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03 お昼休憩をとる

「梅沢。休憩入ってくれ」


 昼食は交代でとることになっている。

 選管委員長のありがたい申し出を受け、給湯室へ。会場と暖簾のれんで仕切られた小部屋には、ミニキッチンと、カウンターテーブルに椅子が二脚並べられていた。

「お疲れさまぁ。一緒に食べていい?」

 ぺろん、と暖簾をくぐり居酒屋に入るようなノリでやって来たのは、野分さんだ。穂波さんあたりに仕事を代わってもらったのだろう。

「どうぞ」

 椅子を引いて、テーブルに積まれたコンビニ弁当をひとつ渡す。揚げ物が多くてガッツリ系の弁当だったが、全然動いていないのに完食できてしまう不思議。

「――あのさ、朝から思ってたんだけど」

 トンカツを箸でつつきながら、野分さんがぐいっと顔を寄せてくる。な、なんだろう……?

「絆くんって、狐に似てるよね。ふふふっ」

 満面の笑顔で言われた。

「あっごめんね! 自己紹介のとき下の名前しか覚えられなくて。もうひとり、祈くんっているでしょ? 祈と絆、ってセットで覚えてたの」

「……へえ」

 気にするのそこかよ!

 祈とセット、というのも気に入らないし、どうせオレは狐顔だ。よく言われる、と大人の受け答えをして咳ばらいする。

「野分さんはどういう経緯で、ここに来たの?」

野巻のまき」 

「え」

「アタシの名前、のわきじゃなくて、野巻だよ」

「ごめんなさい!」

 失礼はお互い様だった。

 野分改め野巻さんは、アカネって呼んでくれてもいいけど、と微笑む。人懐こい子だ。

「アタシたち演劇部で、部長の三奈帆先輩に誘われたの。早乙女くんはああ見えて、女役もこなすホープなんだよ。手先が器用で手品が上手いし」

「ああ見えてっていうか、そのままの印象だけど。雷宮さんも演劇部なんだね」

 失礼だが、あんな無愛想で演技ができるのだろうか。

 野巻さんは膝に置いたハンカチを畳みながら、「光はね。籍だけ置いてるの。最初は剣道部に入ってたんだけど。変な先輩に付きまとわれて止めちゃったんだ」

「ふうん」

 祈も二の舞にならなきゃいいのだが。

 不安に駆られていると、じっと見つめられていた。口元がほころんでいる。

「なに、絆くんも光に惚れた?」

「いやいや」

「じゃあアタシに!? ダメよっ、アタシには年上の超優しい彼氏がいるんだからっ」

「大丈夫。セーフティ」

 でも、とオレは彼女を味方に付けることを決意する。

「……祈が。雷宮さんに興味を持ってるみたいで」

「マジ? ていうか、祈くんって日本人っぽくない顔だよね。ああ、クオーターなんだ。納得」

「幼馴染だから知ってるんだけど、あいつ女癖悪いんだ。雷宮さんに気を付けるよう伝えてくれないかな」

「光、彼氏いるよ」

 オレは胸を撫で下ろす。

 祈は彼氏持ちには手を出さない。真っ当な理由からでなく、過去に痛い目に遭ったことがあるからだ。

「あーでもね」

 野巻さんの歯切れが悪くなる。「別れるかもしれないって言ってた」

「えっ!?」

「彼氏が部活の後輩と浮気したらしいよ。今まで大きいケンカしたことないし、本当に別れちゃうかも」

「マズいよ……それ」

 祈は外面だけは抜群に良い。大抵の女子はコロリと騙されてしまう程に。

 彼氏とケンカ中の雷宮さんが毒牙にかかる可能性は否めない。――何とかしないと!!


 昼休憩を終えて戻ると、ちょうど大畑のケータイが鳴り出したところだった。またか。

 投票者が誰もいないことを良いことに、何の断りもなく会場を出ていく。

「もう許せん!」

 止め損ねた枡条が、がんっ、と机を叩いた。

「なんだよアイツはよぉ……もう勘弁してくれよぉ」

 身勝手な立会人のせいで、せっかちで正義感溢れる選管委員長は大変だ。

「大畑さん、お昼食べないのかな」

 野巻さんが優しい心配をする。

「座ってるだけで腹が減らないから、って断られたの。次、光ちゃんどうぞ」

 穂波さんが雷宮さんにも昼休憩を勧めた。同時に、枡条が祈に「昼飯食え」と指示する。

 祈は軽い足取りで、雷宮さんがいる給湯室に入った。

 思わず野巻さんと顔を見合わせる。

 なんてこった――!! 

 忠告する前に、獣とふたりきりにしてしまうなんて。だいじょうぶ、と野巻さんが笑顔で口パクしている。何が大丈夫なんだ……。

 給湯室の中が心配だが、枡条がピリピリしていることもあり、席を立つことは出来ない。

 しかし僅か五分後、雷宮さんが憮然ぶぜんとした顔で出てきた。

 少し間をあけて戻ってきた祈は、なぜか涙目だった。

「ふざけんなよ。あの暴力女っ」

「何をした」

「手を握っただけだよ。離せっていわれたけど無視して、足を踏まれても離さないでいたら、頭突きしてきた」

「……お前それもう痴漢だよ。犯罪だよ」

 痛てえ、と額を押さえる愚かな幼馴染をせせら笑う。

 この男は、大抵のことは小器用にこなすが、たまにこういう大失敗をやらかす。きっと神の差配だろう。さっさと振られてよかった。

「ごめんごめん。ハハッ」

 軽薄な口調で謝ったのは、祈じゃなかった。

 ロビーから戻ってきた大畑が、枡条に、だ。

 枡条はむすっとして唇を噛んでいる。立会人をクビにすればいいのに。よっぽどそう思うが、今から代わりを捜すのは難しいのかもしれない。



「何をやってるんだ、あいつは!」

 教育テレビで高校講座がはじまった午後二時五十分。ついに枡条の怒りが爆発した。

 懲りない男・大畑が、今度はなんと旧自治会館を抜け出したのだ。枡条がトイレに行った隙の出来事だった。

「ロビー探したけどいません」

 息を弾ませた穂波さんが報告する。

「外に出たのか……。完全な規定違反だぞ」

「彼女の車が壊れたとか話してましたよ、電話で」

 たまたま聞こえました、と祈。

「はあ? まさか修理にしに行ったんじゃないだろうな」

 枡条は寝癖の残る頭を抱えて、いっそう深く項垂れた。

「私、お茶を淹れますね」

 十五時はティータイムです。

 プログラミングされたロボットのように、穂波さんが行動を起こす。「手伝うよ」と、葦月も給湯室へと続いた。ようやく動いたかあの先輩は。

「――さあ、有り難く飲め。俺のスペシャルブレンドやで」

「葦月さんが淹れたんですか」

「不満か」

 鼻歌を口ずさみながら、各人にコーヒーを配る葦月。

「……にが」

 チルドカップのコーヒーを啜ると、甘党のオレには苦すぎた。砂糖が欲しい。ちょうど投票者がいなかったので、自分で取りに行くことにする。

「あの。給湯室行っていいですか」

 一応確認すると、枡条は投げやりに顎を引いた。

 無人の立会人席をちらと見下ろす。そこに居るべき人物はおらず、分厚い『選挙事務要綱』だけが所在無げに置かれていた。

「きゃっ」

 アリのごとく砂糖を求め給湯室を探っていると、カップを下げにきた野巻さんとぶつかった。

 ごめんいやこっちこそのやり取りをしていると、暖簾の隙間からにゅっと大きな顔が飛び出した。

「俺にもコーヒーくれよ。ブラックで」

 スーツを着崩した巨漢・大畑である。やっと戻ってきたのか。

「はいはーい」

 野巻さんが愛想よく返事する。戻りかけた大畑は、

「なんだこれ」

 ふいに興味を惹かれたのか、食器棚に置かれた金庫を取り出した。『投票用紙保管用(白志山大)』と印字されたラベルが上面にある。

「ああ投票用紙の金庫か。朝イチに確認させられたな」

 いたずらに開閉レバーを弄る大畑。金庫は開かない。施錠されているのだろう。

「痛っ!」

 ふいに悲鳴が上がった。指先を舐めながら、大畑がいまいましげにぼやく。

「なんだよこのレバー、やたら固いぞ。爪が折れちまった」

 黒く塗られた爪の端が欠けている。

 オレの視線に気づいたのか、ニヤけた顔を向けてきた。

「メンズネイルってやつ。俺の彼女ネイリスト志望でね、よく練習台にされるんだ。君もどう?」

「……いえ」

「さっきは参ったな。彼女の車、ベンツなんだけどさ。中古で故障しやすくて」

 そして、自分がいかに手際よく車を修理した話を自慢げに語った。薄々気づいてはいたが、コイツ無神経というより、ただの馬鹿じゃないか。

 馬鹿・大畑は、怒りの鬼と化した枡条からついにヤキを入れられた。

「もう電話禁止っ! 次出たら選管委員長の権限で解雇しますからね!!」

「へいへい」

 軽薄に答えると、鍵束を指で回し始める。枡条が怒鳴る。

「乱暴に扱うな!」

「……あ」

 勢いよく回していたせいで、鍵束は指を離れて空中飛行の末――

「痛って!!」

 あろうことか松山祈の頭部に命中した。

「ハハッごめんね。イケメンくん」

「っの野郎ぉ……っ!」

「頼むから落ち着け」

 血走った眼をした祈をなだめつつ、床に落ちた鍵束を拾い上げる。

 シルバーのチェーンで束ねられた三つの鍵は、〈投票箱(会長)〉、〈投票箱(監査長)〉、〈投票用紙〉と各々ラベルが貼ってあった。

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