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尾鷲天羽と抗う者たち  作者: 山門芳彦
何者
10/13

丹波玲、現る

 京葉の港には点々とライトが灯り、夜でもコンクリートジャングルへの入口を示している。

 高層ビルが室内電気と航空障害灯の輝きの最中にあるように、製鉄所、コンクリート工場、物流倉庫などもまた、忙しない夜を迎えている。

 

 その数ある倉庫の中の一つが、AID社保有の倉庫だ。

 他の倉庫が、大型トラックの往来で騒がしくなっているのに対して、この倉庫は異様な静けさを保っている。

 オフィスに灯りもなければ,警備員の影もない。

 尤も、警備員については先に露払いをしておく手筈となっている。


 終電の時間からおよそ一時間後の午前一時四十五分。

 第一報告の通信が来た。


『こちらコマンド。ファーストフェイズ終了。セカンドフェイズに移行する。オーバー』


「こちらクイーン。了解、オーバー」「こちらイーグル。了解、オーバー」


 旧式のインカム型無線機で連絡を取り合う。

 沙耶と天羽は、サードフェイズになったら倉庫に突入する。先行しているのはケントと、護衛の機械兵リィナの二人だ。


 

 先刻の作戦会議は、このような内容だった。



 ――午後七時。

 地上の丹波珈琲店が閉店時間を迎えると、鈴も秘密基地へと合流した。


 青畳八畳の会議室では、三人が話し合いをしていた。

 鈴は給仕として、隣の沙耶の部屋を借りて茶を淹れてから、会議に混ざった。

 その時、ケントが喋っていた。


「――玲は一昨日、倉庫に行くと話していた。今までも事前に連絡してから放浪をしていた。自由人とはいえ、その点は律儀だからな。その上でだ、倉庫には機械の警備員がいる。連中はジュリーと呼ぶそうだが、その辺の駆除を如何に気取られないようにするかが大事だ」


「ジュリーに気取られると、AID社に連絡が飛ぶ。増援を呼ばれれば、勝てる見込みはないわ。でも気取られずに駆逐するのは、あたしと天羽にはできないわね」


「そうなると、俺の出番となるか……」


 ケントの言葉に、天羽は反応した。


「その言い方だと、ケントには、何か方法があるのか?」


「ああ、尾鷲君は知らないわよね。ケントは特殊な武器を持っているのよ」


「武器……?」


「ガントレット型の電波発生装置だ。右手に付けるものだが、機械兵を戦闘不能にする効果がある。これ自体に破壊力はない」


「それも玲の開発なのか?」


「その通りだ。話を戻すと、先ず俺が倉庫に侵入してジュリーらを無力化する。ついでに監視カメラを停止させる。この倉庫は前から調査していたから、警備室の場所もわかっている。予想されるジュリーの数は六体だな。門に二、警備室に二、巡回に二だ。その露払いを俺がやろう。護衛に機械兵リィナを一体付けたいのだが、いいか?」


「うん、いいわ」


 沙耶の許可が下りると、ケントは意気込んだ。


「よし、作戦を四つのフェイズに分けよう。


一、俺が倉庫に潜入

二、倉庫内の警備を無力化

三、沙耶と天羽が倉庫に潜入及び玲の捜索

四、発見次第、速やかに撤退


 これでいこう。目的は制圧ではなく、玲を連れ戻すことだ。セカンドフェイズ以降、俺は警備室の監視カメラの操作に専念しなければならない。だから、二人が早く玲を見つけてくれることが肝心だ。頼む」


「わかったわ」


「……頑張るよ」


 沙耶は快く、天羽は渋々と了解した。


「それと天羽の武器だが、沙耶と同じブラスターとトンファーにする。そうと決まれば、栄養補給と休息だ。二十三時半に再びここに集合。以上、解散!」

 

 ――セカンドフェイズが終了するまで、天羽と沙耶は動けない。

 

 倉庫の裏の塀の側で、二人は待機していた。

 倉庫からすぐ見える港では、海面が欠けた月を写してテラテラと光っている。

 

 天羽は、傍らにいる沙耶を見た。

 

 二人の格好は学校の制服姿であり、警官に見つかれば補導不可避だ。


 天羽はパワードスーツの上に制服を着こんでいる。

 彼女も同じようだ。

 スカートから伸びる二脚は、傍からみれば普通の黒タイツだ。


 ふと、昼間の鈴の絶対領域が過った。

 そして、ゼータとの戦いも。


 あの時の沙耶もそう、黒タイツで……


「いや、ちょっと待てよ……」


 あの時の沙耶は、学校指定のハイソックスだった。


 ん……? 


 いや、あの時の自分は興奮状態で、きっとそんなところなんて見ていない。

 あの時はきっと、見間違えたんだ。


「……うん、あの時もタイツだった」


「どうやら鈴ちゃんが言っていたことは本当みたいね?」


 小声ながらも冷徹な声だった。


「……え?」


 天羽は、知らぬ間に思考を口にしていたことに気付かなかった。


「尾鷲君があたしの部屋を舐めるように見ていたって、鈴ちゃんが言ってたけど」


「そ、それは誤解ですっ……!」



「どうだかねぇ?」


「信じて下さ――!」


 天羽の口が、沙耶に押さえられた。


「うるさいの。静かになさい」


 天羽が黙ったことを確認すると、沙耶は彼の口から手を離した。


 ケントからの通信が入った。


『こちらコマンド。セカンドフェイズ終了。警備室を制圧中。これよりサードフェイズに移行する。オーバー』


「こちらクイーン。了解、潜入を開始する。オーバー」「こちらイーグル。了解、オーバー」


 全身を脈打つ鼓動を天羽は感じた。いよいよ行動の時だ。


 沙耶と天羽は塀を軽々と飛び込えて、搬入口から易々と直方体型の倉庫内へと入り込んだ。

 

 真っ暗な空間の中で、二人の足音だけが響く。


 インカム型無線機に内蔵されているLEDランプを点けて辺りを見回すと、空間の中央には通りが作られ、その左右に無数のコンテナが積まれているのが判る。


 一見して何の変哲もない倉庫だ。


「重機を扱う倉庫だってケントは言ってたけど、AID社の重機なんて見たことないですよ?」


「でしょうね。あたしだって見たことないもの。大体、この倉庫の名前だって《片山倉庫》といってAIDのAの字も使ってないし、何か特別なものを隠しているんじゃないかしら」


「重機で隠したいもの?」


「別に重機とは限らないわ。他の部品や資料だって考えられる。玲の事だから、重機というのはAID社の開発品の隠語ってことも有り得るわ」


「そうですか」


 沙耶は、先日の鬼気迫る様子も、疲弊した姿も、頼み込む弱さもなく、空手部の仮入部期間の時と同じように平静を保っていた。

 彼女は、美しく堂々としている。


「そういえば、先輩に聞きたいことがあるんです」


 小声で訊いた。

 彼女といるというだけで舞い上がりがちだからこそ、天羽は気を引き締めていた。

 冷静になった時に、未だに解せない疑問が脳裏に浮かぶ。


「どうして、学校に来なくなったんですか。教えてください」


「それは前に話した通りよ。《語り部》を取り戻すために――」


「リーダーとしての大義はもういいです。僕が聞きたいことは、先輩個人の気持ちです。どうして先輩は、学校生活よりもこの戦いを優先するのか、教えてください」


 沙耶は黙りこくった。天羽と目を合わせて、暫く顔をしかめた。


「……話す必要、あるかな」


「あります。僕が納得しません。どうして教えてくれないんですか」


「…………あたしが教えたくないから」


 そう言うと、どこか辛そうな顔をして、彼女は視線を逸らした。それでも、言及を試みた。


「でも――」


「作戦に集中して」


「……」


 彼女が背負っているという悲しみとは、一体何なのだ? 


 これ以上本人に問い詰めても、却って塞ぎ込んでしまうだろう。

 天羽は閉口した。

 

 そこに突然、中性的な声が割り込んで来た。


「こんなところまで来て痴話喧嘩かい。随分楽しそうだね」


 コンサートホールにいるかのように、澄んだ声が良く響く。


「誰だ!」


 肌を粟立たせ、天羽は声のした方へとすぐさま身体を向けた。

 鼓動がドンドンと早くなる。

 声の主は、名乗るでも動くでもなく、闇の中でせせら笑っていた。


 それに対して「ハァ……」とため息をついたのは沙耶だ。


「……別に痴話喧嘩じゃないよ」


「そうかい。それは悪かったね」


 そう言うと、声の主はランプの光の中へと姿を現した。

 その容姿に、天羽の緊張は途端に消えた。


 代わりに目を疑った。


「……鈴? どうしてここに?」


 そこには、鈴によく似た人物が立っていた。服装こそオレンジのツナギだが、それ以外は瓜二つと言ってよい。刹那、あのマシーンが脳裏を過った。


「お前、ゼータか! よくもぬけぬけと!」


 そうだとしたら、絶対に許さない。自ずと握り拳を固くした。が――


「プッ! アッハハハハ! ……ごめんごめん。君面白いね。悪いけど、ボクはゼータじゃないよ。アイツがボクのマネをしようとするなら、ボクの全身をチェックしないとダメなんだ。ボクはアイツにそんな事はさせてないよ。それに鈴は、ボクの双子の妹だ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな顔になっていたろう。


フルフルと首を振って、結論を出す。


「……じゃあお前が、丹波玲?」


 玲は妹とは違った、涼やかな笑みを浮かべた。


「その通り。ところで君は?」


 気を取り直して名乗る。


「僕は天羽。君が開発したスーツを着ている」 


 それを聞いて、玲の目つきが変わった。


子供がオムライスと聞いてニコニコするような、そんな顔だ。


顎に手を添え、まじまじと全身を見つめてくる。


「ほう……ケントが作ったのか?」


「ああ、そうだけど」


「……なかなかいいね」


 制服越しに見て、スーツの良し悪しが分かる物なのか?


「それでね、玲に聞きたいことがあるの」


 玲が天羽に興味津々になっているところに、沙耶はここに来た目的を告げた。


「うん、自然じゃないか。外見では全くの一般人だ」


 玲としては、スーツの出来の方が大事らしい。


「ちょっと聞いてる? そのスーツ、未完成なんでしょ? そのことで質問があったんだけど」


「…………え? ああ、そういえばそうだったね」


「残りの一パーセントっていうのは、何なの?」


 沙耶が腕組をして苛立ちをアピールしても、玲は尚も天羽の全身を見ている。顔、腰ときて、今は脚だ。


「天羽君のような人が着てくれたなら、大体完成でしょ」


「それって百パーセントってこと?」


「というか、大体百パーセントかな」


 玲の曖昧な物言いに、沙耶は少しムカついた。


「それじゃあ九九パーセントと何が違うのよ」


 玲は、一度息をついてわざとらしくもったいぶってみせた。それから、


「沙耶。このスーツは百パーセントが限度じゃないんだよ。百二十、二百、いや、三百パーセントの力だって発揮できるものなんだ。そう見れば、九九パーセントと百パーセントの違いなんて、ないようなものだよ」


 沙耶のストレスメーターはこの短時間の会話のうちに、ピーク直前まで来ていた。


「じゃあなんで九九パーセントなんて言い方したのよ!」


 玲は天才然として顔に右手を当て、一つ深呼吸をしてから一言添えた。


「ロマンだ」


 沙耶の中でメーターが振り切れた。


「あのねぇ! あたしたちは、あんたのこだわりを聴くためにここに来たわけじゃないの! 具体的な変化とか分からないの?」


 それを飄々と受け流す。


「分かってたら言ってるよ。君たちの今までの武器は、ちゃんと説明してるだろう?」

 沙耶は今の言葉に詰まった。ガントレット然り、だ。


「まあ、確かにそうね……」 


「このスーツはそういうものだ。ロマンとポテンシャルの装備なんだよ。つまりは……天羽君次第なんだ。わかった?」


「……ごめん、ついてけないわ」


 メーターが壊れて、考えるのをやめていた沙耶には、玲の言葉がよく分からなかった。


 唯、天羽は胸中で何度も反芻した。「僕次第」と……。


 天羽の様子を見た玲は、話が終わったとみた。


「これで話は済んだろう? ボクはやりたい事があるから、失礼するよ」

 闇の中へと戻ろうと歩く玲。逃がすまいと、沙耶のLEDランプは玲を追う。

 彼が向かった先には、扉の開いたコンテナがあった。中には何かの部品が見える。彼はそこに入ろうとしていた。沙耶は彼を呼び止めた。


「待って玲。まだ言いたいことがあるの――」


「君たちのメンテナンスなら、ケントがやってくれるだろ? ボクはAID社の技術を調べるためにここに来ているんだ。そう遠くないうちに戻るから、もう暫く放っておいてくれ」

 そう言い切ると、玲はコンテナの中へと籠ってしまった。扉が閉まり、隙間から灯りが漏れる。


「ハァ……」


 沙耶はまた、ため息をついた。



 彼女のため息の理由が、天羽には分からない。


「どうして、無理にでも連れ戻さないんですか?」


 沙耶は、眉間に皺を寄せて一息着いた。


「……玲に強引な手段はダメなのよ。自分の興味関心事以外には見向きもしない。無理強いでもしようものなら、今後協力を断るかもしれない。言うなれば、彼はフリーランスの開発者なのよ」


 仲間ではなく、協力者と言ったのはそういう訳だったのか。


 そこに、ケントからの通信が入ってきた。


『こちらコマンド。進行状況を報告しろ。オーバー』


 しまった。報告を忘れていた。沙耶が慌てて応対する。


「こちらクイーン。サードフェイズは達成したが……本人に戻る意思がない。近いうちに戻るとのこと。オーバー」


 沈黙が暫く続いた。


『こちらコマンド。仕方ない。玲が戻ってくるのを待つしかないだろう。最終フェイズに移行する。オー…………誰だお前は! 何っ!』


 突如、ケントが驚きの声を上げた。


「どうしたの! ケント!」


『何者かが来た! すぐに援護に来てく――』


 言葉の末尾で通信が途絶え、雑音が続きを隠した。


「ケント! ケント! 無線が壊されたの? ……まさか、新手の敵!」


「先輩! 行きましょう!」


「ええ、急ぐわよ。……玲! 必ず戻って来るのよ!」


 玲がいるコンテナにそう言い残し、二人は警備室へと駆け出した。


 遠のいていく二人の足音。

 それも消えて、全くの静寂が倉庫に訪れるかに思えた。

 だが残響が消える前に、コンテナの扉が静かに開いた。





「……何かおこりそうだ、ね」




 彼は無垢な興味を抱いていた。



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