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01 推理研バイトする

「『このミス・ベスト10』が揃わなくて、なにが推理ミステリ研ですか!」


 北国の秋は短い。

 夏が終わって、木々が紅葉したと思えば、あっという間に長い冬がやって来る。

 そんな儚い時間こそ穏やかに過ごしたいものだが――オレは激怒していた。


「落ち着け、梅沢うめさわきずな。ベスト5までは揃ってるやないか。五位までじゃダメなのか」

 肉付きの良い頬を掻きながら、葦月よしづき副部長が宥めてくる。

「去年のベスト10は全部あるじゃないですか。どうして今年は五位までなんだよ!」

 田舎から札幌の大学に進学して、憧れの推理小説研究会に入ったというのに。旬のミステリ小説が揃っていないなんてガッカリにも程がある。

「それはな梅沢。俺らが何もしなかった(・・・・・・・)からや」

「……?」

 絶句していると、ベンチで座禅を組む畔上こがみ部長が説明をくれた。

「推理研は例年夏に創作雑誌を発行している。今年はそれをサボった。ゆえに、自治会から予算減額を言い渡された」

 畔上部長は四年生だが、留年を繰り返し、すでに二十代半ばを過ぎている。あだ名は長老。坊主頭で目を瞑っている姿はさながら修行僧だ。

「創作雑誌? なんすかそれ。どうして今年は出さなかったんです」

「俺は誘ったで!」

 待ち構えていたように叫ぶ葦月。

「『お前ら創作するか?』――って。そしたら梅沢は『読み専なんで』と即刻拒否したやろ。松山まつやまにいたっては鼻で笑ってた。部誌は全員参加が必須やのに……オレはすっかり意気消沈し諦めたちゅうわけや」

「ぐっ」

 たしかに。聞かれたことは覚えてるが、予算の事情を教えてくれたら、物語じゃなくてもミステリの感想文くらい書いたのに。明らかに説明不足だと思う。

「おいっ、いのり!」

「……なんだよ」

 松山祈が億劫おっくうそうに彫りの深い顔をしかめた。この男はオレと同郷の幼馴染だが、お祖母さんが米国人でクオーターなのだ。

「別にいいだろ部費くらい。バイトで稼いだ金で買えばいい」

「そういうことじゃないんだよ! ……何してるんだ」

 スマホのイヤホンを外すと、六畳弱の部室に英会話が流れ出す。海外ドラマを観ていたらしい。

「耳を慣らしてたんだよ。秋休み米国(あっち)に行くから」

「またかよ。夏に行ったばっかだろ。そんな頻繁に何しに行くんだ」

 面倒くさがりのクセに、変なところで用意周到な幼馴染へ呆れた視線を送る。

「俺さ。彼女を探すなら日本より米国だなと思って。

 日本の女は、ネイルやらメイクやら細かい箇所に気を遣うくせに、貧乳貧尻おまけに猫背ばっか! ウンザリだよ」

 きっかりした二重瞼の目を輝かせ、偏見に満ちた意見をまくしたてた。

「……そんな。五城川ごじょうかわ先輩に振られたからって」

「なにっ松山。五城川に告白したのか無謀な奴や!」

 五城川とは、本名を五城川美礼(みれい)といい、大学自治会の副会長である。かつ実家が財閥という噂がある美貌の令嬢だ。

 祈はオレをひと睨みして、「別に。ああいうプライドの高そうな女を落とすのが面白いだけで……『返事は保留よ』とか言ったくせに、いつの間にか音信不通になってた」

「スキャンダル避けだな」

 面白そうに口を挟んできたのは我が部長だ。

「もうすぐ『合同自治会』の会長選がある。五城川は、我が校の代表として出馬するんだ」

「会長選……?」


 オレたちが通う白志山はくしやま大学には、黒志山こくしやま大学という兄弟校が存在する。

 年一度、文化祭を共催するにあたり、両校から選抜された『合同自治会』が組織される。そのトップが合同自治会長。

 会長役は、三年生による選挙で決する。イベントの長を決めるだけで大袈裟な、と侮ってはいけない。就職活動で多大なアピール材料となるらしく、毎年複数の候補者が乱立するのだ。以上部長談。


「法科ゼミの後輩に、枡条ますじょうってのがいてな。ヤツが選管委員長なんだ」

「枡条が? あんなそそっかしいヤツが選管委員長なんか。不安やな」

 知り合いなのか、部長と同じ法律学科の葦月が反応を示す。このうさん臭い関西弁を喋る三年生。欺かるることなかれ、生まれも育ちも北海道である。

「枡条は正義感溢れる男だぞ。馬鹿だけど」

 真面目な顔で部長が返す。ちっともフォローになっていない。この先輩も、相当クセが強い。

「本題はここからだ――推理研に選挙事務のバイトを三名斡旋(あっせん)された。日給七千円。夜間の開票事務まで働けばプラス三千円。計一万円」

「一万円!」

 オレは小躍りした。

 三人だったら三万円なり。このミス国内編だけでなく、海外編まで揃えられる額だ。

「おまけに自治会への心証も良くなる、という一石二鳥だ。俺は選挙日バイトがあって出られないが、お前らやるか?」

「やりましょう!」

 真っ先に賛成する。

「俺もやる。ただし、報酬は好きなように使うぞ」

「祈テメエ!」

「自分で稼いだ金なんだから当然だ」

「協調性のない野郎だな! 葦月さんは?」

「いやー出たいのは山々やけど、その日は青年の船参加者の説明会があってな。ワタクシかねてから支援活動に興味がありまして……」

「見え透いた嘘を付くな!」

 しゃあないな、と溜息交じりに了承する葦月。

 部長があざとく微笑んだ。

「じゃ決まり。当日は黒志山大から手伝いが来るらしいぞ。良い出会いがあるといいな」


 部室の窓から望む木々の、黄金色に染まった葉が一枚はらりと落ちた。

バレバレだと思いますが、本編に出てくる「推理小説研究会」はある著名作品シリーズのオマージュになっています。作品愛に基づく行動ゆえどうかお許しいただけますように。

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