読者への挑戦状
ここで物語を中断し、本作の探偵役・松山祈が犯人を突き止めたことをお知らせします。
彼の見聞きしたことは、語り手である梅沢絆つまり、読者と同一であります。
私、作者は読者に
……の前に、ちょっとだけ雑談を。
本作は、超人的な頭脳を持つ探偵が一足跳びで真相にたどり着くような快刀乱麻の物語ではありません。
論理――というと何やらとっつきにくい感じがしますが、作者が考える論理とは、『当たり前の積み重ね』であります。
当たり前とは『大抵の人が納得できる事実』です。
鮎川哲也賞の選評で、作家の北村薫さんがこんなことをおっしゃってます。
『《A》について考えれば、次に《A以外の者》について考えねば、選択肢を消したことにならない。こういったところを落ちなく、細かく詰めていく過程にこそ、論理の喜びがある筈だ。』(一部改変の上抜粋)
これは、とても厳しい言葉であると私は思います。
論理を重視した物語では、探偵が述べたことが安易に正しいとみなされません。読者を納得させることが前提で、そうでなければ不出来とみなされるからです。
といっても、『Aである』ことに必ずしも納得せず、『Aじゃないかもしれない』と考える一部の読者もいるわけで(自分もそんなひねくれ者の一人でありますが)、完璧を目指しながら割れやすいガラスの上で構築するような、そんな危うさを持つ物語でもあります。
雑談はこのくらいにして。
ミステリ素人の無鉄砲さで私は、読者の皆様に挑戦しようと思うのです。
すなわち――“投票用紙を盗んだのは誰か?”
当然ながら、犯人は登場人物の中にいます。
わざわざ投票会場を舞台にしておきながら、犯人の動機が「なんとなく」とか「ちょうどメモ用紙が欲しかったんだよね!」じゃあやり切れませんので、広義の意味で『選挙妨害』であることを作者の立場から付記しておきます。
ちょっとした頭の体操です。
ミステリ初心者の方も、百戦錬磨の方々も、どうかこの拙いパズルを完成に導いて頂きたいのです。
それでは、解答編にもお付き合い頂けましたら嬉しいです(H28.11.3 羽野ゆず)
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(11.4追加)
親切な読者様から、いくつかご指摘をいただきました。以下の三点について追記させていただきます。
1、立会人の大畑が持っている鍵のスペアキーはないか?
2、給湯室の窓は人間が通れるほどは開かないということだが、手提げ金庫は通すことは可能か?
3、立会人の大畑は、共犯も含めて、絶対に犯行に絡んでいないのか?
1について
「金庫の鍵は一つですか? 予備は無いんでしょうか」という問いに対し、「事務局に戻ればスペアキーがあるけど。ここに在るのは、投票用紙の金庫用、会長選と監査長選の投票箱用、それぞれ一つずつだ」(第六話参照)と枡条が答えているとおり、会場にある『金庫の鍵』はひとつだけです。
書き方が紛らわしかったですね。
2について
語り手の梅沢絆によると、『ミニキッチンの上にある滑り出し窓は、どう頑張っても頭しか通りそうにない』(第五話参照)ということで、ひっくり返せば人間の頭は通るということですね。
投票用紙を入れておくためのごく小さな金庫でしょうから、窓から通すことは可能と思われます。
3について
2に関連して頂いた鋭いご指摘で、作者として冷や汗モノでした。
質問の直接の答えにはなっていませんが、下記を説明の代わりとさせていただきます。
探偵役の松山祈が大畑に確認したところ、鍵は、「席を外す時も身に付けていたわけでなく、置きっぱだったらしい」(第五話参照)のです。
鍵は持ち歩かず、立会人席に置きっぱなしだった――祈を通じてになりますが、この大畑の証言が真実であると、作者の立場から保証します。
なお、他の人物についても『自分が犯人である』こと以外は、嘘を吐いておらず、真実を証言していることを保証します。
☆ご指摘をいただき有難うございました。解答の投稿は来週末あたりを予定していますが、いただいたご質問等には可能な限り対応させていただきます。怖々~。
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(11.8追加)
またまた親切な読者様より、『投票用紙が入っていた金庫はどんな形状か?』とのご質問をいただきました。
文中では、『珍しくもないシリンダー錠の開閉式』(第六話)と記述しましたが、作者が想定しているのはこんな感じです。
特にこだわりがあるわけでなく、私が見慣れているのがこのタイプであること、『シリンダー錠、手提げ金庫』で画像検索すると、やはりこのタイプが先ずヒットしたからです。(色もこだわりありません)
こんな感じでよろしかったでしょうか……?(不安)ご参考になれば幸いです。
次回、『五つのアクション【解答編】』です。