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尾鷲天羽と抗う者たち  作者: 山門芳彦
何者
11/13

沙耶の真実は

倉庫に隣接する事務所の一階。

天羽と沙耶は、そこにある警備室へと走っている。


もう側まで来てるというのに、戦いの音が聞こえない。

ブラスターの光すらない。


……ケントは、どうなった?


事務所は恐ろしいほど静かだ。


その静寂が、二人の高鳴る鼓動を(はや)らせる。


事務所の玄関を入って少し進んだ所に、断ち切られた蝶番が付いた鉄板があった。

《警備室》の文字が中央上に記されている。

二人は、目の前にある、鉄板と同じサイズの四角い枠を、警備室の入り口とみた。

背筋に悪寒が走った。天羽は息を呑んだ。


「ケント!」


 沙耶が叫んだ。……反応は無い。


 沙耶は、胸に右手を当てた。そして深呼吸をして、胸ポケットからブラスターを取り出す。


 天羽も、彼女に合わせて両手でブラスターを持つ。

 弾丸代わりのエネルギーパックは、思ったよりも重い。


扉だった鉄板を踏み越えて、警備室に入る。


室の電気は点いておらず、奥の方にあるはずの監視モニターも、真暗で何も映していない。


沙耶は見向きもせず奥へと歩いたが、天羽は、出入口付近の地面に折り重なる二つの身体を見た。


いずれも服を着ていない。


天羽がそれに顔を向けると、インカム型無線機のLEDランプが金属を照らした。


鉄の四肢を持つ機械兵、ジュリーの脚だ。

脚から背中へと視線を運ぶ。

蒼く理想的な八頭身は、女性的な曲線を持っている。


「これが、機械兵……」


二体のジュリーには、熱線で溶けた痕も、凹んだ箇所もない。

ケントが、玲のガントレットの電波攻撃で行動不能にしたものらしい。


「…………ん?」


 ランプの白光が二体のジュリーの後頭部辺りを照らしたとき、それを覆い隠すようなバラバラの鉄屑を見つけた。

一片一片がすっぱりと斬られている。

断面が、何かの液体で艶々と光を反射している。

斬られていない面は緩やかな曲線を描いていて、ジュリーの身体にどこか似ている。


そう、まるでジュリーがバラバラに斬られたように。


 そして、その鉄塊の中に埋もれまいと、一本の腕が飛び出ていた。


腕周りはジュリーよりも太く、薄い金属板を連ねるように重ねた外装が施されている。


それは昔、天羽が祖父の研究室で読んだ本で見たことがあるものだった。


「ガントレット……? ケントの……?」


 天羽は、ガントレットの掌に、電波発生装置と思われる突起物を認めた。

 手首も折れず、自然に開いた五指。

 ケントが、ここで助けを求めているのかもしれない。


 天羽はブラスターを左手に持ち、右手でガントレットの右手を掴んだ。

 ところが、その手は握り返してこない。


「ケント?」


 手が嵌められて無い、なんてことはない。

骨ばった手の感触がある。天羽は、その腕をゆっくりと引っ張り上げようとした。

が、あの重そうな巨体を持ち上げようとして込めた力は空回り、腕は呆気なく持ち上がった。


「……?」


 その右腕には、二の腕から先が無かった。


 斬られている。


 断面から、ポタリ……ポタリ……と滴り落ちる液。

 赤い、黒い。

 だのに、揮発性の強そうな臭い。


鼻に付く。これは、血?


「うわああ!」


 天羽は慄き、絶叫した。沙耶が咄嗟に振り向く。


「どうしたの!」


「この腕、ケントの腕が……切れている!」


 沙耶も、天羽が持つガントレットをまじまじと見つめた。

 滴る液体は、天羽の足下の鉄塊の中へと分け入り、LEDランプに照らされて、金属とは違う煌めきを放っている。


 それだけではない。

 鉄塊の断面からも、液体が流れ出ている。

 沙耶には分かった。この鉄塊は、味方の機械兵リィナのものだと。


 まさか――。



「ゼータ!」




――クッフフフ…………。



 沙耶の叫びを嘲笑(あざわら)う声が、室の奥から響いた。


 そして、そこに突然、一点の火の玉が現れた。

 

火の玉は、一度揺らめくと、低い放物線を描いて、天羽の足下にある、ジュリーと鉄塊の元へと放られた。


「天羽! そこから離れて!」


 沙耶に言われるまでもなく、天羽は火の玉を避けて鉄塊から離れた。

 すると瞬間、火が鉄塊を滴っていた液体に引火して、大きく燃え上がった。

 その炎が、天羽が持っているガントレットにまで伸びる。


 天羽は、再び「うわあ!」と叫びながらもガントレットを手放した。

 炎は、一瞬にしてケントの右腕だった物の中にまで(はし)り、皮膚を黒炭に変えた。

 焼け落ちた皮の奥、腕の骨が、金属のように光っていた。


 燃え上がる炎が、天羽と沙耶を分ける。

 だが二人は同じ方向を向いていた。


 室の奥で黒い光沢の甲冑を纏い、屹然と立っているその者を、ランプと炎が映し出した。


 陽炎に揺らめく影は、在りし日の武士に似ている。

 面を付けている為、顔は分からない。


「ゼータめ。今度は武士(もののふ)の真似事か!」


「クッフフフフフ……これはこれは。違うな。小生は、ゼータではない」


(たわ)けるな!」


「本当だ。あいつは今、君たちの攻撃でボロボロ。帰還してすぐに倒れてな。そして、ゼータが修理をしている間に強化改造を終えた小生が、こうして迎撃に来たのだ。そしたら、この似非(えせ)筋肉男が厄介な事をしていた」


武士は、左手でケントの首を掴んでいた。


「AID社の人間として、倉庫を荒らす害獣を、見過ごす訳にはいかない。さっき投げたのは、こいつの左腕だ」


 ケントの体躯は、右腕だけでなく左腕も切り落とされ、力なく項垂れている。


「ケント!」


「沙耶……! こいつは――」


 何か言おうとしたとき、武士の右手の刀が、ケントの喉を白銀の一閃で貫いた。


「愚か愚か。君、黙ってて」


「――!」


 武士は刀を抜いた。


身動きの取れないケントが、必死に口を動かすも、ただ「ヒュー、ヒュウ」という、激しくも空しい息遣いがするばかりだ。


「貴様ァ!」


 沙耶は、諸手(もろて)のトンファーを取り出して短剣のように持つと、握り手の端にある赤熱化のスイッチを作動させた。


 そして、持ち前の脚力で地面を蹴り飛ばし、武士へと突貫した。


 空気を切り裂いて疾駆。


 ケントを掴む忌々しい左腕を切らんと、右の短剣を振り下ろす。


 ガキィン!


 しかし、それを武士の刀が受け止める。


 短剣の熱が刀を溶かし、刀の鋭利な刃が短剣に入り込む。


 そして二つは、互いに食い入って離れない。


(しめた)


 左の短剣の切っ先を、武士の喉に向ける。


(右手に刀。左手にケント。両手が埋まっているなら、これは受けられない!)

 

 突っ込んだ勢いのままに、沙耶は武士の喉を突く。


 しかし、短剣は、突き刺さる(すんで)の所で止まった。


 止められたのではない。止めざるを得なかった。


 武士が、自分の喉元を守るように、ケントの体躯を盾代わりに構えたのだ。


 沙耶は、もう少しでケントの脳天を貫くところだった。


「……クッ!」


 真っ赤な短剣の熱が、ケントの額をじりじりと黒く焼くのを見て、沙耶はたじろいだ。


武士はその隙を逃さない。

嘲笑しつつ、左腕をクイッと押し出し、ケントの脳天を沙耶の短剣に突き刺そうとする。


「!」


 一歩退く沙耶。武士は、更にケントを前へ突き出す。


(刺さる!)


 沙耶は左の短剣を引いた。


それを見て、武士が笑ったのも束の間。


左側から迫る気配を武士は察知した。


不意打ちにしては殺気を早く出し過ぎる。素人だ。


武士は、ケントを左側へ放り投げて、迫る殺気の主にぶつけた。

天羽に、ケントの重い質量がのしかかる。


左の殺気が弱まった。



――そして、正面の女も!



沙耶は、投げられたケントを、目で追ってしまっていた。


「しまっ――!」







――――白銀一閃。





 沙耶が、自分の油断に気付いた時、既に武士は短剣を振り払った刀を両手で振りかざし、彼女の脳天へとそれを振り下ろしていた。


 

 咄嗟に右に避けようとした、が。




武士の刀が、沙耶の左腕を切り飛ばした。




緋色の飛沫が、輝く刃に飛び散った。



天羽はそれを、目撃した。


 先輩の、腕が、跳んだ。



斬られた勢いで体勢を崩した沙耶は、続けざま、武士に蹴り飛ばされた。


「先輩‼」


「先輩、退いてください。ここは僕が!」


 諫める天羽を、沙耶は制止した。ケントをどかして、天羽は立ち上がる。


「あたしも、まだ戦える」


 そう言う沙耶の左腕からは、液体がぼたぼたと落ちている。

 戦うなんて到底、無理だ。


「何言ってるんですか! 先輩は、ケントと一緒に退いて、早く止血してください!」


「……いや、あたしは大丈夫……」


 何が大丈夫なんだ! このままじゃ……沙耶は、死んでしまう!


「ふざけないでください! 死にたいんですか!」


「…………そうじゃないのよ」


「またそういうことを! 怒りますよ!」


「クッフフフフフ……」


 すると天羽の反応を面白がるように、武士が笑った。


「ほう? この小僧は知らないみたいじゃないか、(イプシロン)?」


 イプシロン? 


 馬鹿にしているのか。お前は先輩の何を知っているんだ。


 笑うな。面を剝いで、素顔を見せろ。


 そういう言葉を口に出そうとしたところで、足元から「……ない」と声が聞こえた。


 激しく息を吐くケントが、擦れた声で何か言葉を発している。


「……これくらいじゃあ、お、れと……沙耶、は……」


 そしてケントの口は、続いてこう動いた。



「し、な、な、い」と。



 しなない……死なない? どういう意味だ? 沙耶やケントは、自分と同じパワードスーツを着ているはずだ。しかし、たとえどんなに優秀な装備をしていても、腕を斬られ、大量の血が流れれば、誰だって死ぬ。それでも、死なないというのか?



 沙耶の左腕からは、まだ赤い液体が流れ落ちている。

 揮発性の強そうな臭いだ。


 揮発性? 待てよ。

 同じ匂いをさっきも嗅いだ。今燃え盛っている機械兵の遺骸の上で。

 ケントの腕や、機械の断面から滴っていた液体の臭い。



 そもそも、血からガソリンみたいな臭いがするのだろうか? 



 そんなことはない。

 血は、鼻に付いても、もっと違う臭いがする。

 酸化鉄のような、或いは鉄棒をした後の手のような、そういう臭いだ。


 

 じゃあなんで、沙耶の血からは、そういう臭いがしないんだ。


 

 LEDランプに照らされて、沙耶の斬られた腕の断面が露わになる。

 筋肉の繊維が銀色に光った。

 燃え盛る鉄塊の断面と同じ、銀色の人口筋肉。


(僕は、思い違いをしていたらしい)


 沙耶とケントが、パワードスーツを着ていると、一度でも言っただろうか。


 彼らもまた、機械の体で出来ている。


「……改造人間Y(イプシロン)


 不意に、そんな言葉を漏らした。



「言わないで尾鷲君!」


 彼女の悲痛な叫びは届かない。


(沙耶は、改造人間イプシロン)


 それじゃあ、自分は機械に惚れたというのか。

 失望というより、自分への不甲斐なさが込み上げてきた。


 ――教えたくないから。


彼女がそう言ったとき、辛そうだったのは、そういう事だったんだ。


彼女の真実に、悲しみに気付けなかったなんて、情けないじゃないか……!


「クッフフフフフ! フハハハハハ!」武士が高らかに嘲笑った。


「笑うな!」沙耶が怒鳴った。


武士は、それを慮らない。


「何を今更。裏切り者の改造人間が。飽くまで人間気取りで振る舞うその姿、滑稽極まるぞ」


「言うな! あたしは人間だ!」


「……哀れ哀れ。イプシロン、お前は人ならざる者だ。死ぬに死ねない。壊されても直され、同じ痛みを何度も味わう。血の色をした、(にわか)作りの液体をその肌の下に通わせて、人間に戻ったつもりでいる」


「黙れ!」


「そして、徒に戦うことでしか生きられず、正義を騙ることで、悲劇のヒロインたらんとする道化だ」


「違う!」


「違わないな。どうせそこの素人だって、お前の《正義の味方》という言葉に踊らされたに過ぎない馬鹿者だろう? 可愛い妹よ。小生のように、素直にイドに付き従えば、こんなことにはならなかったろうに。辛い辛い……」


 その最後の言葉に、沙耶はハッとした。


「同情を求めた覚えはない! お前だって、人ならざる者でしょ! 改造人間イクス!」


 武士は、その名を認めた。


「やっと分かったか? 可愛い妹よ」


「やめて! お前だってあたしを裏切った! お前のような奴を、あたしは兄とは認めない!」


「フン。言うだけ言ってろ。いずれにせよ、お前に小生は倒せない」


 沙耶は、ブレザーの内ポケットからブラスターを出し、イクスへと銃口を向けた。


「そんなことはない……!」


「くどいな。小生がここで楽にしてやる」


イクスは刀を両手で握って、右耳の位置に構えた。

 所謂、八相の構えというものか。


 銃を握る手が震え、よろめいた彼女の肩に、天羽は手を添えた。


「邪魔しないで!」


 天羽は、首を横に振った。


「駄目です。先輩だけでは勝てません。そのために僕をリィベルズに参加させた。違いますか」


彼女は言葉を返さなかった。


 天羽は、鈴の言葉を思い出していた。


「沙耶の悲しみを分かってほしい」と。


それは、人ならざる者として戦ってきた悲しみ。


それを思うと、胸奥に熱を感じた。不思議なことに、身体の芯から、力が溢れ出るようだった。




「先輩は、ケントと一緒に下がってください。イクス。僕が相手だ」


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