丹波玲、現る
京葉の港には点々とライトが灯り、夜でもコンクリートジャングルへの入口を示している。
高層ビルが室内電気と航空障害灯の輝きの最中にあるように、製鉄所、コンクリート工場、物流倉庫などもまた、忙しない夜を迎えている。
その数ある倉庫の中の一つが、AID社保有の倉庫だ。
他の倉庫が、大型トラックの往来で騒がしくなっているのに対して、この倉庫は異様な静けさを保っている。
オフィスに灯りもなければ,警備員の影もない。
尤も、警備員については先に露払いをしておく手筈となっている。
終電の時間からおよそ一時間後の午前一時四十五分。
第一報告の通信が来た。
『こちらコマンド。ファーストフェイズ終了。セカンドフェイズに移行する。オーバー』
「こちらクイーン。了解、オーバー」「こちらイーグル。了解、オーバー」
旧式のインカム型無線機で連絡を取り合う。
沙耶と天羽は、サードフェイズになったら倉庫に突入する。先行しているのはケントと、護衛の機械兵リィナの二人だ。
先刻の作戦会議は、このような内容だった。
――午後七時。
地上の丹波珈琲店が閉店時間を迎えると、鈴も秘密基地へと合流した。
青畳八畳の会議室では、三人が話し合いをしていた。
鈴は給仕として、隣の沙耶の部屋を借りて茶を淹れてから、会議に混ざった。
その時、ケントが喋っていた。
「――玲は一昨日、倉庫に行くと話していた。今までも事前に連絡してから放浪をしていた。自由人とはいえ、その点は律儀だからな。その上でだ、倉庫には機械の警備員がいる。連中はジュリーと呼ぶそうだが、その辺の駆除を如何に気取られないようにするかが大事だ」
「ジュリーに気取られると、AID社に連絡が飛ぶ。増援を呼ばれれば、勝てる見込みはないわ。でも気取られずに駆逐するのは、あたしと天羽にはできないわね」
「そうなると、俺の出番となるか……」
ケントの言葉に、天羽は反応した。
「その言い方だと、ケントには、何か方法があるのか?」
「ああ、尾鷲君は知らないわよね。ケントは特殊な武器を持っているのよ」
「武器……?」
「ガントレット型の電波発生装置だ。右手に付けるものだが、機械兵を戦闘不能にする効果がある。これ自体に破壊力はない」
「それも玲の開発なのか?」
「その通りだ。話を戻すと、先ず俺が倉庫に侵入してジュリーらを無力化する。ついでに監視カメラを停止させる。この倉庫は前から調査していたから、警備室の場所もわかっている。予想されるジュリーの数は六体だな。門に二、警備室に二、巡回に二だ。その露払いを俺がやろう。護衛に機械兵リィナを一体付けたいのだが、いいか?」
「うん、いいわ」
沙耶の許可が下りると、ケントは意気込んだ。
「よし、作戦を四つのフェイズに分けよう。
一、俺が倉庫に潜入
二、倉庫内の警備を無力化
三、沙耶と天羽が倉庫に潜入及び玲の捜索
四、発見次第、速やかに撤退
これでいこう。目的は制圧ではなく、玲を連れ戻すことだ。セカンドフェイズ以降、俺は警備室の監視カメラの操作に専念しなければならない。だから、二人が早く玲を見つけてくれることが肝心だ。頼む」
「わかったわ」
「……頑張るよ」
沙耶は快く、天羽は渋々と了解した。
「それと天羽の武器だが、沙耶と同じブラスターとトンファーにする。そうと決まれば、栄養補給と休息だ。二十三時半に再びここに集合。以上、解散!」
――セカンドフェイズが終了するまで、天羽と沙耶は動けない。
倉庫の裏の塀の側で、二人は待機していた。
倉庫からすぐ見える港では、海面が欠けた月を写してテラテラと光っている。
天羽は、傍らにいる沙耶を見た。
二人の格好は学校の制服姿であり、警官に見つかれば補導不可避だ。
天羽はパワードスーツの上に制服を着こんでいる。
彼女も同じようだ。
スカートから伸びる二脚は、傍からみれば普通の黒タイツだ。
ふと、昼間の鈴の絶対領域が過った。
そして、ゼータとの戦いも。
あの時の沙耶もそう、黒タイツで……
「いや、ちょっと待てよ……」
あの時の沙耶は、学校指定のハイソックスだった。
ん……?
いや、あの時の自分は興奮状態で、きっとそんなところなんて見ていない。
あの時はきっと、見間違えたんだ。
「……うん、あの時もタイツだった」
「どうやら鈴ちゃんが言っていたことは本当みたいね?」
小声ながらも冷徹な声だった。
「……え?」
天羽は、知らぬ間に思考を口にしていたことに気付かなかった。
「尾鷲君があたしの部屋を舐めるように見ていたって、鈴ちゃんが言ってたけど」
「そ、それは誤解ですっ……!」
「どうだかねぇ?」
「信じて下さ――!」
天羽の口が、沙耶に押さえられた。
「うるさいの。静かになさい」
天羽が黙ったことを確認すると、沙耶は彼の口から手を離した。
ケントからの通信が入った。
『こちらコマンド。セカンドフェイズ終了。警備室を制圧中。これよりサードフェイズに移行する。オーバー』
「こちらクイーン。了解、潜入を開始する。オーバー」「こちらイーグル。了解、オーバー」
全身を脈打つ鼓動を天羽は感じた。いよいよ行動の時だ。
沙耶と天羽は塀を軽々と飛び込えて、搬入口から易々と直方体型の倉庫内へと入り込んだ。
真っ暗な空間の中で、二人の足音だけが響く。
インカム型無線機に内蔵されているLEDランプを点けて辺りを見回すと、空間の中央には通りが作られ、その左右に無数のコンテナが積まれているのが判る。
一見して何の変哲もない倉庫だ。
「重機を扱う倉庫だってケントは言ってたけど、AID社の重機なんて見たことないですよ?」
「でしょうね。あたしだって見たことないもの。大体、この倉庫の名前だって《片山倉庫》といってAIDのAの字も使ってないし、何か特別なものを隠しているんじゃないかしら」
「重機で隠したいもの?」
「別に重機とは限らないわ。他の部品や資料だって考えられる。玲の事だから、重機というのはAID社の開発品の隠語ってことも有り得るわ」
「そうですか」
沙耶は、先日の鬼気迫る様子も、疲弊した姿も、頼み込む弱さもなく、空手部の仮入部期間の時と同じように平静を保っていた。
彼女は、美しく堂々としている。
「そういえば、先輩に聞きたいことがあるんです」
小声で訊いた。
彼女といるというだけで舞い上がりがちだからこそ、天羽は気を引き締めていた。
冷静になった時に、未だに解せない疑問が脳裏に浮かぶ。
「どうして、学校に来なくなったんですか。教えてください」
「それは前に話した通りよ。《語り部》を取り戻すために――」
「リーダーとしての大義はもういいです。僕が聞きたいことは、先輩個人の気持ちです。どうして先輩は、学校生活よりもこの戦いを優先するのか、教えてください」
沙耶は黙りこくった。天羽と目を合わせて、暫く顔をしかめた。
「……話す必要、あるかな」
「あります。僕が納得しません。どうして教えてくれないんですか」
「…………あたしが教えたくないから」
そう言うと、どこか辛そうな顔をして、彼女は視線を逸らした。それでも、言及を試みた。
「でも――」
「作戦に集中して」
「……」
彼女が背負っているという悲しみとは、一体何なのだ?
これ以上本人に問い詰めても、却って塞ぎ込んでしまうだろう。
天羽は閉口した。
そこに突然、中性的な声が割り込んで来た。
「こんなところまで来て痴話喧嘩かい。随分楽しそうだね」
コンサートホールにいるかのように、澄んだ声が良く響く。
「誰だ!」
肌を粟立たせ、天羽は声のした方へとすぐさま身体を向けた。
鼓動がドンドンと早くなる。
声の主は、名乗るでも動くでもなく、闇の中でせせら笑っていた。
それに対して「ハァ……」とため息をついたのは沙耶だ。
「……別に痴話喧嘩じゃないよ」
「そうかい。それは悪かったね」
そう言うと、声の主はランプの光の中へと姿を現した。
その容姿に、天羽の緊張は途端に消えた。
代わりに目を疑った。
「……鈴? どうしてここに?」
そこには、鈴によく似た人物が立っていた。服装こそオレンジのツナギだが、それ以外は瓜二つと言ってよい。刹那、あのマシーンが脳裏を過った。
「お前、ゼータか! よくもぬけぬけと!」
そうだとしたら、絶対に許さない。自ずと握り拳を固くした。が――
「プッ! アッハハハハ! ……ごめんごめん。君面白いね。悪いけど、ボクはゼータじゃないよ。アイツがボクのマネをしようとするなら、ボクの全身をチェックしないとダメなんだ。ボクはアイツにそんな事はさせてないよ。それに鈴は、ボクの双子の妹だ」
鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな顔になっていたろう。
フルフルと首を振って、結論を出す。
「……じゃあお前が、丹波玲?」
玲は妹とは違った、涼やかな笑みを浮かべた。
「その通り。ところで君は?」
気を取り直して名乗る。
「僕は天羽。君が開発したスーツを着ている」
それを聞いて、玲の目つきが変わった。
子供がオムライスと聞いてニコニコするような、そんな顔だ。
顎に手を添え、まじまじと全身を見つめてくる。
「ほう……ケントが作ったのか?」
「ああ、そうだけど」
「……なかなかいいね」
制服越しに見て、スーツの良し悪しが分かる物なのか?
「それでね、玲に聞きたいことがあるの」
玲が天羽に興味津々になっているところに、沙耶はここに来た目的を告げた。
「うん、自然じゃないか。外見では全くの一般人だ」
玲としては、スーツの出来の方が大事らしい。
「ちょっと聞いてる? そのスーツ、未完成なんでしょ? そのことで質問があったんだけど」
「…………え? ああ、そういえばそうだったね」
「残りの一パーセントっていうのは、何なの?」
沙耶が腕組をして苛立ちをアピールしても、玲は尚も天羽の全身を見ている。顔、腰ときて、今は脚だ。
「天羽君のような人が着てくれたなら、大体完成でしょ」
「それって百パーセントってこと?」
「というか、大体百パーセントかな」
玲の曖昧な物言いに、沙耶は少しムカついた。
「それじゃあ九九パーセントと何が違うのよ」
玲は、一度息をついてわざとらしくもったいぶってみせた。それから、
「沙耶。このスーツは百パーセントが限度じゃないんだよ。百二十、二百、いや、三百パーセントの力だって発揮できるものなんだ。そう見れば、九九パーセントと百パーセントの違いなんて、ないようなものだよ」
沙耶のストレスメーターはこの短時間の会話のうちに、ピーク直前まで来ていた。
「じゃあなんで九九パーセントなんて言い方したのよ!」
玲は天才然として顔に右手を当て、一つ深呼吸をしてから一言添えた。
「ロマンだ」
沙耶の中でメーターが振り切れた。
「あのねぇ! あたしたちは、あんたのこだわりを聴くためにここに来たわけじゃないの! 具体的な変化とか分からないの?」
それを飄々と受け流す。
「分かってたら言ってるよ。君たちの今までの武器は、ちゃんと説明してるだろう?」
沙耶は今の言葉に詰まった。ガントレット然り、だ。
「まあ、確かにそうね……」
「このスーツはそういうものだ。ロマンとポテンシャルの装備なんだよ。つまりは……天羽君次第なんだ。わかった?」
「……ごめん、ついてけないわ」
メーターが壊れて、考えるのをやめていた沙耶には、玲の言葉がよく分からなかった。
唯、天羽は胸中で何度も反芻した。「僕次第」と……。
天羽の様子を見た玲は、話が終わったとみた。
「これで話は済んだろう? ボクはやりたい事があるから、失礼するよ」
闇の中へと戻ろうと歩く玲。逃がすまいと、沙耶のLEDランプは玲を追う。
彼が向かった先には、扉の開いたコンテナがあった。中には何かの部品が見える。彼はそこに入ろうとしていた。沙耶は彼を呼び止めた。
「待って玲。まだ言いたいことがあるの――」
「君たちのメンテナンスなら、ケントがやってくれるだろ? ボクはAID社の技術を調べるためにここに来ているんだ。そう遠くないうちに戻るから、もう暫く放っておいてくれ」
そう言い切ると、玲はコンテナの中へと籠ってしまった。扉が閉まり、隙間から灯りが漏れる。
「ハァ……」
沙耶はまた、ため息をついた。
彼女のため息の理由が、天羽には分からない。
「どうして、無理にでも連れ戻さないんですか?」
沙耶は、眉間に皺を寄せて一息着いた。
「……玲に強引な手段はダメなのよ。自分の興味関心事以外には見向きもしない。無理強いでもしようものなら、今後協力を断るかもしれない。言うなれば、彼はフリーランスの開発者なのよ」
仲間ではなく、協力者と言ったのはそういう訳だったのか。
そこに、ケントからの通信が入ってきた。
『こちらコマンド。進行状況を報告しろ。オーバー』
しまった。報告を忘れていた。沙耶が慌てて応対する。
「こちらクイーン。サードフェイズは達成したが……本人に戻る意思がない。近いうちに戻るとのこと。オーバー」
沈黙が暫く続いた。
『こちらコマンド。仕方ない。玲が戻ってくるのを待つしかないだろう。最終フェイズに移行する。オー…………誰だお前は! 何っ!』
突如、ケントが驚きの声を上げた。
「どうしたの! ケント!」
『何者かが来た! すぐに援護に来てく――』
言葉の末尾で通信が途絶え、雑音が続きを隠した。
「ケント! ケント! 無線が壊されたの? ……まさか、新手の敵!」
「先輩! 行きましょう!」
「ええ、急ぐわよ。……玲! 必ず戻って来るのよ!」
玲がいるコンテナにそう言い残し、二人は警備室へと駆け出した。
遠のいていく二人の足音。
それも消えて、全くの静寂が倉庫に訪れるかに思えた。
だが残響が消える前に、コンテナの扉が静かに開いた。
「……何かおこりそうだ、ね」
彼は無垢な興味を抱いていた。




