もそう思うよ。




それで、その後はどうなったんですか。

「ははっ、ご覧のざまってやつかな」

寂れた喫茶店に居るのは、少し老けた少年と私だけ。あとは誰が作者かもわからないジャズと、食器が時折触れあう音のみがこの場に存在している。

全ての真実を知るには、お誂え向きの場所だと思った。


親友が死んでもう何年経ったのか。少年は青年になり、女子高生だった私も今やただの社会人だ。きらきらと輝いていた学生時代が懐かしい。

でも彼女は、愛しき友は、まだあの学生時代に取り残されたまま。

あの日、彼女と彼が無理心中を図ったと聞かされた日。あの日から私の中の彼女は、女子高校生のままで在り続けている。


無理心中なんかじゃ、やっぱり無かったんですね。

「真実は、僕と彼女だけが知っていればいい」

まるで大事な物を隠し抱いているような表情の彼に、私はなんと返すのが正解だったんだろう。怒るべきだったのか、罵るべきだったのか。それすらもわかりはしない。


彼女が彼に頼んだのは、本来ほんの些細なことだったらしい。彼女が首に縄をかけたら、その時に椅子を蹴り飛ばして欲しいと。要はただの自殺補助だ、死ぬための手助け。でも彼はそれを良しとしなかった。だから。


「彼女がね、言ったんだ。君に会えて良かったって、それだけで十分だって」

優しいよね、でも残酷だ。そう言って笑った彼の顔は、とても言葉では言い表せないような、とても不思議な表情だった。

私には彼の言葉が理解できない。何も、何一つもだ。でも彼女にはきっと理解できていたのだろう。だって二人はお似合いで、ぴったりで、学校内でも噂になるくらいの。

健全な、普通の恋人同士だったのだから。


最後に口元だけで、彼女は彼にありがとうと言ったそうだ。嬉しそうに微笑んで、彼女は死んだのだと。信じられないと思いたかった、うそつきと叫びたかった。でも出来ない。だってそれは真実だ、たった一つの恐ろしい事実だ。彼女は死を望んでいた、そしてそれを彼の手によって叶えたかった。そして、それを叶えた。そういう現実が今、目の前に転がっている。

彼女の夢を叶えたのは、紛れもなくこの場にいる彼なんだ。


最後に一つ、聞いてもいいですか。

「そろそろ、彼女の元に行かなきゃ」


あの時、縄に触れようとした子は誰なんですか?


「…君は、僕たちのキューピットだよ。偶然を、運命に昇格させた、ね」



ドアベルの音が遠くに聞こえる。彼はどうやら彼女の元に向かうらしい。ジャズはいつの間にか止み、食器の音ももう聞こえない。

そうしてこの場に残されたのは、彼が頼んだ飲みかけのアイスティーと。

「私、だったんだ」

十字架を背負った、哀れなキューピットだけだ。



グラスの中で、音を立てて氷が崩れた。

JK、教室、首吊りの縄

それらをいい感じに配合した結果がこれだよ!!

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